私はいったい・・・・
何を不安に思うのだろう
望み通りにそばにあなたがいてくれて・・・
あなたの愛をいつも感じさせてくれて
こんなにも幸せなのに・・・
ドンヒョクssi・・・ごめんなさい
それなのに・・・
さっき私、あなたを責めてしまった
本気じゃなかった、なんて・・・嘘は言えないわ
今日は久しぶりにふたりの休日が重なった日だった
ジニョンは朝からひとりで掃除機を掛けたり、隅々の埃を払ったり
来客を迎える準備に余念が無かった
ドンヒョクはというと、仕事と称して朝早くから書斎に篭っている
ドンヒョクはジニョンが家に、アナベルを誘ったことで少しご機嫌斜めだった
ホテルの仕事は不規則で、それでなくともドンヒョクがジニョンに
休みを合わせることが多い
それだけに、彼はその貴重な時間はふたりだけのために使うと決めていた
「何もそんな日に・・」
ジニョンから、アナベルを誘ったことを聞かされた瞬間、
ドンヒョクはそう言った
だけど・・・
アナベルのあの寂しそうな横顔を見て
どうしても放っておけなかったのよ
「君だって、最近、二人だけの時間が持てないって、
怒ってたじゃない」
そうだけど・・・・ドンヒョクssi・・・
そんなに怒らないで・・・
お願いだからアナベルの前でそんな顔しないでね
大人なんだから・・・・
ジニョンは昨夜のふたりの会話を思い出しながら、溜息を吐いた
「仕方ないじゃない・・・放っておけなかったんだから・・・」
ジニョンはひとり呟きながら、ソファーのクッションの位置を直し
それを無造作に叩いた
アナベルは約束通り、11時にやって来た
「いらっしゃい・・・アナベル」
アナベルは綿のシャツにジーンズというカジュアルな装いで
その佇まいが仕事時の凛とした大人の雰囲気と打って変わって、
まだほんの二十代そこそこの女の子だということを改めて思わせた
「お邪魔します・・・・わぁー素敵なお部屋・・・」
ジニョンの案内でリビングに入るなり、アナベルは歓喜の声を上げたが
その後はまるで何かを探すように周りを見渡しているのがわかった
きっとその探し物は・・・
ジニョンの本能が警告を発していた
「あの・・・ドンヒョクssiは・・・」
「ああ、彼ね・・今、書斎で仕事中なの・・・あの・・
直ぐに済むと思うわ」
ジニョンは自分の胸の中に潜む不安の理由を垣間見たような気がして
アナベルの顔を覗きこんだ
「そうですか・・・・
それじゃ、早速キッチンお借りしてもいいですか?」
「え、ええ・・どうぞ、こちらよ・・・それから・・
あなたが届けてくれた食材はここよ」
アナベルは律儀にも前もって、料理に必要な食材を届けさせていた
「ありがとうございます・・・頑張りますね、私・・
ジニョンssi・・お座りになってて?」
アナベルはバックの中から持参のエプロンを取り出し、
手早く付けると、キッチンへと入り料理の下ごしらえを始めた
お嬢様らしからぬ手際良さに、ジニョンは目を見張っていた
そしてその様子を眺めながら、感心したように言った
「アナって、何でもできるのね」
「そんなことありません」
「その謙遜・・・私には嫌味だわ」 ジニョンがそう言って笑ってみせた
「楽しそうだね」 そこへドンヒョクがやっと姿を現した
「アナ・・いらっしゃい・・・何のご馳走かな・・・・」
そう言いながら彼は、キッチンの奥を覗き込んだ
ドンヒョクssi・・・機嫌直ったみたいね
「ドンヒョクssi!」
アナベルはドンヒョクに気がついて彼に向かって輝くような笑顔を向けた
アナベル?可愛い・・・
あなた・・・彼にはそんな笑顔を向けるのね
ホテルでのあなたとまた違った印象だわ
「出来上がってからのお楽しみです
ドンヒョクssiも座ってらして?
