…やっぱり、まずいよなあ…
そう思いながらボスを見ていると、ふとした瞬間に目が合ってしまう
そして、俺は慌てて目をそらすんだ
…何してるんだ? 俺は……
―――――
― ソウル市内 ―
取引先に企画書を届けた後、
俺は昼飯でも食べようと、あたりを見回した
そして、はっとした
ゆっくりと、首を右に向ける
200メートル程行けば、そこは、あの人がいるソウル病院だった
「カン・レウォンさん? また来てくれたの」
彼女が驚いて俺を見た
「こんにちは。 お加減はいかがですか?」
俺はできるだけ平静を装いながら言う
「ありがとう。この前よりは大分元気になったのよ」
彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。
初めて会った時のように、花のようにきれいな微笑…
それに、この前よりはずっと顔色もいい…
俺は思わず、胸が熱くなった
「あっ、あの、これ、お見舞いです!」
俺は小さなバスケットにアレンジされた、色とりどりの花を彼女に渡した
「まあ! 何てかわいいお花! ありがとう」
彼女は本当に嬉しそうに言った
「他に思いつかなくて… でも、花はもうたくさんありますね」
俺は部屋中に飾ってあるたくさんの花を見て、苦笑いをした
…そうだよなあ …だけど、それにしても多すぎるような…
バラが多い?
「ええ。 でも、お花は好きだから、嬉しいわ。ありがとう、レウォンさん」
…彼女は優しい
「あの、レウォンさん?
…今日、ドンヒョクさんは、ちゃんとオフィスに行ったかしら?」
「あ、はい。来てましたが?」
「そう、良かった」
彼女は安心したように微笑んだ
「この前、レオさんにくれぐれもって頼まれたから。
今朝も大変だったの。なかなか言う事を聞いてくれなくて…
今日は仕事を休むって…わがままで…」
「…そうなんですか? 何だか想像できないな」
…胸が…痛い…
「あ、あら、こんな事、あなたに言うべきじゃないわね。
ごめんなさい。 ドンヒョクさんには内緒にしておいて。
叱られちゃうわ」
「ボスはジニョンさんの事、怒ったりするんですか?」
「いいえ。結婚してからは、一度もないの。
彼はとっても優しいのよ。
信じられないかもしれないけど…」
彼女はそう言うと、頬を赤くした
…可愛らしい人だ…
「そっか、だからその分、俺…僕が会社で怒られるんだ」
俺はわざと、明るく言う
「あら、そうだったら ごめんなさいね」
「そんな、冗談ですよ」
彼女と俺は、顔を見合わせて笑った
…なぜだろう?
彼女と話をしていると 心が温かくなっていくような気がする
でも…やっぱり胸の奥が痛い……
―――――
「カン・レウォンさん?」
病院からの帰り 気落ちして歩いていると声をかけられた
ボスの妹のジェニーさんだった
「また、姉のお見舞いに来てくれたんですか?」
「ジェニーさん、お昼食べましたか?
まだだったら、つきあってください」
俺はその時、一人になりたくなかったんだ
一緒に冷麺を食べる二人。
レウォンとジェニーは、年も近いせいか話がはずんでいた。
「…で、テレビのドキュメンタリー番組に出てるボスを見て、
この人しかいないって思ったんだ。
そして次の日、履歴書を持って、会いに行ったんだ。
『俺も一緒に仕事させてください』って…いきなり」
「へぇ~、それでよく採用されたわね」
「うん。俺も何で合格したのかわからない。
ボスに聞いても、ただ、直感だ、としか言わないし」
「ふうん」
「ジェニーさんにとって、ボスはどんな人?」
「もちろん、自慢の兄よ。…優しいし、何でもできるし、何でも知ってるし」
「でも、寂しいんじゃない?君、一人暮らしだよね?」
「そんな事ないわ。今までだって、兄さんと一緒に暮らしたことなんて
ないも同然だもの」
「え?」
「事情があって、兄さんに会ったのは20年ぶりぐらいなの」
「20年ぶりに会ったのに、兄さんはすぐ結婚しちゃったのか?
やっぱり寂しかったんじゃないの?」
「そんなことないわ」
「そう?」
「そうよ」
「ジニョンさんに、お兄さんを取られたような気はしないの?」
「!!!」
「ジェニーさん?」
「わ、わたし、帰る!」
ジェニーは立ち上がると、店の外に飛び出した。
…何がわかるのよ、あなたに…
でも 見破られた…
今まで、誰にも気づかれなかったのに…
そうよ!
ずっと、寂しかったわ
兄さんのこと…大好きなのに…
兄さんはお姉さんのことばかり…
でも、兄さんに嫌われたくなくて
よく気がつく、しっかりした妹のふりをしてた!
気がつくと ジェニーは泣いていた……