collage & music by tomtommama
story by
kurumi
ジニョンがドンヒョクの元へ行く予定の日を過ぎても渡米しないことで、
ソウルホテルの中でもくちさがない噂が立ちかけたが、
ドンスク社長の容態の深刻さを考えると不自然ではないことから、
暗黙のうちにその噂も立ち消えていた
ジニョンは相変わらず明るく元気に職に就いていた
毎日のようにホテルに通い、仕事がない時は社長の部屋で
寛いだ時間を過ごすようにしていた
仕事のシフトも・・・
テジュンとヨンジェそしてジニョン、三人のうちの誰かが
必ず社長のそばにいるように組んだ
テジュンもジニョンも、従業員というだけでなく、
息子や娘のように可愛がってくださった社長へ
少しでも悔いの残らないお世話がしたいと思っていた
しかし仕事を第一に考えなければならない立場でもあり、
思うような世話をできるはずもなかった
それでも社長は彼らの仕事場である客室の一室で
時を過ごせることに喜びを感じていた
彼らのそばにいられるだけで幸せだったのだ
社長の容態は一進一退だった
普段と変らない話が出来るかと思えば、
そばにいるのが誰かもわからない時さえあった
そんなある日、意識を朦朧とさせた社長が可笑しなことを言った
「ドンヒョクssi・・・会いに来て下さって・・・
ありがとう・・・」
ジニョンはその言葉を聞いた時、心臓が止まりそうなほど驚いた
思わず振り向いて、ドアの方を見た
しばらくして、社長が意識をはっきりさせた時に尋ねてみた
「社長・・・ドンヒョクssiにお会いになったんですか?」
「何を言ってるの?」と一笑に付されて終わりだった
ジニョンはそれ以上ドンヒョクのことを話題にしなかった
「ジニョンssi!」
ミンアがフロントカウンターに明るい声を放ってやってきた
「えっ?如何なさいました?ミンアさん・・・」
「何だか、皆さんと同じように、ジニョンssi、とお呼びしたくなって・・・」
「まあ・・・何かご用でしょうか?ミンアssi!」
ジニョンもミンアの調子に合わせて、微笑みを返した
「もし、時間ありましたら、少しお話できませんか?」
「ええ・・・・30分ほどでしたら・・・」
ジニョンは腕時計を見ながら、答えた
何処か落ち着く所は、とミンアに聞かれ、ソウルホテルの庭先を案内した
「今日はお天気が良くて、暖かいですね・・・もう、秋だというのに・・・」
「そうですね・・・私も、こちらへ滞在して二週間過ぎましたが、
こんな素敵なお庭があったんですね・・・
気がつかなかった・・・」
「そうでしたか?ごめんなさい・・
もっと早くにご案内すればよかったですね」
今まで周りの景色など、気にしたこともありませんでした
私の目はいつも、あなたしか追っていませんでしたから・・・
ボスからの大切なお預かりもの・・・ジニョンssi・・・
「そろそろ・・・お聞きしてもいいですか?」
ミンアが突然ジニョンの顔を伺った
「何を・・ですか?」
「この前の・・・涙の・・・理由」
「あ・・・あれ・・・ですか・・・」
「好きな人のこと想ってらしたでしょ・・・あの時・・・」
ミンアのその言葉にジニョンは少しためらった後、微笑んで力強く答えた
「・・・・ええ。」
「ジニョンssiの好きな方って、どんな方?
あんなに泣くくらい想ってらっしゃるのに、
どうして、婚約破棄なんて?
あなたにとっては、もう過ぎたこと?
それだけの人だった?
