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No |
61 |
HIT数 |
1443 |
日付 |
2005/04/28 |
ハンドルネーム |
liriy |
タイトル |
病室で |
本文 |
夜明けにはまだ時間があった。薄暗い病室でインスは相変わらず眠り続ける妻の横に座っていた。今日はいったい何日の何曜日なのだろう。
あの日から、日にちも曜日も時間も、ただ過ぎていくだけで実感がなかった。
立ち上がると窓辺に置いた荷物から手帳を取り出す。目に見え、手に触れる物の感触だけが、今のインスにとっては確かなものだった。
めくった手帳からそのときはらりと落ちたものをかがんで拾い上げたインスは、それを手のひらにのせるとゆっくりと妻を振り返った。
ねえ、インス、これ、今見つけたの。あなたに...。
私?いいのよ、私は...。
だって、あなたが幸せなら私も幸せだもの。
え?もうひとつ探すの?無理よ。私、さんざん探したのよ。
だって、本当はひとつずつ欲しいでしょ?
でもやっと見つけたの。ひとつだけ。
だからあなた持っていて。
やっぱり探す?
じゃ、いいわ、もう一度一緒に探しましょう。
ほら、やっぱりないでしょ?
だから言ったのに...。
え?あった?ほんと?
あなたから私に?
うれしいわ。
ねえ、私たちきっと幸せになれるわよね。
あなたと私...。
きらきらと、こぼれるような笑顔のあのときの妻。
妻...、妻?
今ここに横たわっているのは僕の妻なのだろうか?
本当に僕の妻と言えるのだろうか?
静かに寝息をたてるだけの、僕の妻。
僕ではない男を愛している、僕の妻。
僕が何をした?
僕には何が足りなかった?
僕の何に不満だった?
「さ、そろそろ出ようか?で、今度はいつ会える?」
「そうねえ、次の日曜はあの人がいるのよ。その次だったら、仕事が入るって言ってたわ」
「じゃ、そうしようか?」
「そうね...。あら?やだ...」
「何?」
「ええ、ちょっと。たいしたものじゃないのよ」
「なんだ、四葉のクローバーなんか手帳にはさんでるんだね」
「いやだわ、私じゃないのよ。あの人が摘んだの」
「ご主人、やさしいんだね」
「やさしいって、どうなのかしら。やさしいって...時に重荷になるの。そう思わない?」
目を覚ましたらそこはまだ病室だった。
夢?夢か...。
インスは手の中のクローバーをそっと指でなでた。
「私たちきっと幸せになれるわよね」
それから、ゆっくりとベッドに横たわる妻をみつめた。
「たいしたものじゃないのよ」
「...やさしいって、時に重荷になるの」...
やさしい?僕が?
そんなことはない。
ほら、こうして...
インスはもう一度手のひらを見ると、ゆっくりとけれど力をこめてこぶしを握った。
...こうして、君との思い出だって、平気で握りつぶせる。
乾いたそれはカサカサとかすかな音を立てて彼の手の中で崩れる。
その音と一緒にインスの心の微かな何かも崩れた。
ほんのりと明るくなってきたカーテンに手をかけると、朝焼けの光がインスの顔を照らす。
「ねえ、私たちきっと幸せになれるわよね」
一筋の涙がインスの頬をつたった。
彼は流れるままの涙をぬぐいもせずにいつまでもそこに立ちつくした。
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liriy
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きっと心がすれ違うときは「思いやり」や「やさしさ」がすれ違っているときだと思います。 |
2005/04/30 11:11 |
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ogako
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「やさしさ」という重荷・・。裏切られた者の悲しみ。インスの泣き顔が浮かびます。 |
2005/04/29 10:08 |
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ゆこまる
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「やさしさ」、「幸せ」、四葉のクローバが醸す静かな哀しさ、映画の雰囲気にすごく合っていると思います |
2005/04/28 18:33 |
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