~土曜日の夕方~
インスは、コンビ二の駐車場で、
ソヨンと別れた後、自宅に帰った。
自分の部屋の机の上に、
ヘルメットとバイクのキーを置くと、
頭の後ろで手を組み、
ベッドにあお向けに、倒れこんだ。
天井を見つめながら、
今日一日ソヨンと過ごした時間を、
思い出していた。
バイクの後ろに乗ったソヨンが
まわした手の温もりと、
自分に体を預けられている緊張感。。。
二人乗りで、風を切って走る心地よさ。
久しぶりに訪れた秋の海の潮風や波の音に、
心が穏やかになっていった。
まだ知り合ったばかりで、
どこかぎこちないインスとソヨンの会話。
ほんの少し距離をおいて歩くソヨンとの間に
流れる穏やかな時間。
なぜだか、ソヨンを見ていると、
傍にいて、守ってあげたくなるような気持ち。。。
インスの心に淡い恋心が芽生えていた。
~月曜日~
「セナ、おはよう~。」
「おはよう。ソヨン。何かいいことあったでしょ?」
「えっ。うん。。。」
「やっぱりねぇ。顔に書いてあるよ。」
「やだ。セナったら、何でもお見通しなのね。」
「そうよ。私には、隠し事できないわよ。
何があったの?もしかして、インスさん?」
「うん、土曜日にね、インスさんのバイクに
乗せてもらって、海に行ってきたの。」
「ソヨン、すごいじゃない。良かったじゃない。
バイクに乗せてもらって、怖くなかった?」
「最初はね、ちょっと怖かったけど、
大丈夫だったよ。
風を切って走るのって、気持ちよかったよ。」
「わぁ、いいなぁ。私なんか、ゴンウとのデートは、
バスばかりだから、うらやましいな。」
「セナとゴンウのデートって、どんな感じ?」
「そうねぇ。遊園地でジェットコースターや観覧車に乗ったり、
ボーリングしたり、映画を観たり、
デパートで、ウインドーショッピングとか・・・。
最近は、ゴンウのサッカーの試合の応援に行くことが多いかな。」
「そうなんだ。セナが、応援に行ったら、ゴンウ張り切っちゃうね。」
「うん、うん。そうなのよぉ。」
「セナ、私ね、インスさんに、お礼の手紙を書いたの。
それで、インスさんの自宅の住所が知りたいんだけど、
わかる・・・?」
「そうねぇ。うちに帰って、お兄ちゃんに聞けばわかると思うよ。
わかったら、電話しようか?」
「ありがとう。セナ。とっても助かるよ。」
「ソヨン、頑張ってるね。インスさんに手紙書いて、
気持ちが伝わるといいね。」
「うん。電話だと緊張して、
ちゃんと話せないかもしれないから
手紙を書いたの。」
「そっか。そうだね。
電話より手紙の方が心がこもっていて、いいと思うよ。」
「ありがとう。セナがそう言ってくれると、
勇気100倍だわ。」
「ソヨン、ファイテイーン!」
その日の夜、セナから電話でインスの住所を聞いたソヨンは、
さっそく、封筒にインスの住所を、緊張しながら書いた。
翌朝、ソヨンは登校する途中、
ポストに寄り、インス宛の手紙を投函した。
それから2日後の夕方、インスはアルバイトに出かける前に
郵便受けに1通の手紙が届いているのを見つけた。
手紙を読む時間の余裕がないので、
とりあえず手紙を、ジャンバーのポケットにしまい、
CDショップに向かった。
インスは、バイト中、ソヨンからの手紙のことが
少し気になったが、なかなか休憩時間がとれず、
バイトを終えて、家に帰ってから、
ゆっくり読むことにした。
バイトを終えたインスは、帰宅すると
母親が温め直してくれた食事を
ダイニングで食べた。
遅めの晩ご飯を食べ終わったインスは、
手際よく食器を洗い片付けた。
2階の自分の部屋に戻ったインスは、
椅子に座り、ジャンバーのポケットから
ソヨンの手紙を取り出した。
封を切り、ソヨンからの手紙を見ると
かわいらしい花柄の便箋に、
少し丸みを帯びた女の子らしい文字が、
並んでいた。
先日、バイクで海に出かけた時の
ときめきが、つづられていた。
インスは、ソヨンからの手紙を読み終わると
手紙を机の上に置き、ふと、部屋の時計を見た。
電話をかけるには、ちょっと遅いなぁ。。。
インスは、ソヨンの気持ちが、うれしかった。
自分と過ごした時間を楽しんでくれて。
自分のお気に入りの場所に、
勝手に連れて行ってしまったことを
少し強引だったかもと思い、ちょっと反省していたから。
インスは、明日にでも、ソヨンに電話しようと思った。
翌日の夜、インスはバイトから帰ると、
ソヨンの家に電話をかけた。
「もしもし。」
「あの、キム・インスですが、
ソヨンさんは・・・。」
「あ、はい。私です。」
「ソヨンちゃん、手紙読んだよ。
手紙ありがとう。
バイクで海に連れて行ったこと、
ちょっと強引だったかなと思って
反省していたんだ。
楽しかったって、言ってもらえて、うれしいよ。
いきなり、バイクでびっくりしたでしょ。
ただ僕のお気に入りの場所を見せたかったんだ。」
「ええ、バイクは最初、ちょっと怖かったけれど、
風を切って走るのが、気持ちいいってことが
わかりました。あの日は本当に、とても楽しかったです。
ありがとうございました。」
「こんど、バイトの休みが取れたら、
また誘ってもいいかな?
バイクじゃなくて、車でドライブとか、どうかな?」
「はい、うれしいです。
インスさん、車持ってるんですね。」
「あっ、いや。僕は学生だから、
まだ自分の車を持ってないんだけど、
親父の車を借りようかと思ってるんだけど・・・。」
「そうなんですか。でも、誘ってもらえたらうれしいです。」
「じゃあ、休みが取れたら、連絡するよ。」
「はい、わかりました。」
「じゃ、今日はこのへんで。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
~ある日の大学の写真部~
ギョンホとスジンは、大学の写真部の暗室で、
撮り溜めた写真を現像していた。
「スジンちゃん、写真は、現像する時が一番ワクワクするんだ。
シャッターを切った時のイメージどおりに、
仕上がると、すごくうれしいし、
違うイメージに仕上がると、
新しい発見があって、面白いよ。」
「ギョンホ先輩、私も自分が撮った写真の仕上がりが
とても楽しみです。
自分のイメージどおりに仕上がるといいんですけど。。。
ちょっとドキドキ、わくわくします。」
スジンは、現像した一枚の写真を手にとって
眺めていた。
あの日、偶然出会った彼は、今、どうしてるかしら・・・?
CDショップの中に足早に消えた彼は。。。
彼の名前すらわからない。
ほんの数分のできごとで、名前も聞けず、
その場を去った彼のことが、
なぜだか、スジンの心の片隅に記憶されている。
爽やかで、目力があって、印象に残っていた。
あのCDショップを覗いてみようかしら・・・。
ふと、そんな思いが、スジンの頭をよぎった。
~つづく~