【 I'm loving you. 4話
】
外科病棟の詰所に戻ると検査結果が置かれていた。
目を通し新たな指示を出した。
周りにいた者からどうしたのかと声をかけられるぐらい
様子が違っていたのだろう。
今日は、 患者も落ちついているようだから早く帰るようにと声がかかった。
今まで思い起こすこともなかったが床頭台におかれた
小さな花瓶にいけられた忘れな草の花が思い出された。
確かあの時 患者がメモを見ながら花言葉を
…
花言葉は思い出せなかった。
医局に戻りパソコンの前に座り
「 忘れなくさ 花言葉
」と 検索をかけた。
「私を忘れないで」 「真実の友情」
「誠の愛」
その文字に胸が苦しかった。
次に自分でも驚いた。
思いがけない行動をしていた。
病院近辺の花屋の検索。
一軒一軒電話をかけた。
忘れな草という花をおいていないかと
…
少し離れたところだったが車で30分位のところで見つけた。
少しでいいからと とり置き依頼をして白衣を脱ぎ捨て
車に飛び乗った。
フラワーショップのオーナーが個人的に好きで
仕入れたものだからとおすそ分けですといって手渡された。
多分わけありと悟られたに違いない。
病院へ帰る道中たびたび助手席に置いていた小さな花束を眺めた。
愛おしかった。
医局に戻り掛け時計に目をやると急げば まだ面会時間には間に合う。
そのままの恰好で部屋を出たが、 私服でうろうろするより
白衣を着て行く方がと思い 白衣を手に取り部屋を飛ぶ出した。
早足でエレベーターに乗り血液内科病棟のある8階でおりた。
部屋のネイムプレイトをひと部屋ずつ見て回った。
病棟詰所で聞けばよかったが名前をはっきり思い出せなかった。
この病棟に関係のない私が 詰所内で不審な行動もおかしいのではと
…
何をしているんだと自分に言い正しながら苦笑した。
一番奥の部屋で見覚えのある文字見つけた。
ドアの前で呼吸を整えノックをした。
中から彼女の声が聞こえた。
ゆっくりドアをあけると窓辺に立った彼女が
ドアの方に顔をむけ 思わぬ来客に驚いたようだ。
だまってベットに花束を置きその場を立ち去った。
数歩あるき立ち止まった。
どうしてだまって
…
せめて少し早いが 「 おやすみ 」 の言葉ぐらい
…
もう一度ドアの前に行くと急にドアがあいた。
彼女がベットの上においた忘れな草の小さな花束を手に持ちそこにいた。
開けたドアの前に私が立っていたから彼女も驚いたようすだった。
彼女の目に涙がうるんでいた。
すぐに目をそらし彼女と目線をあわさなかった。
「
ありがとう~
」
弱弱しい小さな声だった。
どうしてそうしたのかわらないが彼女を引きよせ胸に抱きしめ
「
おやすみ …
」
と言いその場をあとにした。
エレベーターの前にたたずんだがこみあげてくるのを感じ
あわてて横の階段を上っていた。
屋上につき 流れ出る涙を拭うことすら忘れ手すりを
強く握りしめた手の震えが止まらなかった。
どれだけその場にいたのだろ~
手すりから手をはなすと身体の力がぬけてその場に座り込んでしまった。
背をもたした手すりは生温かかった。
まだ彼女の痛々しいほどの細い体の感触とぬくもりが腕に胸に残っている。
今の今まで、医師という職業を疎ましく思った事がない。
彼女は医師という職業であるがゆえに
彼女の今の状況は
…
私はこのときほど神を憎みどうして彼女が …
無宗教の私はこのときほど神に救いの手を
…
奇跡を願った。
彼女はどんな風に今の状況を受け止めているのだと思うと
また頬を濡らした。
やっとの思いで立ち上がり重い足で階段をおりた。
気がつくと彼女の部屋の前に立っていた。
そっとドアノブに手をかけまわした。
ドアの隙間から彼女が薄明かりの中で
ベットに腰をかけ窓の外を眺めていた。
後ろ姿が小さく思えた。
そっと部屋に入った。
ガラスの中に小さな明かりと彼女とその後ろに私がいた。
彼女がガラスの中の私に気がつき慌て涙をぬぐった。
私も彼女が腰をおろしているベットの横にすわり
彼女の頭を私の肩にのせ、肩を抱いた。
彼女の肩は小さく揺れていた。
しばらくして彼女の顔を見た。
手で彼女の頬に伝わる涙をぬぐった。
彼女のおでこに唇を …
そして頬に伝う涙を唇で …
柔らかい唇に …
二人の間に交わす言葉はなかった。
ただ泣きじゃくる彼女を胸の中に包み込み
涙がこぼれないようにという歌があったがくちぶるを噛み
天井を仰いだ。
暗闇から夜が明けかけ彼女の前髪をあげ唇を
…
部屋をあとにした。