サムチョクから帰るとふたりはその足で、
ドンヒョクが契約したアパートへと向かった
重厚な造りの高層アパートは最近完成したばかりで
ソウルホテルの目と鼻の先にあった
そのアパートは佇まいもさることながら
ホテル顔負けのサービスの行届いた管理を誇っていた
エントランスに入った時からジニョンは溜息をついては立ち止まり
なかなか先に進まない様子で何度となくドンヒョクに手を引かれていた
フロント係りの案内でふたりでエレベーターに乗り込んだ
エレベーターの奥はガラス張りで途中まで韓江を見渡すことができた
溜息を吐きながらずっと無言だったジニョンが外が見えなくなって
がっかりしたように“あ・・”と声を上げた
まるで百面相のようなジニョンを見ているだけで、ドンヒョクは
間違いなく幸せな自分を確認できる
「がっかりした?」
「えっ?」
「着いたよ」
ふたりは最上階の35階で降りた
見渡すとそこには左右に二つのドアが有り、
ドンヒョクは迷わず右側のドアに向かうと受付で渡された
カードキーを差込みその横に並んだ番号を4つ押した
すると“カチッ”と玄関のドアが開く音が聞こえた
「どうぞ・・ジニョン」
中へ入ると一番に目立つのが広い大理石張りの玄関ホール
そのフロアは左側の広々としたリビングルームへと続いていた
その隣には大きなテーブルが置かれたダイニングルーム
独立したコの字型のシステムキッチン・・・
「いったい・・何人で暮らすの?」
ジニョンは相変わらず目を丸くしていた
リビングの窓側がほとんど枠のないガラス張りの造りが目を引いた
更に向こう側のテラスも頑丈なガラスで足元まで周囲が
囲まれていた
腰の位置に一本の手摺があるだけの透明に開かれた
テラスだった
「こんなテラス・・・初めて・・・」
手摺に近づいたジニョンが更に感嘆の声をあげた
「わぁー高い!足が震えそうよ、ドンヒョクssi!
ここテジュンssiはきっと無理ね
彼ね、ああ見えて高所恐怖症なのよ♪」
ジニョン・・・君の口からテジュンssiの名前を聞くと
まだ、心が騒ぐよ・・・
君の中では彼の影が消えてしまったから
軽く話題にできるの?
それとも、君すら気付かない心の奥底に
彼はまだ潜んでいるの?
無邪気に笑う君に、僕の嫉妬を悟られたくなくて
笑ってみせる僕の気持ち・・・わからない?
「家具もある程度入れてもらってるけど
君が気に入らなかったら、取り替えるよ」
「取り替えるだなんて・・・ドンヒョクssiの家よ・・・」
「君、僕と結婚しないつもり?
ここ新居のつもりだけど・・・
それともここが気に入らない?」
ドンヒョクがジニョンの顔を覗きこんで言った
「えっ、あ・・・とんでもない!でも高そうなアパート・・・
勿体無いわ・・・月々いくらなの?」
「月々って・・買ったんだよ」
「買ったって・・・ここ凄く高いって評判だったわ」
「ジニョン・・・もしかして僕がまだ一文無しだと思ってる?
この一年でちゃんと稼いだつもりだけど・・
君と逢えない寂しさを仕事で紛らしてた・・・
そう言ってたでしょ?」
「ドンヒョクssi・・・」
「こっちに来て・・・」
ドンヒョクはジニョンの手を引いて進んだ
「ここが僕の書斎・・・こっちは君が使うといい・・」
「ドンヒョクssi・・・ここ初めてじゃないの?
よく知ってるわね」
「間取りは頭に入ってるよ・・・いい?
廊下の向こう側に部屋が二つ・・・
きっと僕達の子供の部屋になる」
ドンヒョクがそう言っただけで、ジニョンは顔を赤らめて
俯いた
「ここがバスルーム・・・パウダールーム・・・
当りだろ?」
ドンヒョクはひとつひとつのドアを開けて見せながら
とても楽しそうにジニョンを案内した
「そしてここが僕が一番こだわった部屋・・・」
その部屋へ入ると広々とした部屋に大きなベッドが一つ
窓側はやはりガラス張りで、とても明るかった
見て・・・とドンヒョクが指差す天井を見上げると
大きく開かれた天窓から抜けるような青空が広がっていた
「わー!素敵ね・・・」
「僕が部屋を選ぶ時の第一条件なんだ
ベッドに寝転んだ時星が見えること・・・」
「へーそうなの?贅沢な好みね」
「贅沢・・・そうなの?・・・
それよりジニョン!夕飯作るよ
材料は頼んで冷蔵庫に入れてもらってるから」
「えっ!ドンヒョクssiが?・・・」
ドンヒョクの手際良い料理をジニョンは感心して眺めていた
そして出来上がった料理がテーブルに並ぶと
まるでレストランに招待されたように豪華だった
「さあ、これでOK・・・食べようジニョン」
「ドンヒョクssi、凄いわね!
