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aoiルーム
aoiルーム(https://club.brokore.com/hollyhock)
aoi32の創作ストーリーを集めたお部屋です。 どなたでもご覧いただけます。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。
サークルオーナー: aoi32 | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 297 | 開設:2008.03.05 | ランキング:100(3927)| 訪問者:1365791/1903032
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遠距離恋愛
「抱きしめたい」の続編。                                                           甘くて切ない三角関係に また新しいメンバーが加わって…
No 2 HIT数 6899
日付 2009/10/07 ハンドルネーム aoi32
タイトル 遠距離恋愛 -1- 合鍵
本文










-1- 合鍵

 


 

東京駅の新幹線ホームに発車を告げるメロディーが鳴り響く。

彼女は足早に階段を駆け上がると車両に乗り込んだ。

それと同時に 扉はゆっくりと閉まり新幹線は動き出した。

はあ、間に合った… 彼女はほっと胸を撫で下ろすと座席を探そうと歩き出した。

そして 小振りの旅行バッグを棚の上に乗せると窓側の席に腰を下ろした。


彼女は一息つくと電車の窓から外に目を向ける。

夕闇がせまる都会の街にはイルミネーションが輝き始め、オフィスビルの窓にも
ぽつぽつと明かりが灯っている。

彼女がこの新幹線に乗るのは何度目だろう。

彼女の恋人が東京の国立大学を卒業して 大学院の研究室に残ったのが2年前。

その1年後、彼は京都にある研究室に行く事になった。

国立K大との合同研究に参加することになった彼は 
東京の自宅を離れ京都で一人暮らしをすることになった。

ずっと20年以上も隣に住んでいた幼なじみで 彼女の傍にいた
彼がいなくなってから1年。

最初のうちは それも新鮮でいいかも…とポジティヴに考えていたが 
時が過ぎると彼女の胸の中はぽっかりと穴が開いたように
寂しさで耐えられなくなった。

子供の頃から彼女のことを一途に思い続けて来た彼の気持ちを
受け止めた時から ますます親密な関係になった二人。

彼は彼女より5歳年下だったが そんなことは何の障害にもならないと
思えるような 幸せで穏やかな日々を過ごしてきた。

彼への愛しさがますます膨らんでいった彼女は こうして金曜日になると
新幹線に飛び乗って彼に会いに行くのだった。

まさか自分がこんな風に情熱的だとは思わなかった。

少なくとも2年前の彼女にとって 彼は隣に住んでる弟のような存在だったから。


待っててね これから会いに行くから…

 
彼女は すでに暗くなった夜の闇の中を走る新幹線の窓に映る自分の顔に
彼の姿を重ねて呟いた。

彼に会った時の喜びを想像するだけで 彼女の胸は熱くなった。

 

……………


   ……………

 

 

「うっ、すごくいい!」

美月は思わず呟いた。


いいじゃない、これ!

まさに遠距離恋愛って感じ~!