彼のこと、もう忘れてしまったの?」
「ミンアさん・・・・・」
突然矢継ぎ早に問い質すミンアに、
ジニョンは返す言葉を躊躇っていた
「あ・・・ごめんなさい・・・
あれからずっと、聞きたい、聞きたい、と思ってたからかしら・・・
つい・・・ごめんなさい・・・
お話したくなかったら・・・いいんです・・・」
ミンアには、ジニョンに対して、どうしても理解できないものが蓄積していた
ここへ来て・・・毎日ボスに報告のための電話を掛ける
ボスのプライベートな時間を共有しているかのようなひととき
多くを語らないあの方だからこそ・・・心が伝わってくる
ボスはまだこの人を愛してる・・・
「ミンアさん・・・私ね・・・
彼の足手まといになるのが耐えられないの・・・」
「足手まとい?」
「私・・・きっと、彼の仕事の邪魔をしてる」
「どうして?そんなことを?」
「色々とね・・・お話しても・・・わからないわ・・・きっと」
「・・・・・・・・・でも・・・ジニョンssi・・・
ご事情はわからないけど・・・
お相手の方もそう思ってらっしゃるのかしら・・・」
ジニョンは黙って首を横に振った
「ジニョンssi・・・取越苦労というんですよ・・そういうの・・・
私だったら・・・好きな人がそばにいてくれるだけで嬉しいけどな・・・
他には・・・何も要らないわ・・・」
「私も・・・最初はそう思ってた・・・
彼も・・・そう言ってくれたわ・・・
そばにいてくれたら、他には何も要らない・・・」
「なら・・・どうして?」
「男の人にとって、仕事はとても大事なものよ・・・
あ、もちろん、女にとっても・・・
私にとってね、ホテルの仕事は天職だと思ってるの・・・
色んな人と巡りあって、お話して、お客様のことを考える・・・
一緒に働く仲間達と汗を流して奮闘して・・・
毎日・毎日、色んなことに出遭う素晴らしさ・・・
全てが私の宝だわ・・・こうして、ミンアさんと出会ったのも・・・宝・・・
彼にとっても・・・同じ・・・仕事は宝だと思う・・・
私はその大事なものの邪魔をした・・・今もしてる・・・
だから、逢えないの・・・」
「ジニョンssiって・・・」
「何?」
「ジニョンssiって、きっと、かなり強情な人ね・・・
これじゃあ、相手の人、手を焼きそう・・・
少し、強引な人でないと・・・駄目ね・・・」
ミンアが、ジニョンを少しからかうように、いたずらな目を向けて言った
「強引?」
ドンヒョクの強引さを思い出してジニョンは思わず笑ってしまった
確かに・・・あなたがあれほど強引でなかったら・・・
私達が愛し合うことなんてなかったわね・・きっと
「愛してるんでしょ?今でも・・・彼のこと・・・」
「愛してるわ・・・とても」
「私なら、そう言って欲しいな・・・私が・・・ジニョンssiの彼なら・・・」
ジニョンは大きく首を振った
「駄目・・・今は駄目
彼の仕事に・・・私のことが、影響している間は駄目・・・」
「・・・・・」
「色んなところから情報入るの・・・彼のこと・・・
このソウルホテルで起きたことが、
彼の仕事に大きく影響を及ぼした
それは、紛れもない事実・・・
今もまだ、その延長線にある・・・
彼は確かに私だけがいればいい・・・
そう言ってくれた・・・
それは、彼の真実の声だと信じてる・・・
でも・・・駄目・・・
私だけがいればいいわけないわ・・・
彼には・・・家族も・・・友人も・・・そして、仕事も必要・・・
そのどれかを犠牲にして
私だけがそばにいればいいなんてことない・・・
彼には・・・権利があるの・・・・」
「権利?」
「ええ、権利・・・沢山の人に囲まれて・・・
沢山の人に愛されて、沢山の幸せを生きる権利がある・・・
私は彼のその権利の中のひとつにすぎない・・・
だから・・・今は駄目・・・
今は・・・逢えない・・・」
「ジニョンssi・・・」
ミンアはジニョンの力強い言い方に少し圧倒されていた
この人は・・・そんなにも・・・ボスのことを?・・・
「・・・でも、ジニョンssi・・・そうしている間に、
彼が心変わりしてしまったらどうするの?
