「そのご返事なら最初から申し上げている・・・
　　　残念ながらあなたのご期待に沿うことは
　　　難しいと・・・」

僕は日本からの国際電話に向かって
そう告げると、受話器をゆっくりと戻した

　　「ボス・・・またMr.モリモトか？」

　　「ん・・・」

　　「彼も粘るな・・・ボスが断ってから、
　　　もうひと月になるだろ？」

　　「ああ・・・モリモトは今回の買収に
　　　かなり心血を注いでいるようだ」

　　「東京オーシャンホテルに恨みでも
　　　あるんじゃないか？」

　　「だとしたら、余計に引受けるわけにはいかない」

　　「オガタ？」

　　「ん・・・」
　　　

ひと月ほど前に舞い込んだ、日本のモリモトという男からのオファーは
東京オーシャンホテルの買収の案件だった

東京オーシャンホテル・・・

そこは僕の二年来の友人でもあるオガタという男が勤めていたホテルであり、
ある事情から辞めてしまった後も彼のホテルへの愛情は
変わることがなかったこともよく知っていた

オガタとの出会いは今から二年前、
僕がこのロッテホテルの再建に携わっていた頃、
彼は日本からの紹介でこのホテルに勤めていた

再建にあたっては、難しい状況にあったにも係らず
成功の道を辿ることが出来たのも
ホテルマンとしての彼の意気込みと熱意が実を結んだと
僕は思っている
僕は彼を見ていて、６年前のソウルホテルでの
テジュンssiを思い浮かべていた
だからこそ、彼に惹かれたのかもしれない

すべて順調に進んでいた・・・そう思っていた
ところが、理事である僕と、日本から突然やってきた一介のホテルマン
そのふたりの力が融合してこのホテルを再建へと導いたことが
古参幹部の妬みを買ってしまった

その時初めて、彼が日本のホテルを追われた理由を知った
ホテルというのは人々の憩いを売っている場所
彼の悪い噂は瞬く間に広がり
彼もまた、僕に掛ける迷惑を慮ってここを去った

彼が今・・・
自分を見失い、路頭に迷っているとしたら
僕にも責任の一端がある

そんな彼にとって大切なホテルの買収に僕が係ることなど
到底出来るものではない

　　　「しかし、ボス・・・
　　　　そのホテル・・・経営が思わしくないという噂だ・・・
　　　　このまま、ボスが係らなかったところで
　　　　誰かがモリモトに手を貸すことになるぞ」

　　　「・・・・」

　　　「オガタさんは今、どうしてるの？」

　　　「んー・・・あいつは今・・・
　　　　自分を見失っている・・・」

　　　「自分を見失ってる？・・・
　　　　ドンヒョクssiが助けてあげられないの？
　　　　彼・・ホテルマンなんでしょ？
　　　　あなたなら、ソウルホテルだって・・ロッテホテルだって・・・
　　　　思うままじゃない・・・」

　　　「ジニョン・・・そんなことで彼が納得するならとっくにやってる
　　　　しかしあいつは決して、
　　　　友人である僕の助けを借りようとはしない・・・
　　　　そんな奴なんだ・・・
　　　　でもいつか必ず、自分自身で這い上がってくる・・・
　　　　そう信じてる・・・」

　　　「ドンヒョクssi・・・
　　　　オガタさんって・・・きっとあなたに似てるのね・・・
　　　　だから好きなんでしょ？」

　　　「僕に？」

彼をテジュンssiに似ている・・・そう思ったことはある・・・
しかし、僕に似ていると思ったことはない

　　　「ええ・・・何度かお目にかかって・・そう思ってた・・・
　　　　あなたによく似てる・・・
　　　　芯が強くて・・・何よりも・・
　　　　自分の周りの人々を愛してる」

　　　「それって・・僕じゃなくて・・」

　　　「いいえ・・・今の・・あなたよ・・・
        だから・・心配ないわ・・・彼は
　　　　あなたが言うように、きっと自分で這い上がってくるわね
　　　　あなたがそうだったように・・・」

　　　「僕の場合は一人の力じゃないよ」

君やテジュンssiが僕の歩むべき道を示してくれた

　　　「そうね・・・ソウルに戻ってからのあなたは
　　　　沢山の家族を得たわ・・
　　　　東海のお父様・・ジェニー・・レオssi・・
　　　　私の両親や・・テジュンssiも・・・」

　　　「・・・一番大切な人を忘れてる・・・」

　　　「ふふ・・・忘れてないわ・・・
　　　　その人は・・・きっと・・・
　　　　あなたの家族の順位で言うと・・・
　　　　そうね・・０番目・・
　　　　言葉に出すまでも無いの・・・」

　　　「そうなの？」

　　　「ええ・・そうよ・・・」

　　　「ね・・その人に聞いてくれる？
　　　　その人にとっても・・・
　　　　僕は０番目だろうかって・・・」

僕はそう言いながら、ジニョンの耳元にくちびるを寄せた

　　　「んーそうね・・・聞いといてあげる」

　　　「今聞いてくれないの？」

　　　「ちょっと待ってて・・・あなたにとって
　　　　一番目のサランが泣いてるから・・・」

　　　「フッ・・・ジニョン・・・」

悪い夢でも見たのか、サランがベッドで泣いていた
ジニョンが彼女の胸をとんとんと優しく叩いて
彼女をあやす
僕は子供部屋のドアにもたれかかったまま、
この世で一番大切なものと０番目に愛しいもの・・
ふたつの宝物を前にして・・・
穏やかな時の流れに心地良く酔いしれていた　

　　　　　オガタ・・・
　　　　　君もいつの日か
　　　　　かけがえの無い光を見つけるときが訪れる
　　　　　きっと・・・訪れる・・・
　　　　　その時を信じて・・・
　　　　　自分を信じて・・・前だけを見つめろ・・・
　　　　　そして必ず・・・僕の前に這い上がって来い・・・

　　　「ボス・・・オーシャンホテルの件だが・・」

　　　「ん・・」

　　　「社長が倒れたらしいぞ」

　　　「・・・それで？」

　　　「病床の社長はオガタを総支配人にと
　　　　考えているらしい」

　　　「オガタを・・・」

　　　「ああ・・それで、ソウルにいる彼を迎えに
　　　　人を遣すそうだ」

　　　「そうか・・・」

　　　「どうする？調査員の派遣は続けるか？」

　　　「ああ・・続けてくれ・・・
　　　　特にモリモトの動向を知りたい」

　　　「わかった」

ロッテホテルのフロントでオガタを訪ねている
若い女の子を見かけた

　　　　　あの子は・・・

前に何度か、オガタから写真を見せられていた
女の子だった

　　　　　確か・・・キョウコと言っていた・・・

　　　　　きっとオガタの想い人なんだろう・・・
　　　　　そう思っていた

　　　　　オーシャンホテルの社長がオガタを迎えに
　　　　　遣したというのは彼女だったのか

　　　　　しかし・・・
　　　　　オガタは今、彼女に会いたくはないだろう
　　　　　愛する人に今の姿は見せたくは無いはず

　　　　　それでも・・・彼にとって彼女の登場はいい
　　　　　起爆剤となるかもしれない

　　　　　彼女が今のオガタを発奮させてくれるなら・・・

　　　　　あいつを立ち上がらせられるのは・・・


　　　　　　　　　・・・彼女なのかもしれない・・・