やだもう、すごくロマンティックでまるでドラマのようだわ


美月は口元が綻ぶのを抑えることができない。

そして、しばらくしてから美月は気づく。


こんな妄想、いえ想像をして喜んでるわたしって…


実際は少し違う。

航平に会いに京都へ行くのは3ヶ月ぶりだ。

美月は出版社での編集の仕事に追われ、航平も研究や論文の
作成とかで忙しく 二人はなかなか会う機会がなかった。

日帰りで会いに行こうと思えばできない事もなかったが
そこまでの情熱は美月にはなかった。

そして、あれだけ“美月一筋!”と迫ってきた航平でさえも
以前のように恋愛にまっしぐらというような状況ではなくなっていた。

だから仕方がないと 元々あっさりした性格の美月は思っていたが
これだけ長い間 会ってないとさすがの彼女も少し不安になってきた。

ちょうど明日から連休が取れたので
今回は思い切って会いに行こうと決心したのだった。

だが航平にはこのことは内緒だった。

突然会いに行って驚かそうと思っていた。


「ちょうど嵐山の桜も見頃らしいしね
 保津川を下りながらお花見もいいでしょ?」

美月の強がり半分の言い訳を聞いた友人の麻美は
本当は会いたいくせに、と呆れたように笑いながら言った。


「でも、本当に何も知らせないで行くの?」


「え?」


「大丈夫かな」


「何が?」


「…突然行って、部屋に女の子がいたりして…」


「え」


「見なくていいものを見ちゃったりするのよね」


「まさか、航平が?そんな事ありえない」


「わからないわよ、航平君だって男だもの」

唇を突き出しながら言う麻美を見て 美月は笑い飛ばした。


「航平が浮気?
 ぜひ見てみたいものだわ~!」


「何?その自信は! 美月ったらそんな油断してると
 いつか痛い目に遭うわよ!」


「はいはい、一度、そんな経験もしてみたいわ」


「…余裕じゃない、美月」


「ふ~んだ、航平がそんなことするわけないじゃない」

 


「…そうよ、航平はそんなことしないわ…」

美月は小さく呟くと窓から外の景色を眺めた。

夜の闇の中を走る新幹線は まもなく京都駅に到着するところだった。

 

 


京都駅からタクシーで河原町通を走り 北白川に向かう。

航平の住むマンションは白川通りの少し入った場所にある。

もうそろそろ夜の9時近くになろうとしてるのに 
金曜日の夜の繁華街は驚くほど賑わっている。

橋を渡る途中でタクシーが止まった時、美月は何気なく外を見た。

え?と 思わず美月は声を上げる。

信じられない偶然だった。

反対側の歩道を歩いて来る人混みの中に航平を見つけたのだ。

すらりと長身の航平は周囲から抜き出て目立っていた。

美月はタクシーを止めることもしないで ただ彼の姿を目で追った。

なぜなら、航平の隣には寄り添うように歩く女性がいたからだ。

顔は見えなかったが 小柄で華奢な若い女の子のようだった。

見上げながら話しかける彼女に応える航平の顔には 
やわらかな笑みが浮かんでいた。

二人はマンションとは反対の方向に向かっていた…。

 

 

 


7階建ての小振りのマンションだった。

K大まで徒歩で15分という便利さと 意外と静かな環境のせいか 
住人のほとんどは学生や独身の職員などの大学の関係者のようだった。

エレベーターで6階に上がり 突き当たりの航平の部屋の前まで行くと
美月はインターホンを押してみる。

やはり、さっきの光景は見間違いで 航平がひょっこり顔を出しそうな気がした。


きっと「美月ちゃん?」と目をまん丸にして驚くのよね…


だが、美月の淡い期待はあっけなく裏切られ、ドアは冷やかに
閉じられたままだった。

じっと見つめていた彼女は諦めたように空しく息を吐くと 
バッグからスペアキーを取り出した。

美月がそれを使うのは初めてだった…。

 

 

 ―― 1年前 ―― 


航平が京都に行ってから1ヶ月が過ぎた頃 美月は初めて
航平が住んでいるマンションに訪れた。
 
京都駅まで迎えに来た航平に招かれて ワンルームのその部屋に入ると 
美月は窓側に進んで明るいグレーのカーテンをそっと開けた。

やわらかな春の日差しを浴びた美月は 思わず目を細める。


「思ったより静かね」

振り向いた美月は航平に笑いかけた。


「うん、表通りから奥に入ってるからね」

航平も微笑みながら美月の傍に近づく。


美月は頷いて部屋の中を見渡した。

10畳ほどのフローリングの部屋には 淡いグレーのカバーが掛かったベッド
ノートパソコンと数冊の本が積み上げられている細長く黒いデスク 
壁際には本棚とオーディオ機器が並んでいる。
ベッドと同じ色のカウチソファの前には低い丸テーブルが置かれている。