ジニョンssiの彼って、とても素敵な方だとお聞きしたわ・・・
素敵な女の人が、周りに沢山いても不思議じゃないでしょ?」
「おしゃべりな人がいるのね・・・ここには・・・」
ジニョンは笑いながら、周りを見渡してみせた
「心変わりしたら?・・・・・
仕方ないわ・・・もし、そうなったら・・・」
「仕方ない?・・・それで、納得するの?
どうして、そんなに冷静に考えられるの?
愛って、冷静に判断できなくなるものなんじゃない?
ジニョンssiって、結局・・
彼のこと、本当は愛してないんじゃない?
私には信じられない・・・
ジニョンさん、立派過ぎるもの・・・」
「ミンアさん・・・違うわ・・・私、ちっとも冷静じゃない
ちっとも、立派じゃない・・・
本当は自分のことだけ考えてる・・・
身勝手な人間だわ・・・
ついこの間まで、彼のところへ行くことに
何の疑問も持ってなかった・・・
彼さえいれば、どんなところへ行っても耐えられる・・・
本気でそう思ってた
彼が、まだアメリカに来ないでって言った時も、
何故って問い詰めた・・・
彼が私をアメリカに来させない理由が
仕事に関係していることなんてお構いなしに、困らせた・・・
今、彼がどういう状況に置かれて、
どれほど大変な思いをしているのかなんて考えもしないで
私にそばにいて欲しくないの?そう言ったわ・・・」
「自然なことだと思うわ・・・」
「でも・・・時間が経って落ち着くと、
自分がいかに身勝手な考えをしてるのか・・・
それに気付いたの・・・
神様はそれを私に教えてる・・・
だから、私達を逢えないように、逢えないように・・・
きっと・・・そうに違いない・・・良く考えなさい・・・
そう教えてる・・・
彼のことだけじゃないわ・・・
ホテルのこと・・・社長のこと・・・」
「ジニョンssi・・・お強いんですね・・・」
「私・・・そんなに・・・強くない・・・」
「・・・・・・」
「何か・・・偉そうなこと、言ってしまったのね・・・私・・・
本当はね・・・怖くてたまらないのよ・・・」
「怖い?」
「彼のところに行くのが・・・怖い・・・
私は井の中の蛙で育った人間・・・
彼の世界は私にとっては果てしなく未知の世界・・・
彼のところへ行って、果たして私は
自分自身でいられるだろうか・・・
私は彼を守っていけるんだろうか・・・」
「守る?」
「ええ・・・私は・・・彼に守られるだけじゃなくて・・・
彼を守って生きていきたい・・・そう思ってた・・・
でも、自分に自信がなければ、
愛する人を守ることなんてできない」
「・・・・・・・」
「あ、ごめんなさい・・・私のことばかり・・・」
ジニョンは、ドンヒョクへの本心を、まだ知り合って間もない
ミンアに話している自分に驚いていた
ミンアの包容力が、ジニョンの封じこめた心を解放すかのように
開いていくような感じがしていた
「いいえ・・・私がお聞きしたんですから・・・」
「ミンアさん・・・好きな人いるの?」
「・・・・・ええ・・・います」
「どんな方?」
「とても尊敬している方です」
「へ~好きな人を尊敬できるなんて、素敵なことね」
「そうですか?ジニョンssiは?」
「私も・・・尊敬してるわ・・・彼のこと・・・
私には勿体無いくらいだもの・・・」
「勿体無い?ジニョンssi・・
あなたもとても素敵な方なのにどうしてそんな風に?」
「まあ、ありがとう・・・ミンアさんこそ・・・その方とは?」
「その方は、私のことなんて、見向きもしてくれません・・・
好きな方がいらっしゃいますから・・・」
「告白したことないの?」
「ありません!・・・そんな・・・」
「そうなの?ミンアさんみたいな、賢くて、素敵な方・・・
私が男なら、きっと直ぐに好きになるわ・・・
思い切ってアタックしてみたら?」
