17の夏・・・僕は・・・女の肌を初めて知った
ソフィア・ドイル・・・
彼女と初めて言葉を交わしたのは大学にスキップした年の翌年のことだった
彼女は僕よりも4つ上で、二学年先輩だった
僕はその頃自分の意思で養父母の元を離れ、奨学金のお陰で
学費の必要は無かったものの勉強以外の時間を生活のための
アルバイトに追われていた
僕はその頃、周りを見る余裕すら無くて、時に孤独に押しつぶされそうに
なったこともあった
まだ本当に子供だったんだ
ある時・・・
そんな僕をいつも誰かが見つめていることに気がついた
決して、近寄らず、遠くから熱い眼差しをくれる美しい人
いつもどこでも彼女の視線を感じることができた
大学に入学して一年後、僕は更にスキップして、彼女と同じ講義を受けるように
なっていた。
ある日僕はわざと彼女の隣の席に座った。
いつも遠くから僕を見ていた彼女は突然僕が隣に座ったことに驚きを隠さなかった。
彼女は授業の間中、時折僕の横顔に視線を向けながらも僕を意識して、無視した。
『僕に何か用ですか?』
何も言っていない彼女に対して、僕は彼女を見ないまま突然そう言った。
『えっ?』
『ずっと、見てた。・・・僕を・・・』
そう言いながら僕は、彼女に振り向いた。
『・・・・・・・・あなたに・・・キスしたくて・・・』
突然僕に声を掛けられた彼女は一瞬言葉に詰まっていた。そしてやっと口から
突いて出た言葉がそれだった。
その時彼女は、自身のプライドを守ろうと毅然を装っていたに違いない。
僕はそんな彼女の様子を面白がっていた。
だから何も言わず、彼女にゆっくりと顔を近づけて当然のようにくちづけた。
授業が終わったばかりの騒然とした教室の中で、まだ多くの級友が取り巻く中で。
“僕がその時表情のひとつも変えなかった”と、後になってソフィアが不平を言った。
その後、気がつくと僕は彼女の手を強引に引いていた。
『ちょっと!何処行くの!』
『・・・・・・・・』
『止まりなさい!・・・フランク!』
『僕の名前・・・』
『あなたの名前?・・・』
『知ってるんだ・・・』
『・・・・・何処に行くの?』
『あなたの行きたいところ・・・』
『私の?・・・私の行きたいところへ?・・・それで・・・何するの?』
『あなたのしたいこと・・・』≪いや、僕のしたいこと≫
『あなたね・・・そんな回りくどい言い方しないで!』
『あなた・・・僕のこと、好きなんでしょ?この半年、ずっと僕を見てた』
『あなたも・・・私のこと好きなの?』
『いいえ』 僕は至って正直に言った。
『はっきり言うのね・・・』
『でも、好きになるかもしれない・・・』
『気になるの?・・・私のこと・・・』
『ええ』
≪嘘だった。好きになる?・・気になる?・・・
その感情がどういうものなのかが僕にはわからなかった≫
『だったら・・・いいわ・・・私の行きたいところで・・・
私のしたいこと・・・して・・・』
そして僕達は・・男と女になった。
学校でもいろんな意味で変わり者扱いを受けていた僕をいつも彼女だけは
一人前の男として、ひとりの人間として扱ってくれた。
その穏やかで慈愛に満ちた優しい視線の持ち主は僕の尖った心にいつしか
休息を与えてくれる存在になっていた。
僕はベッドの端に腰を掛けて、煙草をくわえるとジッポの音を鳴らした。
そして、その煙を深く吸い込みながら顎を少し上げると、唇の先から細く煙を
噴き出した。
僕の胸中にはその時何の感情も生まれていなかった。ただその白い煙が
立ち上る先を目で追っていただけだった。
彼女はしばしベッドにうつぶせたまま、鼓動が落ち着くのを待っているようだった。
それはいつものことだった。その間僕達は互いに声を掛けることも触れ合うこともない。
僕はゆっくりと一本の煙草を燻らせたあと、彼女を置き去りにして、
ひとりシャワー室へと向かった。
僕は・・・女の心を求めない
いや・・決して・・・誰の心も求めない
そして求められるのはなおのこと煩わしい
女は・・・
時に冷めきった体を・・・
黙って温めてくれる・・・それで良かった
人にまとわりつかれることが疎ましかった
抱くだけの女は他にもいた
そんな中で彼女が特別な存在だということは否定はしない
しかし、たとえ彼女であっても拭えないこの虚しさに・・・
僕はこうしていつも・・・喘いでいる
≪僕が本当に欲しいものは・・・いったい何なんだろう・・・≫
僕はシャワー室を出ると冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出し
ゆっくりとのどを潤しながら、パソコンを起動させた。
そして数時間前に約束したレオナルド・パクへ送るべき資料を
メールに添付する作業を始めた。
その時ソフィアがやっとシャワー室へと消えていった。