コーヒーお入れします・・・ジニョンssi・・コーヒーメーカーは・・・
あ、これですね・・・」
「ええ・・・豆は・・・」
「あ、豆は用意してあります・・・これを・・・」
そう言いながら、アナベルは自分が用意していた食材の箱の中から
小さな袋を取り出して見せた
「それ・・・僕の好きなブランドだ」
「そうなの?」≪知らなかった≫ジニョンが言った
「ええ・・アメリカから取り寄せました・・・」
「わざわざ?これあまり手に入らないよ」
「そうなんです・・でも私も好きですから」
「ドンヒョクssi・・・これ美味しいの?」
「ん?前に淹れてあげた時・・好きじゃないって言ってたよ、君・・
きっと、酸味が強いからじゃない?」
「ふーん」 ジニョンは唇を尖らせながら微かな不満を声に出した
ドンヒョクとの好みが合わないことは沢山ある
意見が食い違い、些細なことで喧嘩することも日常茶飯事だ
それでも今は何故かコーヒーひとつの好みも同じで有りたかった
ジニョンは自分の心の声を自嘲していた≪私・・子供みたい・・・≫
一時間程して、アナベルの手料理が所狭しとテーブルに並んだ
「凄いわ・・・美味しそう・・・ね、ドンヒョクssi」
「ああ・・・僕の好物ばかり・・・」
「えっ?そうなの?」 思わずジニョンはアナベルを見た
アナベルが満足そうな笑顔でドンヒョクを見ていた
アナベル?
「どうぞ・・・召し上がってください」
三人は席を囲むと、アナベルの給仕で会食を始めた
「・・・・美味しい!・・・ね、ドンヒョクssi・・・」
ジニョンは彼女の料理をひと口入れたとたん、唸るように言った
「ああ・・・・本当に美味しい」 ドンヒョクもジニョンに続いて言った
「わぁー!良かった!」 彼の言葉にアナベルは跳ねるように喜んだ
「彼の妹がね、ジェニーって言うんだけど・・
すっごく料理が上手なの・・・彼女はプロだけど
アナ・・プロ顔負けね・・・凄いわ
何不自由無いお嬢様なのに・・・どこで覚えるの?」
ジニョンは次々に彼女の料理を堪能しながら、感心しきりだった
「好きな人のために覚えたんです・・・
彼の好きな料理を作って・・いつか彼に食べて欲しくて・・」
「ああ・・・アメリカにいらっしゃるという?」
「えっ?ええ・・・・」
「このお料理もその方のお好きなもの?」
「あ・・はい」
アナベルは質問した私にではなく、ドンヒョクssiを見て答えていた
アナベル・・・・あなた・・・
あなたの好きな人って・・・・・やっぱり・・・
ジニョンは自分の影の声を心で聞いていた
その瞬間から、自分の表情が不自然にならないよう努めて明るく話した
「羨ましいでしょ、ドンヒョクssi・・・・アナの恋人
こんな美味しいもの、食べられて・・・・」
「ああ、そうだね」 ドンヒョクは無頓着に笑って答えていた
あなたって・・・やっぱり鈍感・・・・
「ジニョンssiだって、ドンヒョクssiのために
お料理なさるでしょ?」
「えっ?・・なさるって程じゃ・・・・」
ジニョンが困ったように言うと、隣でドンヒョクが俯いて苦笑した
「でも、色々勉強なさったでしょ?
好きな人のためだもの・・・・」 アナベルの問い掛けは続いた
ジニョンにとってはまるで攻撃されているようにも感じたが、
アナベルの目は真剣そのものだった
「えっ?」 ジニョンは返事に困っていた
「彼女は料理得意じゃないんだ」
そんなジニョンに代わって、ドンヒョクが突然口を挟んだ
「・・・・そ・・そうなの・・・得意じゃないの」
そう言って、ジニョンはドンヒョクの足をわざと蹴る仕草をした
「痛い!何するんだよ」
「大げさね・・当たってないでしょ?」
目の前でまるでじゃれているようにしか見えない二人に向かって
アナベルはさっきの質問を続けた
「でも、どうして?ジニョンssi・・・・
ドンヒョクssiのこと愛してらっしゃるんでしょ?