あなたって本当に何でも出来るのね」
と言いながら、一口・・・
「うん!美味しい!
本当に美味しいわドンヒョクssi
ジェニーが料理上手なの、血筋だったのね」
ドンヒョクは無邪気にはしゃぐジニョンをにこやかに見つめていた
食事が終わって二人並んで後片付けした後
コーヒーを淹れてテラスに出ると
二人は肩を並べて広がるソウルの景色を静かに眺めていた・・・
「ドンヒョクssi・・・私・・・
こんなに幸せでいいのかしら・・・」
「こんなにって・・・
まだ僕たちは始まったばかりだよ
もう上がないみたいなこと言わないで」
「そうね・・・フフ・・・そうだわ」
次第に空が暮れ、星が一つ二つと増えていった・・・
しばらくしてドンヒョクがおもむろに席を立った
「ジニョン・・・こっちへ来て・・・」
ドンヒョクはジニョンの手を取り、寝室へと向かった
中へ入り、ドンヒョクはベッドに右肘で体を支える姿勢で
横たわりジニョンに笑顔を向けた
「おいで・・・」
ドンヒョクは手を差し伸べた
「えっ?・・・でも・・・」
「いいから・・・ここへおいで・・・」
ジニョンがまるでドンヒョクの瞳に吸いこまれるようにベッドに近づくと
ドンヒョクは待ちかねたかのようにジニョンの手を取り、引き寄せた
ジニョンはというと戸惑いながらも黙ってベッドの上に座った
「見て・・・」
ドンヒョクが指差した天井に視線を向けると
そのガラスの向こうの大空が昼間の抜けるようなスカイブルーから
色濃いラピス・ラズリへと変貌を遂げ、そこに無数の星星が
美しくコントラストをつけ輝いていた・・・
「きれい・・・何て・・綺麗なの?」
彼女の反応に満足したかのようにドンヒョクは微笑むと
両手を頭の後ろに敷き寝そべった
「君もこうしてごらん」
そう言われてジニョンもドンヒョクの横に寝転んだ
「君に見せたかったんだ・・・これを・・・
こうしてずっと見つめているとね
次第に・・深く吸いこまれそうになるんだ
そして、自分がすごくちっぽけに思えてくる・・・
僕はね・・仕事とはいえ人の弱みにつけこむ
卑劣なことを沢山してきた・・・
鹿狩は鹿の目を決して見ない・・・
撃つことを戸惑ったらそれでお終いだからね・・・
そんな僕でも仕事を終えて家に帰ると
ちょっとは自己嫌悪に陥るんだ
僕の中にはいつも自分を責める別の僕がいた・・・
そんな時、こうして空を仰ぐと
自分がどんなにちっぽけで
ちりほどの大きさもないことを思い知らされる
そうやって僕はきっと・・バランスを保ってた・・・」
「今はもう違うでしょ?」
ジニョンが寂しそうな顔をしてそう言った
ドンヒョクは暫く黙ってジニョンを見つめると口を開いた
「どうかな・・・
もし変っていなかったらどうする?・・・
卑劣で・・人を陥れるような・・そんな男だったら・・
僕を嫌いになる?」
ジニョンは少しも迷うことなく直ぐに答えた
「いいえ・・・例えあなたが昔と変っていなくても
どんな人間であっても・・・それでもあなただもの
あなたを嫌いになることなんて無いわ
きっと私はそのままのあなたを受け入れる」
そんなジニョンにドンヒョクは驚いて、彼女を見つめた
ジニョン・・・僕の全てを受け入れると言うの?
例え、僕がどんなにひどい男でも?
「ジニョン・・・」
ドンヒョクはジニョンの頬を優しくなでた
愛してる・・・ジニョン・・・お願いだよ・・・
どうか・・・僕を一人にしないで
君さえ居てくれたら・・・
僕はもう昔の自分には戻らない・・・決して・・・
戻らないよ・・・
ドンヒョクの切ない眼差しにジニョンはまた心がうずいた
ジニョンはドンヒョクに近づき彼をそっと自分の胸に抱いた
そして、彼の頭を優しくなでた
それは自分からの行為にもかかわらず、ジニョンは微かに震えていた
ドンヒョクにもジニョンの心の震えが伝わっていた
そして静かにジニョンから離れると起き上がり
上着を羽織った
「送るよ・・・遅くなったね」
ジニョンは驚いて起きあがった
「えっ?・・・ええ・・・・」
そして、急いで身支度してドンヒョクの後に続いた
ジニョン・・・怖がらないで
僕は待っている・・・そう決めたんだ・・・
君の心が僕に追いつくまで・・・
僕の心と君の心が本当に繋がる時・・・
それはもう・・・そんなに遠くないよね・・・
そして僕は君に本当に相応しい男に・・・
僕もまた・・・急いで・・・
・・・君に追いつこう・・・