『　蒼穹のjewelry　』




いらっしゃいませ、ソウルホテルへようこそ・・・・




「こんにちは、予約してないんだけど、ランチ・・・どうかしら？

あら、大丈夫？そう、それじゃ・・」



にこやかなフロントのスタッフに促されて、レストランへと歩き出す。


この季節、ソウルホテルは盛況ね。

国内外からの旅行者や滞在客で賑わっている


そうね、いい気候だものね


私は広い廊下を歩きながら、大きな窓の外へ目をやった。

きらきらと木漏れ日が踊って、５月の薫風が眩しいわ。

そうね・・・・素敵な季節なんだけれど・・・


私はため息をそっと零すと、レストランのドアを開けた。


いつのもように丁寧で誠実な応対で、一人のランチでも心地よく過ごせる。

さすが、ソウルホテルね

だから、ついここに足が向いてしまうのかもしれない・・

特に、こんな気分の時には・・・


１年で一番過ごしやすい季節だというのに、私の気持ちは鬱々と楽しめない。


確かに５月は素敵だけれど、５月病ってあるじゃない？

入学や入社・・・４月にいろいろと環境が変わった人たちが陥る罠

もしかしたら、私も今、ちょっとそんな感じなのかしら・・・



４月に店を任された。

それも、国内一のここソウル店を・・・

パリの本店から、宝飾デザイナーとして、一流と認められたからこそだったのだけど・・


今までデザインのことだけを考えていればよかったけれど、これからはそうもいかない。

自分のブランドも立ち上げたことだし、売り上げとか経営とかそういった事も考えていかなければ・・・


そう気負えば気負うほど、どこか空回りして、すっかり疲れてしまった今日この頃・・・

そんなときは、ふとこのホテルに来たくなる。


私は、あたりを見回してみた。

レストランのあちこちを優雅に動き回るスタッフたち・・

料理をサーブしたり、お水を注いだり、メニューをレコメンドしたり、ワインを勧めたり・・・


生き生きと働くホテリアー達を見ていると、なんだか少し力が湧いてくる。


そうね、ちょっと疲れた時の、ここは私の元気の補給所みたいね。


そう苦笑して、ふと目を上げるとソ支配人の姿が見えた。


あら・・・相変わらず今日も元気に働いているのね・・・


彼女・・・ソ支配人は、ソウルホテルのホテリアーというより、私にとってはお得意様、シン・ドンヒョク様の奥様という認識が強い。


だって、お二人の人生のターニングポイントを、うちのジュエリーたちが飾ってきたのだから・・・


ドンヒョク様の最初のソ支配人へのプレゼント

あのネックレスはうちでお買い求めになったもの・・・


いまやこのホテルの伝説となっている二人のラブストーリーは、私の耳にも届いている。


当時あのネックレスは、お二人の間を行ったり来たりしたのだとか・・・


その時のドンヒョク様の切ない姿は、当時はまだ敵対していたここのスタッフたちの胸をも打つほどだったとか・・・











　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　






　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　


ソ支配人になじられた後、辛そうに立ち尽くす姿や、つき返されたネックレスを見つめる悲しそうな目・・・

そしてベランダに佇む哀愁を纏った背中は、今でもホテルの語り草だもの・・・







                                                                            




でも、その後のハッピーエンドは、みんなの知るところ


ドンヒョク様曰く、魔法の指輪・・・あの婚約指輪もうちで誂えたものよ。

決して、ぼったくりじゃなくってよ、ソ支配人！


そして、それからドンヒョク様が贈られた数々のジュエリーは、相当数うちから購入していただいているはず・・・

お二人の愛の深さがうかがえるほどに・・・・



・・・・いらっしゃいませ・・・・どうぞ、ごゆっくり・・・



その時、なんとなく物想いに耽っていた私の傍を、ソ支配人がにこやかに挨拶をして通り過ぎた。


その胸元に光るネックレス・・・

あら？あれは何？

ちょっと！！・・・どういう事？


いつもさりげなく上品で上質なジュエリーをつけているソ支配人が今日しているのは、どこかのファンシーショップで売っているようなイミテーションのハートのネックレスだった。

