ドンヒョクの胸中は突然目の前に現れたジニョンで溢れ帰り、
周囲のざわめきなど到底耳に届いてはいなかった
彼女の華奢な肩をその背中で交差した大きな手がひしと包み込み、
体全体でその愛しさを表現した
そして目を閉じて彼女の香りを心地良く味わうように
深呼吸するその顔はこの上ない幸せに溢れていた
「んっ!んっ・・
いったい何年ぶりの再会ですか?
シン夫妻・・・」
緒方のわざとらしい言葉がふたりの熱い抱擁に水を差した
「気が利かない奴だな・・お前は」
ドンヒョクはジニョンを自分の腕の中に抱いたまま、
緒方を横目で睨んだ
「あっ!そんなこと言っていいのか?
いったい誰が・・」
「ふふ・・緒方ssiがテジュンssiに掛け合って
三日間の休暇を取って下さったのよ」
「ほら・・みろ」
緒方が得意そうな表情をドンヒョクに向けると
ドンヒョクは少し呆れたように緒方を見返した
「マユミssi・・先日はありがとう・・」
「まさか、マユミ・・君も知ってたのか?」
「マユミssiが・・・
チケットの手配をして下さったの・・」
「・・・お前達・・」
しかし、ふたりの顔を交互に睨むドンヒョクの
表情の奥には言葉と正反対の笑みが滲み出ていた
「申し訳ございません・・・」
マユミは笑顔を交えながら深く頭を下げた
「これで、明日の株主総会とその後の
レセプションパーティは
ご夫婦でご臨席願えますな・・
資金管理理事シン・ドンヒョク様と
我がホテルの大株主であり
出資者であられるソ・ジニョン様・・・」
「えっ?大株主って?」
ジニョンが緒方の言葉にきょとんとした顔をした
「いや・・何でもない・・」
ドンヒョクは緒方に余計なことを言うなと目に力を入れた
ジニョンは自分の夫がどれほどの資産家であるかを
まったくといって把握していない・・・
少々のお金持ち、という位はわかっているだろうが
いつの間にか、自分やサランの資産が
自分自身の給料の何万倍にも膨れ上がっていようとは
未だ知る由も無い
ドンヒョクはジニョンの肩を抱いてさっき来た通路を
さっさと引き返していた
「ドンヒョクssi・・何?・・出資って?・・」
君がその額を聞いたら卒倒する・・・
「ジニョン、君は何も気にしなくていいんだよ
それより・・部屋へ戻ろう・・早く・・」
そう言いながらドンヒョクはジニョンの耳元に
唇を寄せて小さく囁いた
「君が欲しい・・・」
「・・バカ・・」
ドンヒョクの甘い声に真っ赤になったジニョンが
思わず後ろのふたりを振り返った
「・・ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
緒方とマユミが笑顔で見送っていた
ジニョンは照れ隠しにぎこちない笑顔を向けた
ドンヒョクはというと、彼らに向かって振り向かないまま
片手を上げて答え、エレベーターホールへと急いでいた
「どう?・・・
ここの景色もまんざらじゃないだろ?」
「ええ・・素敵だわ・・」
「ソウルホテルには叶わないけど?」
「そんなこと言ってないわ」
「はは・・」
テラスに出てホテルから見える風景と空気を
味わいながらジニョンは大きく深呼吸をした
ドンヒョクはそんなジニョンを頬杖を付いて
ことのほか愛しげに眺める
「何?」
「ん?何も?」
「見てたでしょ?」
「いや・・見てない」
「嘘ばっかり・・・」
ふたりは互いに見つめあいながら、
今、この時を共に過ごしていることに心が弾むのを
隠すことができなかった
「おいで・・」
ドンヒョクは自分の膝の上を指差しながらジニョンを誘った
ジニョンは少し照れながらも笑顔のまま、彼に従い、
彼の膝の上に身を置いた
その大きな腕の中にすっぽりと入った彼女を
彼は大切なものを包み込むかのように優しく抱き
その耳元に優雅に囁く
「逢いたかった・・・」
「私も・・・」
彼は彼女の首筋に唇を落とし、
その唇を少しずつ優しく移動させながら、
彼女の指に自分の指を絡ませていった
彼女もまた・・・
彼の優しい愛撫に身を預けながら
次第に甘い吐息を彼の指に吹きかける
「ド・・ン・ヒョク・・・
お部屋に連れて行って・・・」
「大丈夫・・・ここは何処からも見えない・・・」
「オモ!嫌だわ・・ドンヒョクssi 嘘!
ここで?」
一瞬にして甘い夢から覚めたジニョンが
ドンヒョクの策略に抗議した
「やっぱり?・・・駄目?
