「森本会長・・・我々は
東京オーシャンホテルの理念に基づいて
経営を続けて行きたいと考えております・・・」
緒方もまた・・北野社長の体調を考え、
森本の矛先を自分に向けようと必死だった
「総支配人、ここはあなたが
口を挟むところではないと思うが?・・
これは・・経営者である北野社長が
お考えになること・・・
余計な口出しは無用ですよ・・・」
「私達従業員の思いは・・・
北野社長の思いです」
緒方の力強い発言に、北野社長は笑顔で頷いた
「そんなことより、再建資金の調達は
出来たんですか?」
「・・それは・・・」
「調達は・・・」
緒方が口ごもる中、低く響く声が静かに間に入った
出席者全員がその声の主に視線を向けた
「調達は・・・出来たようですよ・・・」
声の主はシン・ドンヒョクだった
緒方はドンヒョクのその言葉に驚いていた
資金調達の解決についてはホテル側としては
手も足も出ない状態だったからだ
「たった今、管理理事である私の元に
融資先より確認書が届きました」
ドンヒョクのこの言葉にホテル側の人間の顔は
輝きを放ち、相反する側の人間は思いがけない
ことにそれぞれ顔を見合わせていた
「ほう・・・一体何処の銀行がこんな
海のものとも山のものともわからない計画に
乗ってくださったと?」
あらゆる金融機関に手を回していた森本が、
疑いの目を向けた
「銀行ではありません・・・」
「金融機関ではないと?」
「ええ・・・個人です・・・
しかし、その方からいくつか条件が
あるそうです・・・」
「何でしょう・・・」
社長が身を乗り出してドンヒョクの答えを待った
「融資額は20億まで・・・」
「そんなに?」
北野社長が思わず驚きの声を漏らした
「もちろん・・ホテルの抵当権は
第一に設定していただく・・・」
「はい・・」
「それから、再建案の工期の短縮・・・
各分野でのプロフェッショナルの補強
その選出にも意見を取り入れていただく
設備・調度品に関しては例え高額であっても
コンセプトに融合した満足のいくものを調達
妥協を一切しないこと・・・
つまり・・今回の再建案に基づいて
確実に高利益を生む設備を完成させる
ということです・・しかも一日も早く・・・
以上が融資に当たっての条件だそうですが
ホテル側として何か不服は?・・・」
「いいえ!・・・・いいえ・・
願っても無いことです!」
緒方の言葉に力が入った
森本はというと、ドンヒョクの口から出る内容が
全てホテル側に都合の良いことであることに
怪訝な表情を露にした
「・・とても信じられん・・」
「いいえ・・事実です」
「誰なんだ?そんな奇特な人物が・・」
「尚、本日付で融資額の一部として十億円が
東京オーシャンホテルの口座に送金され
只今、確認も取れました・・・」
目の前に置かれた小型のノートパソコンの
キーボードを叩きながらドンヒョクは淡々と答えた
「では・・緒方総支配人・・施工会社に
直ちに工期計画の見直しを・・・」
「かしこまりました」
「そんなバカな!・・・まさか、シン・ドンヒョクssi
あなたがその・・・
そんなはずはありませんよね・・・
あなたと私は、正式な文書で契約を
交わしている・・
私を裏切るようなことがあったら・・」
「森本会長・・・不用意な発言はお止め下さい
私は飽くまでも中立な立場の管理理事です
しかも・・今回の融資は正当なものです・・・
融資者はこのホテルの株主でもありますので
ホテルの今後を期待してのことだそうです
この融資額も客観的に見て、新設施設に
見合った額であると判断できますが・・・」
「誰なんですか!その融資者とは」
森本は思わず声高に詰問した
「融資者は・・・ソ・ジニョン氏、とあります」
ドンヒョクは改めて確認しているかのように
書類に目を通しながらゆっくりと答えた
「ソ・ジニョン?・・・それは・・何者だ」
「さあ・・・何者でしょう・・・」
そう言ったドンヒョクが緒方を見て、
唇の端を小さく上げた
緒方の瞳はドンヒョクに向かったまま、
感動に揺れていた
