「あれ? 薫?」
仕事を終えてマンションに帰って来た崇史は エントランスにいる薫を見て驚いた。
「どうした?こんな所で」
「さっきの電話で 今日は早く帰らないといけないって断られたから
わたしが来たのよ。
崇史にどうしても聞きたいことがあったから」
「そんなに急ぎの話だったのか…。悪かったな、薫。
でも、今日は僕も急用だったんだ」
「わかってる。 だから、今 少しだけ時間をちょうだい」
真剣な顔で告げる薫を見て、崇史は戸惑いながらもうなずいていた。
「崇史さん、お帰りなさい!」
ドアを開けると莉子が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「莉子」
帰り際に電話をした時、もう熱も下がったから大丈夫と莉子の声を聞いていたが
実際に元気な顔を見て崇史はますます安心した。
「莉子さん???」
どうしてここに莉子がいるのかと、薫は混乱して叫んだ。
「…あ、薫さん?」
莉子も驚いて声を上げた。
「崇史、帰って来たのか?」
莉子と薫が黙ったままお互いを見ていると 部屋の奥から真山が現れた
「何だ、俊 もう来てたのか?」
崇史は“早いな”とからかうような笑みを浮かべる。
「何??? どういうこと? 二人とも崇史の部屋で何してるのよ!
ま、まさか ここで崇史を裏切るようなことしてたの?」
わなわと震えながら、薫が莉子と真山を睨みつけた。
「また何を言ってるんだ、薫ちゃんは?
今日、莉子ちゃんと俺の関係を疑って もの凄い勢いで電話してきたのは
薫ちゃんだろう?
だから俺は慌てて崇史に連絡してここに来たんだ。
莉子ちゃんが会社を休んでるのは もしかしたら誤解した崇史にひどい目に
遭わされてるんじゃないかって、心配になってさ」
「まっ、真山さん???」
「ひどいな…。僕が莉子にそんなことすると思う?」
「崇史も男だからな。
それに顔に似合わず、意外と嫉妬深いってわかったからさ」
「それがわかったのなら もう誤解を招くようなことはやめてくれよ。
いくら莉子のことを気に入ってるからって… 由希さんに悪いだろう?」
「うわっ、崇史がそんなこと言うなんて…
莉子ちゃんを取られるんじゃないかって心配してるのか?
…安心しろ、莉子ちゃんは脇目も振らずに崇史ひとすじだ!」
「そんなこと俊に言われなくても知ってるさ」
「何だと? その余裕はどこから来るんだ! なんかムカつくなーーー!」
「…ちょっと!!! 何、男二人で盛り上がってるのよ!!!」
それまで呆気にとられたまま 崇史と真山の会話を聞いていた薫が
突然 叫んだ。
「何よ! もうすでに解決済みってことなの?
一大事だと思って慌てて来たわたしはどうしてくれるのよ?
ちゃんとわかるように説明してちょうだい!!!」
薫のあまりの剣幕に、莉子は目を丸くして驚き 崇史と真山は決まりが悪そうに
お互いを見合っていた……。
再び自棄酒を飲むことになった薫と 行きがかり上、それに付き合う羽目になった
真山を部屋に残して 崇史は莉子を家まで送るところだった。
“毎晩、違う女の子と酒を飲んでたら由希に何を言われるかわからないじゃないか!”と
真山がぶつぶつ言っていたが、崇史と薫に自業自得だと言われ開き直ったのか
またビールをあおって、すでに酔い始めたようだった。
明け方まで降っていた雨も止んで 梅雨の中休みか今日はずっと晴れた空が広がり
夜になった今でも 空には星が瞬いている。
「…もう梅雨も明けるかな」