愛する人のために、その方の好きなもの
作ってあげようと思いませんか?
ドンヒョクssiのお好きなものを、ご自分も好きになろうと
努力なさいませんか?」
アナベルの言い方は決して嫌味ではなく、純粋な疑問の眼差しだった
「私だったら・・・、好きな人のためだったら・・・
その人の好きなものを同じように好きになりたいし
同じように感じたい・・・
料理もその人の好きなものを美味しく食べて欲しい
ジニョンssi・・・ドンヒョクssiを愛してらしたら・・・・
・・・愛してらっしゃらないの?」
その時ドンヒョクは声を立てて笑った
「アナベル・・・こんなこと位で向きにならなくてもいいんじゃない?」
しかしアナベルを見るドンヒョクの目は決して笑っていなかった
「愛していたら?・・・
君はそうかもしれないが、誰でも向き不向きがある
ジニョンは料理は得意じゃない
得意なものは・・・・あー仕事以外に何も無いんだったね」
ジニョンがドンヒョクを睨んだ 「ごめん・・・でも本当のことだろ?」
ドンヒョクはジニョンを愛しげに見つめながら、彼女の頭に手を置いて
その髪をくしゃくしゃにするとアナベルの方に向き直って、言った
「しかし、アナベル、それがどうした?
愛する人にとって、何が必要で、そうじゃないか、
それぞれの相手が決めることじゃないか?・・・
ジニョンが愛している僕は、それを必要としてない
君の恋人が望んだことかも知れないが・・・」
「本当に?本当にそう思われます?ドンヒョクssi」
「本当だよ・・・僕は彼女がいればそれでいい
そばにいて、僕を愛してくれて、
いつも僕に笑いかけてくれれば、それで十分だ」
「嘘だわ・・・・そんなこと・・・・あなたは・・・・」
「アナベル・・・
今日はご馳走様・・・美味しかったよ
実は僕達、二人一緒の休日なかなか取れないんだ
出来ればふたりで過ごす時間も欲しい・・・」
「あ、そ・・そうでしたね・・・ごめんなさい・・・気が利かなくて・・・
それでは・・・私、この辺で失礼します・・・」
「えっ?アナ・・いいのよ・・気を遣わなくても・・」
ジニョンが引きとめようとすると 「ああ、悪いね・・また明日会社で・・」
すかさずドンヒョクがジニョンの言葉を遮った
「ジニョンssi・・・またホテルで・・・・」
「え・・ええ、アナベル、ごめんなさい・・・気をつけてね」
「ドンヒョクssi・・・明日またよろしくお願いします」
「ああ」
アナベルは精一杯の笑顔をふたりに向けて、帰っていった
しばらく、ドンヒョクとジニョンの間に沈黙があった
「ドンヒョクssi・・・・少し彼女に対して言い方がきつく無い?
あれじゃ、アナベル・・・可哀相・・・あなた・・
私のこと言われたから、怒ったの?」
「別に・・・」
ドンヒョクssi・・・・
もしかして・・・あなたも気付いたの?
あの子まちがいなく
あなたを愛してるわ
あなたどうするの?
私はどうしたらいい?
あの子はどういうつもり?
いったい、いつから?
あの子の真意がまだ掴めない
だから・・・
あなたにも私、何も言わないわ・・・
「おはようございます・・・ボス」
「ああ、おはよう・・・・・・・・アナベル」
ドンヒョクは机の前に座ったまま顔を上げた
その眼差しは鋭く、見る者を震え上がらせるように冷たかった
それでも口元だけには微かな笑みが浮かんでいた
「はい」
「・・・・・僕に・・・何か言いたいことが・・・
・・・あるのかな?」・・・