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aoiルーム
aoiルーム(https://club.brokore.com/hollyhock)
aoi32の創作ストーリーを集めたお部屋です。 どなたでもご覧いただけます。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。
サークルオーナー: aoi32 | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 297 | 開設:2008.03.05 | ランキング:100(3927)| 訪問者:1353453/1890694
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遠距離恋愛
「抱きしめたい」の続編。                                                           甘くて切ない三角関係に また新しいメンバーが加わって…
No 10 HIT数 7748
日付 2009/10/07 ハンドルネーム aoi32
タイトル 遠距離恋愛 -9- 涙
本文




-9- 涙 







  彼女は泣いているように見えた

  泣く女は嫌いだ 女は泣けば何でも許してもらえると思ってる

  “そうね 私もすぐ泣く女は嫌い 軽蔑するわ
   だからそんな女になって あなたに嫌われたかったのよ”

  そう言う彼女の瞳は 悲哀の色を湛えて濡れていた

  皮肉にも 僕はその彼女が今まで見た中でいちばん美しいと思っていた 



                   永瀬聡 著  「硝子の雫」より




 

「…永瀬先生……」


驚いて自分を見ている美月に気がついて、永瀬はふっと微笑んだ。

細いメタルフレームの奥の黒い瞳から 微かな親しみが感じられるような気がして
美月は思わず胸が高鳴った。


「先生! どうなさったんですか?」

美月は足早に近づくと永瀬を見上げた。


「今日は森田編集長に会いに来ました」

永瀬は静かに答えた。


「編集長にですか?」

「ええ、原稿を売り込みに…」

「え? もしかして新作が出来上がったんですか?」

「3作ほど…どれかを本にして貰えないかと依頼しに来ました」

「そんな…ご連絡いただければ こちらからお伺いしましたのに!」

「いえ、僕はもう2年もブランクがあるので…新人みたいなものです。
 こうするのは当然のことです」

「まあ、何をおっしゃってるんですかー!
 永瀬先生の新作、書き下ろしですよね?
 読者にとっては待ちに待ったことなんですよ!
 しかも、3作??? すごいです!」


美月は我を忘れて興奮している。


「さ、行きましょ 先生! わたしがご案内します」


「それは助かるな」


「え?」


「実は、アポイントメントも取らずに来たので
 受付の方に訝しげに見られました」


「え?」


美月は慌てて受付のカウンターの方を見た。

係りの二人の女性が気まずそうにこっちを見ている。

美月は顔見知りの彼女たちに大丈夫よ、と目配せした。

そして、永瀬を見上げるとコホンと咳払いをした。


「先生がいけないんです」

「え?」

「写真嫌いでメディアにお顔を出さないから。
 この業界の人間でさえ先生のお顔を知ってる人は少ないんです」

「…そうですね」

「じゃあ、これを機会に出版記念のサイン会とか?
 あ、TV出演もいいですねーー!」

「……」

「“女王のブランチ”という番組をご存知ですか?
 あそこに 新作の本とか作家の方を紹介するコーナーがあって…
 先生ならきっとすごい反響があると思うんですよね。
 一度でいいから出演なさってみるのも…」

「…そうですね」

「やっぱりダメですよね。
 先生がTVになんて奇跡でも起こらない限り……
 …えっ???
 い、今 何て言いましたーーー?」

「僕も営業、宣伝をしないと本が売れないだろうと…」

「先生」

「もう長い間書いていないので、世間にも忘れられた存在だし…」

「………」

「それよりも こちらで本を出版してもらえるか心配だな」

「……」

「どうしました?」

「先生があまりにも謙虚なので…何だか不気味で。
 以前は自信たっぷりで、オレ様には怖いものなんてないって
 振舞ってらっしゃったので…
 先生、どうかなさったんですか?」

「オレ様…って…」


永瀬は初めて自分に向けられた言葉を頭の中で繰り返した。

そして、決してふざけているわけではない美月の眼差しに気づいて
思案しながら眼鏡のフレームを指ですっと上げた。


相変わらず発想が面白い人だ…永瀬は感心してしまう。

いつも彼女は永瀬の言う事を何でも素直に受け止めて、出来る限りのことをしようと
してくれる。

そして、自分の意見も付け加えることを忘れない。

確かに、その提案に美月の思い込みが強く反映されてるとしても
今まで自分の世界に偏り勝ちだった永瀬にとっては新鮮な発見だった。

 

「…何もありません。ただの心境の変化です」


永瀬は穏やかに言うと ゆっくりと美月に視線を向けた。


美月は目を丸くすると不思議そうに首を傾げた。

 

 

 