まるで、中学生が好むようなデザイン

可愛らしいけれど、ソ支配人のような大人の女性がするものじゃない。
まして、こんな仕事場で・・・

なんなの？！あれは・・・

そんなものをしなくたって、うちでたくさん高価でエレガントな宝飾品を山ほど贈ってもらっているでしょう？


その時、ソ支配人が常連さんと見られるお客様に呼び止められた。


『あら、ソ支配人、今日はずいぶんと可愛らしいネックレスをなさっているのね』

『ありがとうございます。私の誕生日に子供たちがプレゼントしてくれたもので・・・』

『まぁ、それは素敵だこと。どうりでどんな高価な宝石にも勝る輝きだわ。』

『はい。私にとっては100カラットのダイヤより価値のあるものです。』



輝くような微笑を浮かべてそう言い切るソ支配人・・・

その笑顔があまりに眩しくて見つめられないほどだった・・・・


そうだったの・・・・


なんだか急に体中の力が抜けていくようだった・・・

ついでに、肩の気負いも必要以上の気構えも・・・


そうね・・・

もしかしたら宝飾品の価値なんて、あってないようなものかもしれない・・・

だって、もし明日にでも有り余るくらいのダイヤモンドの鉱山が見つかれば、きっと価格は暴落するだろう。


ダイヤモンドはありふれた宝石になり、希少価値は失われる。

だれそれのデザインといっても、流行の波を受けて不変とはいえない。


だったら・・・永遠に変わらないもの

それは何？

永遠があるとしたら、きっとそれは・・・

そう・・・そのジュエリーを贈った人の気持ちだろう。



・ ・・・指にはめたら永遠に僕から離れなくなるような魔法の指輪をください・・・・


あの時のドンヒョク様のような・・・


そして、今ソ支配人がつけているそのハートのネックレス

きっとお子様たちがお小遣いを出し合って、一生懸命選んだのね


・ ・・ママにはどれが似合うかしら？喜んでくれるかしら？


そう思って・・・


たくさんの想いを身にまとったそのアクセサリー

どんな高価なジュエリーよりも、輝いてソ支配人を彩っている・・・


ああ・・・私もそんなジュエリーが創れたらいいな・・・・

高価な宝石をふんだんに散りばめるだけじゃなく、大切な人に贈りたいって思ってもらえるようなジュエリーを創りたいな・・・・



急に空の蒼さと薫風が、心と体に沁みてきた。

ああ・・・５月なんだな・・・・・

そうか・・・ソ支配人は５月生まれだったわね・・・


確か、５月生まれといえば・・・


頭の回転が早く研究心が旺盛。前向きで向上心も強く、物事を良く考え、納得しないと気がすまない

見かけは温和そうでも、自分の信念を貫く内面の強さを持っている

芯の強さをもつ探究家タイプ


そんなソ支配人にふさわしいアクセサリーは？


私は俄かに体中に力がみなぎってくるのを感じた。


きっとドンヒョク様は、またうちにジュエリーをお買い求めに来られるはず・・・

その時に手にとっていただけるように、ソ支配人にぴったりなジュエリーを創りたい。


私は、晴れ渡った５月の空を見上げた。

どんなデザインがいいかしら・・

そうね・・・切ないほどの愛を込めた・・・あの蒼穹のようなアクセサリーは？



５月って、なんだか再生の季節

心からそう感じたソウルホテルのレストラン

今日もまた素敵な時間をありがとう・・・


ソ支配人・・・happy birthday to　you

素敵な１年を過ごしてくださいね。












５月生まれの皆様、お誕生日おめでとうございます。

今月のお祝い画像(お題は『切ないドンヒョク）に答えてアップしてくださったものをモチーフに創作をさせていただきました。
ささやかですがお祝いに代えて・・・
         
                             orionn222




（2007/05/28　Milky WayUP)