このポスターは平成13年の春の交通安全運動のものです。こちらを向いてまるで笑っているかのように見える二匹のコーギー犬。コーギーは落ち着きの無い犬種なのでこんな写真をとるのはそう簡単なことではないのです。カメラマンが優しい声で犬をあやしながら大変苦労して長い時間をかけて撮った写真なのです。

カメラマンはこの写真を撮り終え、その帰路で電車を待っていた駅のホームから一人の男性が線路に転落するのを見たのです。電車がすぐ近くまで近づいている。ホームにいる誰もが何もできずにいる。そのとき二人の勇気ある人間が救出のため線路に飛び込んだのです。
それはこのカメラマン本人関根史郎さん、そして韓国人留学生の李秀賢さんでした。残念ながら二人の勇気ある行動は報われませんでした。最初に転落した男性とともに折悪しく入線して来た電車に撥ねられ彼らは帰らぬ人となったのです。

その後ひと月ほどして、このポスターが全国各地に配布されました、大小の交通安全ポスターには、異例ですが、左隅に「撮影 故 関根史郎氏」と印刷されています。ポスターの文が、その後に起きた関根さんのことを暗示してるようにも思え何ともいえぬ気持ちになります。
このポスターを大事にしているかたから、お写真をお借りしてきました。

李秀賢さんのことは、ここBSJのLSHの部屋で皆さんご承知のとおりですが、関根さんのことはあまりご存知ないかも知れません。それでも忘れてはならない人として、イベントの中でもお名前だけはお伝えさせていただいていました。
関根さんはお母様と二人で暮らしていました。残されたお母様は当初気丈に振舞っておられましたが、マスコミから執拗なまでに取材を迫られ、どうかそっとしておいてほしいと希望されたのです。それ以降情報らしきものは記憶がありません。

それでも、彼のエピソードがこうして伝わるところには伝わってきています。
カメラマンとして、彼はきっと何か残しているに違いないと思い、調べてみたところ、ありました。
彼の死を悼み、彼のお仲間が写真集『まなざし』を出版していました。関根さんの勇気、やさしさを私たちの心の中にとどめておこうと企画されたものです。
出版社に問い合わせてみたところ、残念ながら、すでに在庫切れで増刷の予定はないとのことでした。写真集は見られないものの、ネット上ではいくつかの彼の写真をみつけることができました。

彼は、山、花、動物、子供をこよなく愛していました。彼の写真を見ると、ファインダー通して見るやさしいまなざしを感じます。彼は世の中をこうして眺めていたのかと。その優しさから察すると、とっさに線路に落ちた人を助けに飛び降りたことがわかるような気がします。

事故の時の様子は、日韓合作映画『あなたを忘れない』の中で、花堂監督によって描かれています。そこには関根さんが秀賢さんと一緒に救助にあたる姿がありました。

このエピソードで関根さんのひととなりが少しでも伝わればと思い書かせていただきました。


こんなやさしいまなざしで世の中を見ていた人がいたことを….。

明日１月２６日は関根史郎さん、李秀賢さんのご命日です。
もう６年にもなるのですね。
忘れてはいけないお二人です。　共に大きな夢があったことでしょう。
きっと今頃は、空の上でふたりで夢を語り合っているのかもしれませんね。
ここにお二人のご冥福をお祈りいたします。
　

*　関根さんの写真は　『関根史郎の見た中国』、『関根史郎　夜店』で検索すると出てきます。　関根史郎さんご自身の優しいお顔も出てくると思います。ご遺族や関係者のご了解なしにリンクするのはどうかと思いましたので、ご案内だけとさせていただきます。