その日の編集部はちょっとした騒ぎになった。

他の部署からも、永瀬聡という有名作家を見に来る社員が後を絶たなかった。



「…あの人が永瀬聡なのか」

同僚の秋山がガラス張りの応接室の方を見ながら 好奇心たっぷりの様子で言った。

永瀬と編集長の森田が向かい合わせに座って談笑している。


「ものすごく素敵な人ですねーー!
 写真嫌いだって聞いてたから もしかして?と思ってたけど…」

「そんなわけないでしょ、面食いの美月先輩があれだけ入れ込んだんだから」

「そう言えば、お前 永瀬先生を追って鎌倉まで行ったことがあったな」

「え?本当ですか!」

「そ、そんな昔の事を今さら持ち出さなくたって
 それに、あれは先生と連絡が取れなくなったから心配で」

「…たった半日な…」

「………」


呆れたようにぼやく秋山をキッと睨んだ後、美月はその視線を永瀬の方に向ける。

時折、顎に手を当てたり 軽く頷いたりしているその仕草をつい見てしまう。


「………」


ぼうっと眺めている美月を見て、秋山がゴホンと咳払いをする。

美月ははっとして それまで止まっていた指を動かし原稿のチェックを始めたが
なかなか思いように進まない。

気持ちを集中しようとすればするほど 永瀬のことが気になってしかたがない。

編集室での作業を諦めた美月は席から立ち上がると
秋山に資料室へ行くことを告げて部屋を出た。

 

 

 

「先生! 永瀬先生!」


資料室から戻った美月は永瀬が帰った事を聞いて
一階のエントランスまで追いかけてきた。

外に佇んでいた永瀬はゆっくりと美月の方に振り返った。


「もうお帰りですか?」

「ええ、話は済んだので」

「…それで、編集長は何と言ってました?
 もちろん3作品とも決定ですよね?」

「…それが…残念な結果になって…」


わくわくしながら問いかける美月に向かって永瀬は小さくため息をつくと
気落ちしたようにうつむいた。


「え?」

「全部、断られました」

「嘘!」

「やはり二年のブランクは長すぎたようです」

「そんな…」


信じられないというような表情を浮かべた美月は その場に立ちすくんだ。

それに気づいた永瀬は神妙な顔で言う。


「また最初から出直します」

「せ、せんせい! 原稿! …わたしに原稿を貸してください!
 もう一度、編集長に話してきます!」

「あなたが?」

「そうです! だって、永瀬先生の原稿がボツになるなんて絶対おかしいです!
 とっ、とにかく今すぐに編集長の所に行って…」
 

じっとしてなんかいられない! 美月は編集長の森田に断固として抗議しようと
心に決めた。

だが、今にも駆け出しそうな美月の手を永瀬が掴んで引き止める。

美月は驚いて振り向くと永瀬に言った。


「もう一度だけわたしに任せてください。
 後でご連絡しますから、先生はどこかでお待ちになっててください」

「大野さん」

「だって、ひどいわ…こんなことって…
 以前は先生にお願いして やっと書いていただいたのに…
 まるで、手の平を返したように…
 今の出版業界は低迷してるし、そんなに甘くない世界だとわかってます。
 編集長が仕事には厳しいことも…でも、こんな冷酷な人だとは思いませんでした!」

「そんなに興奮しないで」

「でも!」

「…嘘なんです」

「…え?」

「すみません。ちょっとあなたを驚かせたくて…」

「はい?」

「とりあえず、原稿を読んでくれるそうです。
 もちろん刊行することを前提にね」

「はあ?」

「あなたも編集者ならわかってるでしょう?
 原稿も読まないうちにボツになるわけないと」

「……」

「いくら二年のブランクがあると言っても
 素人の持ち込み原稿ではないのだし…」

「……」

「とにかく読んでもらえれば 刊行する価値があると納得してくれるはずです」


永瀬は自信に満ちた表情で言うと ふっと軽く微笑んだ。

美月は呆然としたまま永瀬を見上げている。

しばらく頭の中が混乱していたが やっと何が起こったのかわかってきた。


「…先生…」


永瀬は美月の声が震えているのに気づいた。


「…わたしをからかったんですか?」

「え?」

「ひどいわ!」

「大野さん」

「本当に心配したのに…胸が痛くなるくらい心配したのに…」

「……」

「…ひどいです…」 
 


それまで我慢していた美月だったが ついに抑えきれなくなって
大きな瞳から涙が溢れ出した。

透明な涙がはらはらと零れて美月の白い頬を伝わって落ちてゆく。

 

「…大野さん…」


永瀬の声は微かに擦れていた。

 