それぞれがきちんと整理されていて無駄がない部屋だった。

だが冷たい印象を受けないのは ここに航平がいるからなのかもしれない。


「航平はこの部屋で暮らしているのね」


「うん」


「勉強して 大学の研究室に通って 洗濯もして 食事も作ったりして…」


「本を読んで DVDも観て …美月ちゃんに電話とかメールも送って…」


「……」


「…時々はこうして美月ちゃんも来てくれて…」


「…大丈夫?」


「うん?」


「航平… 一人でも大丈夫?」


「もう大分慣れたから」


「今まで一人暮らしなんてしたことないし、炊事とか洗濯も…」


「…美月ちゃんよりは出来ると思うけど?」


「失礼ね、一応わたしは女なんだから 航平よりは… …」


「そう?」


「…… えっと その…あまり自信ないかも」
 

決まり悪そうに見上げる美月を見て、航平は吹き出した。

美月は航平を軽く睨むとぷいっと横を向いた。


「美月ちゃん?」


「何よ、人が心配してるのに…」


「……」


「今まで、航平の周りには家族がいて…わたしだって傍にいたのに
 全部いなくなったから寂しいんじゃないかと…」


「美月ちゃん?」


「航平は寂しがりやだから…」


「…美月ちゃん、もしかして自分のこと言ってるんじゃない?」


「え?」


「僕が傍にいなくて寂しい?」


「なっ、何言ってるの。わたしは寂しくなんかないわよ。
 周りにたくさん人がいるし…航平一人いなくても何ともない…もの!」


「じゃあ、何でそんなに泣きそうな顔してるの?」


「そんな顔してないわ」

美月は叫ぶとくるっと背を向けた。


「航平は意地悪だわ」

美月の怒ったような声も 華奢な肩も小刻みに震えていた。

航平は堪らなくなって そんな美月の体を後ろから抱きしめた。

ふわりと航平の長い腕が美月を包み込んで背中が温かくなる。


「…ごめん」

美月の耳元で航平が囁く。


「嫌いよ 航平なんて…」

目の奥がつんと痛くなって涙が出そうだったが
唇をぎゅっと噛んで堪えた。


「…寂しいよ…」


「え?」


「一人暮らしは慣れたけど 美月ちゃんがいないことには
 どうしても慣れない。…だから、すごく寂しい」


「…航平」


「今までだったら…会いたいと思ったら走れば
 すぐそこに美月ちゃんがいたから
 こうやって抱きしめて キスすることもできたのに」

航平は抱きしめている腕を解くと、美月の体を自分のほうに向けさせた。

二人の視線が重なる。

美月の目は潤んで 航平は切なそうな顔をしている。


「こう…へい…」

美月は声を震わせながら航平のやわらかな頬を両手で包み込んだ。


「…わたしも… わたしも 会いたかった…の」

ついに美月の黒い瞳から涙が溢れ出し 白い頬をすーっと伝わって落ちた。

「今まで航平が傍にいるのは当たり前だと思ってたから
 こんな風に思ったことがなかった。
 …でも…航平がいなくなってから寂しくて、すごく寂しくて…」


「美月ちゃん…」


「…ずっと…会いたかった…」


美月の大きな黒い瞳から涙はとめどなく溢れてくる。

航平は黙ったまま指でその涙を拭うと美月の体を
引き寄せてやわらかく抱きしめた。

震える背中を両手ですっぽりと包み込んで ほんの僅かな隙間もないほど
ぴったりと美月と身体を重ね合わせた。

甘くて切ない香りがする美月の髪に顔を埋めながら 航平は呟いた。

 


すごい…感動かも


え…


美月ちゃんに“会いたかった”って言われるなんて…


航平…


生きてて良かった…


…大袈裟ね…


本当だよ


航平の言葉に思わず笑みを浮かべた美月は しなやかに航平の背中に
手を回し彼をぎゅっと抱きしめた。

 

