「では、次の質問」の声に、さっと振りかえってK社のおっさんからマイクをもらい、 ハイッ!と半分中腰を浮かして手をあげた。
普通、司会者はこの体勢だったら、里子を指すしかないはずなのだが、 「はい、前の女性の方どうぞ」と、言ったあとに、「灰色の袖の方..」と、 いらぬ一言を付け加えたのだ。
自分のことだと思っていた里子はすっかり面喰らい、周囲を見回したが、 灰色の袖の人なぞいない。すぐ前は緑だし、その横は白だし、 あえて言えば里子のチャイナブラウスは黒く、光の具合によっては グレイに見えるかもしれなかった。だれのことやらわからないまま、 マイクをもって立ち上がった里子は
わたし?
ちがう?
だれよ?
この人?
あの人? わたしじゃないの〜〜?
いくよ? いっちゃうよ? いいでしょ?〜
と、手話ともジェスチャーともつかぬボディランゲージで 司会者にアピールしてみた。
「あ〜〜みなさん灰色ですか〜 では...マイクをもってる方、どうぞ」
と、言われたが、やはり灰色の人なぞひとりもいなかったのだ。 いったいどこに目をつけているんだか。
とにかく、のっけから冷や汗の出る展開ですっかり舞い上がった里子は、 頭の中が真っ白になってしまい、 自分の所属誌さえも出てこないようになってしまった。
その時、まるで吉兆のおかみのように、ノリスケさんがささやいた。 「韓国ドラマ通信!」「韓国ドラマ通信!」
おお!そうだ、そうだった! 「えっとー 韓国ドラマ通信の里子と申します。 タムトク・ペーハーに質問です。」
もうダメだ...声がうわずってものすごい早口になっていく... 「ファンの方から100個以上の質問をお預かりしてきて、その代表的な一つなんですが ドラマの中では、イジアさん演じるスジニは、こう...」
うっ!言葉が出てこない!
「うしろ方からペタ〜と背中に抱きついてですね...」と、言いながら里子は だれかに後ろから抱きつく真似をしていた。 あ〜〜ん、格好悪いよお〜〜 ヨンジュンの前で何やってんだよお〜〜〜
「一方ムンソリさん演じるキハは、(豊満な胸で..とか言っちゃいけないのよね..) 前の方からギュッと抱きしめるんですけどお〜〜」 あ〜〜ん、自分で自分を抱きしめてるばやいじゃないのよお〜〜 格好悪い〜〜 でも、止まらない〜〜〜ムンソリ姐さんもジアちゃんも笑っているけど ヨンジュンは質問を書き留めているのか、下をむいていて目があわない...
「タムトクペーハーは、個人的には、どちらの方がお好みか?ということを みなさん、今後の参考のために知りたいということで、よろしく御願い致します。」 (いったい↑なんの参考なんだ〜!って誰もつっこまないのよね...)
会場中がドッと笑った。テレビの記者達は、オッこれで見出しが立ったと思ったに違いない。
しかし、里子の頭の中はパニクッていた。ああ〜〜〜違うでしょうが〜〜〜! 「どちらの愛情表現の方が より切ないと思われますか?」って、 上品に聞くはずだったのにい〜〜〜 つい、受けを狙った言い方に〜〜〜
通訳を聞いたヨンジュンは、真顔でマイクを持つと、 何か答えて笑い、ムンソリさんは、コイツ〜とでも言うようにヨンジュンをグーでこづいた。
しかし、「まずは、どちらでもいいなあ〜と思っています」という答えが訳されると、 一瞬シラーっとする会場。 あ”あ”あ”〜〜〜 よりによって、一番つまらないお答えを〜〜〜〜!!
もういちどマイクを握ったので、な、なにか今度こそ面白いことを?と思ったら
「キハは恋人でしたから、前から抱きつくことができたのですが、 スジニは友人だったので、後ろからということになったと思いますし、 陛下と臣下という間だったので、少し慎重になっていた気持ちを そのように現していたと思います。」...と、 おおまじめに解説してくださっちゃった....
長い...時間がたつのが なんだか長い... やはりヨンジュンは、まじめな路線で きちんとメッセージの解説をしたかったのかな...
その答えを通訳する間中、ヨンジュンはまったくこちらを見なかった。 さっきのこたえの間も、そっぽを向いて、目があわない。
台湾の記者会見で、質問した記者の後ろでカメラを回していた里子は、 質問者の方を射るようなまなざしで、まっすぐに見ていたヨンジュンの視線を、 ファインダー越しに覗いていただけでも腰がぬけそうになったのに... 今日は、直接見つめられたらどうしよう〜〜と、思っていたのだが... 全くあらぬ方向に目をやり、ヨンジュンは、まったく里子の方を見ようとしなかった。
ああ....やっぱり...きらわれちゃったんだ...
300人の中でたったひとり、ヨンジュンの前に立っているというのに... 一瞥もくれないなんて... やっぱりアホなことしちゃったんだな... 笑ってほしかっただけなんだけどな... もうダメだ...きらわれた〜〜〜〜泣
時間がはてしなく長く感じた。
通訳が終わり、ふたたびマイクをもったヨンジュンは、
「今、もう一度かんがえてみたんですけど、 やはり前からにしていただきたいと思います」
と、言いなおし、韓国語のわかる人には受けていたけど、 日本語訳のあとは、あまり受けたとはいえない状況だった。
2問目でこのおちゃらけ方は、早すぎたか.... もっと、会場があたたまってからすればよかったか....
そんなことを考えつつ、ヨンジュンに 「ネーカムサムニダー」と、礼を言って、里子は座った。
あとのことは 覚えていない。
ヨンジュンニキラワレタ.... ヨンジュンニキラワレチャッタ....
里子の頭の中には、そんな言葉だけがグルグルしていた。
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