莉子と手を繋ぎながら どこか神秘的で美しいロイヤルブルーの夜空を見上げながら
崇史は言った。
そうね… 莉子は小さな声で答えると もう片方の手を崇史の腕に回した。
「疲れた? まだ熱が出てきたんじゃないよね?」
「違うわ、もう大丈夫よ。
ちょっとね、こうしたかっただけ…」
「それならいいけど。
薫のこと… 気にしてるんじゃないかと思って」
「え?」
「彼女、ちょっと性格がきつくてあんな言い方しか出来ないけど
さばさばしてて、意外と世話好きなところもあるんだ」
「ええ、わかってる。
崇史さんのことを すごく大切に思ってるから、あんなに心配してたのよね…」
「怖くなかった?」
「全然、怖いなんて思わなかった。
何だかね… 似てるような気がして…」
「似てる?」
「姉の茉莉ちゃんに似てるかなって…
一見、きつい口調で何でもはっきり言って怖そうに見えるけど
でも、一生懸命で…本当はすごく優しいの。
だからね、薫さんを見てたら親しみが湧いちゃった」
「莉子…」
「薫さんとも仲良くできたらいいな… なんて、図々しいかしら」
「そんなことない。 きっと莉子とも気が合うに決まってる」
「そうなったら嬉しい…」
莉子の言葉に 崇史は感心したようにうなずいた。
崇史は 莉子の慎ましくて控え目な性格とともに 決して人を疑わない純粋さと
やわらかく包み込むような寛容さに惹かれていったのだと改めて感じた。
…もう 莉子を誰にも渡したくない… …
「崇史さん、どうかした?」
莉子は 黙ってしまった崇史を見上げると不思議そうに首を傾げた。
「いや、何でもない」
「そう?」
「莉子」
「はい?」
「梅雨が明けたら… 莉子に話したいことがあるんだ」
「話? 何かしら?」
「雨が止んで 夏が来たら話すよ」
「夏が来たら? …あ、もしかして夏休みの話?」
「え? ああ、そうだな… まだ言えないけど」
「崇史さんったら、意地悪ね。 でも、そうね… 待ってるほうが楽しいかも…」
「うん、楽しみにしてて」
「はい、わかりました」
莉子と崇史は顔を見合わせるとくすくすと笑い出した。
そして 二人は手をしっかり繋いだまま、空を一緒に見上げた。
夏に向かう深い藍色の空には いくつかの小さな星が美しく煌いていた……。
「…どうして崇史はいつまでたっても帰って来ないの?」
すでにとろんとした目で薫は缶ビールを持ち上げた。
「そりゃあ、か弱い莉子ちゃんを部屋まで送り届けても そのまますぐ
帰れないだろう?
あんな事やこんな事…しなくちゃいけない事はいろいろあって…
二人が付き合って3ヶ月…一番良い時だよな。く~っ、羨ましい!」
真山はそう言うとくっくっと笑った。
「ふ…ん、俊さんって男のくせにお喋りね。
でも、そうね… 今頃、二人だけで盛り上がってるのよね。
あ~あ、崇史は本当に結婚しちゃうのかな。
崇史の隣でウェディングドレスを着るのはわたしだったはずなのに…
どこで間違えたのかしら」
薫はしんみり言うと深くため息をついた。
「そんなに好きなら何で崇史に告白しなかったんだ?」
「そうね… 崇史が告白してくれるのを待ってたのかも。
彼のほうから好きだって言ってくれると信じてたの」
「それって、薫ちゃんらしくないな。
何でも自分から言いそうだけど… 違うんだな」
「崇史以外の男なら平気なんだけど。
それに… もう8年も一緒にいたから今さら言えなかった。
こんなことなら、さっさと言って掴まえておけば良かった…」
「よしっ、わかった! 今夜はとことん飲もう!
最後まで俺が付き合うぞ!