ジニョンがミンアをけしかけるように言うと、
並んで歩いていたミンアが突然立ち止まった
ジニョンは、彼女に合わせて立ち止まると、
「どうしたの?」という目で彼女を振り向いた
「・・・・・いいですか?」
ミンアが真面目な顔をして、ジニョンを見つめた
「えっ?」
「いえ、何でもありません・・・
私は・・・その方が幸せならそれでいいです・・・
彼の愛する人が、彼を本当に愛してくれていて・・・
彼が人生を幸せに送ってくれるなら・・・それでいいです・・・」
ミンアは、ジニョンを追いぬいて歩き出しながら、そう言った
「じゃあ、私と一緒じゃない」
「そうですね・・・」
ふたりは昔からの友達のような笑顔を向けあった
ミンアがジニョンの腕に自分の腕を絡めて歩く姿も自然に見えた
ジニョンさん・・・
本当です・・・あなたなら・・・
ボスの愛する人があなたなら・・・
本当に・・・いいです・・・
『ボス・・・』
「何?」
『まだ・・・このままですか?』
「何が?」
『いえ・・・何でもありません・・・」
「そろそろ、スティーブに仕掛ける・・・
そちらにも、何らかの影響があるかもしれない・・・気をつけて・・・」
『はい・・・ボス・・・』
「それじゃ・・・」
『ボス・・・』
「どうした?」
『何故いつも・・・聞かないんですか?』
「何を?」
『彼女のことです・・・気になりませんか?』
「何か起きたら、君が報告するだろ?」
『・・・そうでした・・・』
「どうした?・・・疲れたのか?・・・」
『いいえ・・・ただ・・・』
「ただ?」
『彼女の・・・心が重いです・・・』
「・・・・・・・」
『彼女の・・・」
「・・・・・・・」
『あなたへの心が・・・重いです・・・』
ミンアはそれだけを言って受話器を置いた
ドンヒョクはミンアからの電話を置いた後、しばらく宙を仰いで考えていた
そして辿り着いた自分の決心に許可を与えるかのように大きくひとつ深呼吸をすると
おもむろに受話器を取り、並んだ番号に指を運んだ
この数週間、押したくても・・・ずっと堪えていた・・・
愛しい人に向かう番号を・・・
やっとの思いでその指が押した・・・
《はい、ソ・ジニョンです・・・
只今、電話に出ることは出来ません、
ご用の方は・・・》
ジニョンが着信に気付いたのは、ビジネスセンターで
少し休息に入った時だった・・・
その発信元の名前を見たとたん、
電話を持つ手が震えるのを押さえられなかった
メッセージの表示にジニョンの心はしばらく止まっていた・・・
そして、ジニョンの瞳が少し揺れてやっと再生のボタンを押した
《ジニョンssi・・・・・・・・・・・・・・・》
後は無言の・・・それだけの・・・
低く響く静かな声・・・
聞きたくて・・・聞きたくて・・・
何度も何度も思い出しては涙した・・・愛しい声・・・
無言の中にあなたの気配だけが寂しく残る・・・
・・・・メッセージ・・・・
ジニョンはそのメッセージを繰り返し、繰り返し・・・聞いていた
《ジニョンssi・・・・・・・・》
目を閉じたジニョンは頬に添わせた電話を両手で愛しそうに包みこみ・・・
そこから聞こえるドンヒョクの声とその奥の沈黙の中に残る
愛しい人の気配を抱きしめていた
いつの間にか、胸を突き上げてくる熱いものを心で否定して
溢れそうになる涙を懸命に飲み込んだ
ドンヒョクssi・・・私・・・
「泣かないわ・・・」
ジニョンはまるで自分に言い聞かせるかのように想いを音にした
泣かない・・・
そう発した自分の口に知らず知らず苦いものが流れついて、
ジニョンは思わず苦笑した
・・・うそつきね・・・私・・・
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【副題】 mind 心・願望・理性・正気