お互いの体温が同じになるくらい長く抱き合った後
航平は美月の体をそっと離して顔を覗き込んだ。

すでに涙は乾いて 頬はほんのりと桜色に染まっている美月を見て
航平はくすぐったいような、呆れたような笑みを浮かべた。


「もう泣き止んでる」


「…立ち直りが早いのよ」


「美月ちゃんらしくていいね」


「単純ってこと?」


「美月ちゃんはそうやって笑ってなくちゃね」


「航平ったら」

航平の明るい笑顔につられて美月も笑い出してしまった。


「そうだ、美月ちゃんに渡すものがあったんだ」


「え?」


「手を出して」

航平はジーンズのポケットからそれを取り出すと 美月の手を上に向ける。

冷たい感触の小さな鍵が美月の掌にぽとりと落ちた。


「…これって…」


「この部屋のスペアキーだよ。 美月ちゃんにあげる」


「スペアキーって…合鍵…よね?」


「うん、美月ちゃんが いつでもこの部屋に入れるように」


「…すごい」


「何が?」


「だって! …合鍵なんて まるで深い関係の男女みたいで
 何だか 秘密めいてて色っぽいじゃない?」


「…美月ちゃんと僕は深い関係じゃないの?」


「え?」


「僕はそうだと思ってたけど」


「え? あの、それは…」

真っ赤になった美月を見て航平はくすくす笑い出す。


「可愛いな、美月ちゃんは。
 もしかして あまり恋愛したことないのかな」


「失礼ね、わたしだってもう28歳よ!
 それなりに身を焦がすような激しい恋愛の一つや二つは…」


「……」


「結婚しようか迷ったことだって… それに…… 」


美月のお喋りをやめさせるように 航平は彼女の唇を塞いでいた。

やわらかな感触に美月は目を丸くして航平を見た。

 

…こう…へい…?


もうそれ以上は聞きたくないよ


強引にベッドに押し倒された美月の手からスペアキーがすべり落ちた。

銀色に光る小さなシリンダーの鍵が床の上にカチンと音をたてて転がった。


美月はその音をぼんやりと聞きながら ゆっくりと目を閉じて
航平に愛されるのを待っていた……。

 


……………

 

   ……………

 

 

「…やっぱり 航平とわたしは深い関係よね…」


思わず呟いた自分の言葉にはっとして赤くなる美月。

1年前の事を思い出していた美月は あの時のスペアキーを見つめる。

 

結局、その鍵は持ってるだけで今まで使わなかったわ

わたしが京都に来た時は 航平が必ず迎えに来てくれたから

嬉しそうに目を輝かせながら待っててくれた航平…


この手の中の鍵はあの時と同じなのに、自分の気持ちはどうなの?

あの時感じていた 切ないほど恋しい思いは 今でも変わらないの?

航平が傍にいなくなって寂しくて、寂しくて 泣きたいほど会いたかった… 

 


美月はバッグから携帯電話を取り出した。


やっぱりここに来てることを知らせよう

素直に“会いたい”と言ってみよう

今、航平の部屋にいるなんて知ったらきっと驚くわね

びっくりして慌てて帰って来たりして…ね


美月の携帯電話が 大好きな航平を呼んでいる。


さっき一緒に歩いていた女の子は きっと同じ研究チームの人で
近所に住んでて 仲間との飲み会に一緒に行った、ってとこよね? 



 

『…美月ちゃん?』

聞き慣れたいつもの航平の声が響く。

優しくて、穏やかで、深く響く声。


「うん。 …航平 今、どこにいるの?」

この後の航平の驚く顔が目に浮かんで 美月は思わず笑ってしまいそうになる。


少し間をおいて航平が答える。

 

 

『今? うん、部屋にいるけど…?』

 


美月は思わず息が止まりそうになった。


そして、あの時と同じように 彼女の手の中にあったスペアキーは 
白い掌を滑り 床の上に音をたてながら落ちていった……。

 


 









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