…そうだ、あの棚に置いてあるワインを開けるか?」
「え??? だめよ。
あのワインは崇史が大切な日のために取って置いてあるって言ってたわ。
…崇史がいないのに…まずいでしょ?」
「…それって、本心?」
「………」
「こんないい女の薫ちゃんを振ったのは誰だ?(崇史は気づいてもいないけど)」
「うっ…」
「崇史のワインなんて飲んじまおうぜ!」
「そうよね! 崇史のワインなんて全部飲んでやるんだから!」
意気投合した酔っ払い二人は お互いの顔を見て笑い出した。
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梅雨が明けて 前日まで降っていた雨も上がったその日の朝
いつかの公園で 崇史は莉子が来るのを待っていた。
雨あがりの水色の空から夏の眩しい光が降り注ぎ 青々と生い茂る樹木の間から
キラキラと輝く木漏れ日が ベンチに座る崇史の肩先でゆらゆらと揺れている。
崇史は小さな箱を取り出すと、そっと蓋を開けて中を覗いてみる。
3月の誕生石 アクアマリンの指輪…
透明なマリンブルーの輝きが夏の光と重なり合って眩しく目に映る。
清楚で可憐な空色の宝石は 莉子のほっそりとした指にきっと似合うだろう…
崇史は満足そうに微笑むと、なかなか来ない恋人の姿を見つけようと遠くを眺めた。
「崇史さん!!!」
いつものように莉子が走って来た。
崇史は その箱を右手で包み込むと立ち上がり、後ろに隠した。
「崇史さん! 遅くなって ごめんなさい!」
「おはよう、莉子。 また走って来たの?」
「そうなの。おにぎりを作ってたら けっこう時間がかかっちゃって」
「おにぎり?」
「ええ。 崇史さん、昨夜のうちに電話くれたでしょ?
だからね… ちょっと早起きして作ってきたの。
崇史さんはおにぎりの具は何が好き?
えっと… シャケと明太子と昆布と… 梅干もあるのよ」
「………」
「崇史さん?」
「…ツナマヨ」
「ツナマヨ? …え? 崇史さん、ツナマヨがいいの?
ごっ、ごめんなさい それはないから…
えっと、次はちゃんと崇史さんの好きなものを作ってくるわね」
本当は莉子の作ったものなら何でも良かったのに つい、からかってしまった崇史の
言葉をそのまま受け止めた莉子の慌てた顔を見て 崇史は思わず笑ってしまう。
「そうだね、まだ先は長いし… これからいくつでも作れるね」
「え?」
不思議そうに首を傾げた莉子の姿が愛おしくて 崇史はまたいつものように微笑んだ。
そして…
莉子がまた逃げ出さないように その小さな手をぎゅっと掴み 崇史は
後ろに隠していたものを彼女の方に差し出した。
「崇史さん?」
驚いている莉子の顔を見た途端、崇史の頭の中は昨夜から考えていたことが
全て消えてなくなってしまった。
でも、崇史には何の迷いもなかった。
あの時…
ここで初めて告白した時のように 自分の今の気持ちを素直に伝えよう
「莉子」
「はい?」
「…君が好きです。 僕と結婚してください…」
【君が好き】を読んでくださった皆さんへ
ありがとうございました。
春色のスイトピーの甘い香りの中で出会った二人も
眩しい夏の訪れとともに幸せな結末を迎えることが出来ました。
憧れの男性に失恋、という悲惨な状況から始まった物語の中の莉子は
今までのヒロインの中で いちばん控え目でおとなしい女の子だったでしょうか。
けなげで、ちょっと古風で でも本当は芯が強い…そんな莉子にひと目惚れしまう
崇史は もちろんあの彼がモデル(笑)
この数ヶ月間、想像を膨らませながら続けることができて幸せでした。
楽しくて、キラキラしてて、ロマンティックなラブストーリーを書きたい…
いつもそう思っていますので、軽すぎて物足りないと感じられる方もいらっしゃると
思いますが、素人作者の力不足ということで大目に見てくださいね。
そして 画像を作ってくださったnimoさん ありがとう。
いつもステキな画像ばかりで、次はどんなのを作ってくれるんだろうと
楽しみにしながら続きを書くことができました(笑)
最後に…
いつも皆さんに たくさんのレスやブロメを頂きました。
温かくて楽しくて 思わず笑ってしまうようなコメントに何度も励まされました。
本当に ありがとうございました。
今回もひと言メッセージをいただけると嬉しいです。
お待ちしてます! aoi
「君が好き」 爽やかで素敵な二人のハッピーエンド
今回も aoiさんにご一緒させてもらって楽しかったです。
画像にもレスやブロメで応援をくださったみなさま 本当にありがとうございました^^ nimo