会議の時間まで既に六時間を切っていた
しかし、レオに依頼していた手続きはかなり
難航していた
その結果が出なければ、株主総会での
動議の勃発は免れない
もしもそういう事態に陥ってしまったら、
ホテルの信用は急速に下落することになるだろう
ドンヒョクは何としてもそれを回避したかった
「レオ・・例の件はどうなってる・・」
「ボス・・手続きにもう少し時間が掛かる」
「もう少し?具体的に何時間だ」
「・・・・・十時間・・」
「六時間で何とかしろ・・・
何としても明朝の会議で決着をつけたい」
「・・・わかった」
「ボス・・・先日調べるようにと
申し付かっていた件ですが・・・」
「ん?」
「これが報告書です」
マユミがドンヒョクのデスクの上に
ひとつの封書を置いた
ドンヒョクはその封書から、書類を引き出すと
しばらく黙したまま、その内容に目を通していた
「・・・・・・・」
「いかが致しましょう・・」
「緒方を呼んで・・」
「はい」
「何か御用でしょうか・・・」
ドンヒョクに呼び出された緒方が神妙な面持ちで
彼の前に立っていた
「緒方・・・」
「・・・・・・・」
久しぶりに聞くドンヒョクの親しみを込めた
自分の呼び名が緒方の胸に熱い思いを蘇らせた
そして彼は少し照れたように俯いて口元に
笑みを浮かべると改めてドンヒョクを見た
いつの間にか緒方の中ではドンヒョクが多くを
語らずとも、彼がこの東京オーシャンホテルの為に
事を運んでいることを信じることができていた
「お前に聞いておきたいことがある・・・
とても大事なことだ・・・心を偽らず
本心を聞かせて欲しい・・・」
「何なりと・・・」
「小田桐杏子・・・」
「・・・・・・」
「彼女へのお前の想いを聞かせて欲しい」
「想い・・とは?」
「愛しているか?・・彼女を・・」
「・・・・・・・」
「どうなんだ?」
「・・・・・愛している・・・」
「しかし・・想いを伝えたことはない・・・
そうだろ?」
「・・・・・彼女は妹のような存在・・・
そう想って来た・・・
あまりに近過ぎて・・・
大事なことを忘れていたようだ」
そう言いながら緒方は視線を落とした
「彼女もお前を愛していただろうな・・・
きっと・・・
しかし・・・その想いに気づく前に
大切なものを見つけてしまった・・・
お前への思慕よりも・・・
水沢を愛する想いの方が大きいとしたら・・
お前はあきらめられるか・・・」
「あきらめるって・・彼女と水沢様は・・」
「兄妹?」
「ああ・・・」
「・・・・・・・」
ドンヒョクはその後に言葉を繋げないことで、
それを緒方に知らせた
「・・・・違う・・のか?」
小田桐杏子に初めて会ったあの日、
ドンヒョクは彼女が緒方の人生に寄り添う女性で
あろうと思った
「今しかないぞ・・・
彼女を失いたくなければ
彼女の心をしっかりと繋ぎ止めろ・・・」
六年前・・・
テジュンssiがもしそうしていたら・・・
僕とジニョンは結ばれただろうか・・・
ドンヒョクは今の緒方達を自分達に置き換え
考えていた
「・・・・・・」
「お前が決めろ・・・彼らに真実を告げるか・・
告げないか・・・お前が・・
僕は何も調べなかった・・・
何も・・知らなかった・・・」
あの頃・・・
僕がテジュンssiの友人であったなら・・・
僕はきっと・・彼にこう言っていた・・・
《あなたの想いを・・・
しっかりと伝えるべきだ・・・
彼女はあなたを愛している・・・》
僕がまだジニョンと出逢ったばかりのあの頃・・・
彼女の心はまだテジュンssiにあった
彼女が僕の前で言った
《彼を想うと、まだ胸が震えるんです》
瞳を揺らし切なくそう言ったあの言葉が・・・
どれほど僕を動揺させたか知れない
ジニョンが僕を愛する前に・・・
テジュンssiが彼女をしっかりと
繋ぎとめていたら・・・
ジニョンは・・・
「ドンヒョク・・・酷な課題だな」
「いつかは彼らも真実を知る・・・しかし・・
お前にその気があれば彼女は・・・」
「・・・俺の元に残ってくれる・・か?・・・」
緒方は小さく呟いて伏目がちに苦笑いを見せた
「緒方ssiはどうすると思う?」
「さあ・・・」
「ドンヒョクssi・・・本当はわかってるんでしょ?