会議の閉会後、森本会長は放心したように
なかなか席を立たなかった
ドンヒョクは緒方に目で合図をして、
他の人間を退席させ
自分と森本だけが部屋に残るよう仕向けた
「さて、会長・・・私はあなたのご依頼により
東京オーシャンホテルの買収を目的として
このホテルの問題点を洗い出し、
北野社長がホテルを手放さざる得ないように
事を運ぶんでしたね・・・しかしながら、
このホテルには何ら問題点もなく
提出された再建案は見事なものです・・・
融資先が確定した以上、北野社長に
ホテルを手放す道理もない
さあ・・私はどうしましょうか・・・
このまま、こちらの管理理事に就任している
理由もありませんが・・・」
「・・ドンヒョクssi・・あなたが持っていらっしゃる
このホテルの債券、私にお譲り願えませんか
二割増し、いや、言い値で買い取りましょう」
「残念ですが・・・
私はここの債券は1%も持っていません」
「そんなバカな・・
あなたは15%を持っているはず」
「いいえ・・・既に譲渡いたしました」
「譲渡?・・・何故・・・」
「理由を、あなたに申し上げなければ
なりませんか?」
「・・・・・」
「会長・・・
あなたがこのホテルに執着される理由・・・
調べさせていただきました・・・
北野社長を・・いいえ、北野みさえさんを
愛してらっしゃるんですね・・今でも・・・」
「・・・・・」
「愛しているからこそ・・憎かった・・・
そうですね・・・」
「・・・・・」
「しかし、本当に愛しているなら・・
その人の心の安らぎを願ってみては
いかがですか?」
「ドンヒョクssi・・・あなたともあろう方が・・・
愛だの恋だのと・・・これはビジネスなんです
私は手に入れたいと願ったものは
どんなことをしても手に入れてきた
これからもそれは変わらない」
「愛する人の前では我侭なほど・・・
自分の想いを伝えていきたい
一回きりの人生・・・
後悔したくありませんから・・・」
「・・・伝えるばかりが愛じゃない」
「確かに・・・」
ドンヒョクは視線を落として小さく笑った
そして、再度森本に視線を戻して言葉を続けた
「しかし、伝えられないものの代わりに
苦しみを与えるのも・・・愛じゃない」
「・・・・・」
「昨日、お嬢さんにお目にかかりました・・・」
「娘に?」
「ええ・・・柏木に連れられて私を訪ねて来られた
父を助けて欲しい、そうおっしゃいました」
「私を助ける?どういうことだ」
「これ以上、あなたに悪人になって欲しくない・・
本当の父に戻って欲しい・・と・・・
彼女はきっと・・あなたの心の安らぎを
願っているのでしょうね」
少しずつ、森本から険しさが抜けていく様を
ドンヒョクは感じていた
「・・・・だから・・・何だと・・・」
「会長・・・今回の解決方法は、
当初私が考えていたものから
大きく外れる結果となりました・・・
力でねじ伏せることは簡単なことですから」
「・・・・・・」
「なら、何故そうしなかったのか・・
それは・・あなたのことを想う人々が私に
穏便な解決方法を選択させた・・
そういうことです・・・
お嬢さん・・柏木・・そして・・
あなたが敵とした北野社長・・彼女もまた・・
あなたを窮地に追いやることを望まなかった」
「・・・・・・」
「だから私は、この段階での解決を急ぎました
もしも、明後日の株主総会であなたが動議を
提出されることにでもなったら・・・」
「なったら?」
「・・・私は確実に・・・
・・・あなたを潰してましたよ・・・」
ドンヒョクの物言いは穏やかであるものの、
目だけは厳しく森本を威圧していた
そして、今度はまた柔らかい眼差しに変えて
言葉を繋げた
「会長・・・最後にひとつだけ・・・」
「・・・・・」
「ビジネスも・・・愛です」
「フッ・・・参りましたな・・・
こちらもひとつだけ・・・お聞かせ願いたい・・
ドンヒョクssi・・・」
「何でしょう」
「あなたの奥様のお名前は確か・・・」
「私の妻は・・・
・・・ソ・ジニョンといいます」・・・