― 泣く女は嫌いだ ―


以前、永瀬が書いた小説にそんな文章があった。


美月は“泣いちゃいけない”と自分に言い聞かせるが
そんな彼女の意に反して 涙はとめどなく惜しげもなく溢れてくる。


…やだ、もう …これじゃ 先生に疎ましく思われてしまう

でも、どうしよう 涙が止まらない…


美月がうつむいたまま必死で涙を指で拭っていると、不意に大きな手に包まれた。

そして、永瀬のもう一方の手は美月の頬にそっと触れた。

躊躇いながら 彼の長い指は美月の白い頬を滑り、涙を拭い取っていく。

 

「…せんせ…い…」


美月は驚いて顔を上げ、永瀬を見た。

そこには 今までに見た事も無いくらい狼狽した永瀬がいた。


「…すみません… ちょっとやり過ぎました…」

永瀬はそう言うと遠慮がちに美月を見つめた。

その顔は歪んで…ひどく後悔しているように見えた。

 

「…先生…」


「…すみません、許してください」


美月の手を握っている永瀬の手にぐっと力が入った。

大きくて温かい手の感触が美月の手に伝わって 
そのまま全身が包み込まれるような気がした。



永瀬の…ため息が出そうなほど美しい手…

そして、ひんやりとした眼差しの中に見え隠れする熱い思い…



………


はっと我に返った美月は 慌てて永瀬から手を離した。

そして少し後ずさりすると、永瀬から視線を逸らした。

 

「いえ、わたしの方こそ…取り乱してしまってすみません。
 …泣く女は…お嫌いなのに…ごめんなさい」


「え?」


「そう書いてありましたよね」


「もしかして、僕の本のことですか」


「はい」


「…あれは小説の中の台詞です。
 実際は…嫌いというより苦手なだけです」


「…同じことです。
 すみません。…ずっと、先生の前では泣いたりしないように頑張ってたんですけど。
 あ、でも 今のは先生のせいだから許してくださいね」


「…それって、二年前にも泣きたい時があったっていうことですか?」


「はい、先生にはよく意地悪されましたから」


「……」


「永瀬先生は我儘だし、きついし、強情だし…怒ると怖くて
 何度、隠れて泣いたことか…」


「……」


「でも、そのおかげで だいぶ鍛えられましたけど…」


美月はそう言うと 嬉しそうに顔を上げた。 

 

「今日もまた意地悪く騙されましたけど…
 でも、嘘で良かった!
 先生の小説がまた読めるんですね!
 …永瀬聡、復活! …ですよね?」


美月は ほんの少し前まで泣いていたとは思えないほど清清しい笑顔を浮かべると
大きな瞳をくるくるっと輝かせた。

何の欲もない純粋な喜びが 美月の体中から溢れ出している。 


「あなたという人は…本当に…」


永瀬はそこで言葉を止めると呆れたように首を横に振った。

彼女は躊躇うことなく 作家“永瀬聡”にまっすぐな情熱を注いでくれている。

それは 初めて会った時から二年経った今でも変わらない。


「先生、どうかしました?」

美月は不思議そうに永瀬を見上げる。


「いえ、何と言うか…やはり、あなたは面白い人だ…」


「面白い、ですか?」


「とても興味深い」


「…それって先生の人間観察のお役に立ってるっていうことですよね?」


「そうですね」


「嬉しいです。…少し複雑ですけど
 でも、もしかして先生の小説の中に登場したりして。
 え、やだ どうしましょう~」


「……」


「もし、そんなことになったら 素敵な女性に描いてくださいね!」


「…そんなどうしようもない想像をして喜んでいるより…」


「はい?」


「また編集者として僕の担当になってくれませんか?」


徐々に調子に乗ってくる美月を見て、永瀬は呆れていたが
すぐに その表情は真剣なものに変わっていた。


「え?」


「またあなたと一緒に仕事をしたい」


「え、あの!」


「どうですか?」


「…先生……」

 

突然の永瀬の言葉に 美月はその場に立ちすくんでしまった。


「…あの でも、わたし…今 担当してる作家の方が…」


美月が言いかけた時だった。

 


「…ナガセー!」


突然、明るい声が美月の背後で響き渡った。

驚いた美月が振り向くと すらりとした女性が一人 足早に近づいて来る。

明るいミルクチョコレートのような鳶色の長い髪と同じ色の大きな瞳。

透き通るような白い肌と艶やかなピンクの唇。

日本人離れした容姿の彼女は眩しいほどの笑顔を永瀬に向けながら
すっと手を伸ばし、彼の首に両手を回した。

揃って長身の二人の抱擁は まるで外国映画を見ているように
美しくドラマティックだった。

 


「…やっと見つけた!」


彼女は嬉しそうに言うと永瀬の顔に頬をすり寄せた。

鳶色の綺麗な髪が永瀬の胸の中でさらさらと波打った。

 

「ジェシカ…」


永瀬はわずかに表情を変えただけで すぐに何事もなかったように
彼女の腰にそっと手を回し 静かにその名前を呼んだ……。







 

 

 


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