でも・・緒方ssi・・辛いわね・・・」
「神様が半身と定めたふたりなら・・・
どんな困難が立ち塞がっていても、
きっと結ばれる・・・それが・・・
緒方と彼女なのか・・・
水沢と彼女なのか・・・それとも・・
どちらでもないかもしれない・・・
それは・・・誰にもわからないんだ・・・
当の本人達にすらね・・・
今は、それぞれが正直に心をぶつけ合って
答えを探すしかない・・・そうだろ?」
「ええ・・・そうね・・・」
「ジニョン・・・君に後悔は無いかい?・・・
今・・君の人生の傍らに・・・
僕がいることに・・・」
ドンヒョクは真面目な表情でそう言った
テジュンssi・・・
『後悔など無い』そう言った
あなたの言葉は本音だっただろうか・・・
「う~ん・・・」
ジニョンが難しい顔をして唸っている姿を見て、
ドンヒョクは正直期待していた彼女の答えが
直ぐに帰ってこないことに動揺した
「えっ?・・・そんなに難しい質問だった?」
「ええ、難しいわ・・・だって私・・・
後悔はいっぱいしてるもの」
「へっ?」
ドンヒョクの情けない表情に、ジニョンは思わず噴出しそうになった
「ドンヒョクssi・・
なんて情けない顔してるの?」
「・・・・・・・・・・」
「でも本当よ・・・
いっぱい後悔してるの、私・・・
あの時・・自分の気持ちに早く
気づいていたら
もっと沢山あなたのそばに
いられたかもしれないって・・・」
「・・・・・」
「私ね・・今まであなたに・・・
内緒にしていたことがあるの」
「何?」
「六年前・・・あなたがアメリカに戻っていた時
私はあなたについて行かなかった
あなたに貰ったチケットを使わなかった」
「ん・・」
「でも本当はね・・あの時のチケット使ってたの
あなたに逢いたくて・・・どうしようもなくて・・
あなたの事務所を訪ねた・・・」
「・・・・・」
「結局あなたに逢えなくて帰ってしまった
仕事に穴を空ける訳に行かなかったから
でも仕事なんて・・どうして、
そんなこと考えたんだろう
あの時・・・あのまま残っていたら・・・
今でもそう思う時があるの」
「・・・・・」
「神様って、本当に意地悪なのね・・・
私の心を試して・・試して・・
時間をいっぱい掛けて・・・私を・・
やっとあなたの元へ運んでくださった・・・
その頃を思い出すとね・・
自分自身が腹立たしくて・・・
無償に悔やまれて仕方ないの
あなたのそばにいられなかった時間が・・・
もったいなくて・・時間を戻したくなる・・・」
「・・・・・」
ドンヒョクはしみじみと話すジニョンの言葉を
黙って聞いていた
「ドンヒョクssi・・・驚かないの?」
「・・・知ってたよ」
「知ってた?」
「ああ・・知ってた・・・
あの時、部屋に入った瞬間、
君がそこにいたことを感じた・・・
最初はね・・君が帰ってしまったことが
ショックだったよ・・すごく・・・でも・・
その時の君の想いを知って、
僕は初めて本当の意味で
アメリカを捨てる決心をしたんだ
いつの時もどんな時にも・・・
君が僕を求めた時に必ず・・
君のそばにいる為に・・・
君にあんな辛い想いをさせない為に・・・」
「・・・ドンヒョクssi・・」
「どうして黙ってた?今まで・・・」
「あなたこそ・・知ってたなんて・・」
「フッ・・どうしてだろう・・・
強いて言うなら・・あの時のどうしようもなく
辛かったあの時間を・・
思い出したくなかったのかな」
「私も・・そうなのかも・・・」
「ジニョン・・・でもひとつだけ・・・
言えることがある・・・
あの時、君が僕に逢わずに帰ったことが
今の僕達の礎になったと思うんだ
だから君は後悔することはない・・・
そばにいられなかったあの頃の時間も・・・
僕達は互いに寄り添って生きていた・・・
そう思わない?」
「ええ・・・そうね・・」
「僕を愛してる?ジニョン・・」
「愛してるわ・・知ってるでしょ?」
「うん・・知ってる・・・
でも、ときどきどうしようもなく
確認してみたくなる」
「ふふ・・どうしてかしら・・」
「君が僕のすべての源だから・・・」
君の・・・揺ぎ無い僕への想いが
僕の生きるエネルギーとなる・・・
それはきっと不変の法則・・・
「源?・・大げさね」
君次第で僕はきっと・・・
この世の悪魔にも天使にもなる
「大げさじゃないよ・・・
だから、時々君の“愛してる”を貰って
僕の心にご褒美をあげないと
頑張れないんだ」
「そうなの?・・・じゃあ・・・
ドンヒョクssi・・・目を閉じて?」
「ん?・・・こう?」
ドンヒョクはジニョンに促がされて、モニターの前で
目を閉じた
「ドンヒョクssi・・・愛してる・・・
この世で何処の誰よりも・・・一番に・・・
あなたは・・ずっと・・一生・・・
私の心の特等席に座り続けるわ・・・」
ジニョンの優しく愛しげな声がドンヒョクの耳から
心へと穏やかに沁み込んで行く
「う~ん・・心地いい・・・」
ほころぶ顔と連動して安らぐ自分の心を感じていた
「ねぇ・・ドンヒョクssi・・・」
「ん?」
「みんなが・・・幸せになるといいわね」
「・・・・なるさ・・・」
・・・きっと・・・