上手く行くと思ったのにな・・・
たまにはこういうシチュエーションも
いいんじゃない?」
ドンヒョクが少し口を尖らせてぼやいた
「ドンヒョクssi!」
「冗談だよ・・・では、参りましょうか・・・
あなたの望むところなら何処へでも参ります
そしてあなたを・・・
甘い夢の世界へいざないましょう・・・
奥様、お手をどうぞ・・」
少しばかり冗談めかしながら・・・
立ち上がったドンヒョクは自分の腕をジニョンに差し出すと、
部屋の中へと彼女を誘った
ジニョンはクスクスと笑いを堪えながら
彼の腕に手を掛けて、彼の肩にうな垂れ歩いた
そして・・・ふたりは・・・互いの本能のまま・・・
白い海に身を委ね・・・
彼女は彼の巧みな愛撫に酔いしれながら
切ない吐息混じりに彼の肩を甘く噛み・・・
彼は我の手に落ちていく彼女の白い肌に
汗を落としながら深く沈みゆく
ジニョン・・・
ドンヒョクssi・・・
・・・愛してる・・・
彼と彼女の頂点が同時に訪れた時・・・
ふたりはきっとこの世の中に存在するものは
自分達、たったふたりきりなのだと錯覚をする
しばらくの間・・・
ドンヒョクはジニョンの背中を抱いて眠りについた
東京に来てからの忙しさと、帰国を急いだつけが
彼の睡魔を呼び起こしていた
ジニョンは彼の唇と寝息を背中に感じながら
彼が自然に目覚めるのを静かに待っていた・・・
「ん・・ん・・・誰?ジニョン?なの?」
二時間ほどしてやっと目覚めたドンヒョクが
自分の腕の中にいるジニョンに向かって言った
「嫌だわ・・ドンヒョクssi・・・
こんな状態の女が私以外に有り得るの?」
そう言いながら、ジニョンが彼に振り返ると
ドンヒョクは悪戯な目をしながら彼女の胸に頭を
付けて彼女の体を強く抱きしめた
「はは・・それは・・・どうかな」
「ドンヒョク!」
「冗談だよ・・冗談・・
久しぶりにこうして君とふたりだけなんだ・・
ちょっと意地悪してみた・・」
「許せない」
「ごめん・・でも寂しかったんだよ・・・
君に逢えなくて・・・
だから今・・少し有頂天なんだ、僕・・」
ドンヒョクは下から彼女を見上げてポツリと言った
あなたって・・・
私があなたのその目に弱いの知ってて
わざとやってるの?
「・・・そうなの?・・・
じゃあ、許してあげる・・・」
ジニョンはドンヒョクの頭を撫でる仕草をした後
彼の頭を抱きしめた
でも・・いいわ・・・
私はその目にきゅんとなる自分が
とても・・好きなの・・・
「サランはどうしてるかな・・・」
「彼女をごまかして来るのが大変だったのよ
それからね・・あなたに報告があるの」
「何?」
「オンマが・・検査の結果を・・」
「ん!?・・ジニョン!」
ドンヒョクが急に起き上がって声高に言った
「何?」
ジニョンも急いで体にブランケットを巻きつけると
彼に合わせて起き上がった
「それは直ぐに報告するべきことでしょ?」
ドンヒョクはジニョンに詰め寄った
「だって・・あなたが・・」
「いいから!早く言いなさい!」
「わかったわよ・・・ん・・ん!・・・」
ジニョンは咳払いをして、ベットの上に改まったように正座した
「ドンヒョクssi・・・その長い髪・・
そろそろ切りたくない?」
「どういうこと?」
「オモ!知らないとでも思ってるの?
あなたが髪を切らない理由・・」
「誰が・・」
「私、心配してたの・・
本当は短い髪型が好きなはずのあなたが
ずっと髪を切らないことに・・・
どうしちゃったんだろうって・・
それで半年程前、レオssiに聞いてみたの
そしたら、内緒ですよって教えて下さった」
「レオはどうして・・」
誰にも言わなかったはずだった
「悔しいけど彼、きっと私より知ってるわ・・・
あなたのこと・・」
「そんなことより・・その報告・・」
ドンヒョクはじらされている子供のような目を向けて
ジニョンの肩を掴んでせかした
「オモ!ごめんなさい・・
検査の結果はまったく異常なし・・
再発の心配は少ないそうよ・・」
「ほんと?」
ドンヒョクは今にも泣き出しそうな目をしてジニョンを見つめた
「ええ・・ほんと・・」
「ジニョン・・・・・・・・・・」
ドンヒョクはその後は無言のまま、
しばらくの間、彼女を強く抱きしめていた
長い間、苦しかった・・・
その苦しみから今・・・解放された・・・
そんな心境だった
「ドンヒョクssi・・苦しいわ・・」
「うるさい・・我慢して・・」
ジニョンは強く抱きすくめられる幸せを
彼の鼓動を聞きながら噛み締めていた
「ジニョン・・・」
「な~に?・・・」
「・・・僕は君がいないと生きていけない・・・
昔そう言って、君を脅したことがあったね」
「ええ・・」
「僕の想いはあの時のまま・・
変わってないと言ったら怒る?
サランがいる今でも・・・
そうなんだと言ったら・・・
父親として・・・強くあらなければならない・・
わかっているけれど・・・」
「わかってる・・わかってるわ・・・
・・・だから・・・私は・・・
あなたより先には逝かない・・決して・・」
ジニョンはドンヒョクを抱きしめて、力強くそう言った
ドンヒョクは彼女のその言葉を聞いて、
彼女の肩に手を掛け少しだけ互いの体を離すと
熱い涙混じりのまなざしで彼女を見つめた
そして、ゆっくりと彼女に顔を寄せ唇を合わせると、
その柔らかい唇の上でそっと低く囁いた
「ああ・・そうして・・・
・・・本当に・・・
・・・そうして・・・」・・・