「ヤン・ユソク・・・・」
「えっ?」
父から突然ヤン・ユソクの名前が出たことに、ドンヒョクは更に驚いた
≪まさか・・・今回のことを知っているはずが・・・≫
「実はさっき、ホテルに寄ったんだが・・・
ジニョンが担当しているVIPとか言っていた・・
ヤン・ユソクという人のことだが・・・知っているか・・・」
「え・・ええ・・・存じ上げています」
「その男の国は?・・・」
「アメリカです・・・・DAコーポレーションという会社の・・・」
「DA・・やっぱり、そうか・・・」
「ヤン氏がどうかしましたか?」
「彼は・・・ジニョンに会いに来たのか?」
「ジニョンに?・・いいえ、最近ソウルホテルに尽力下さった方です
それに・・ヤン氏の娘をホテルで預かっていますので・・」
「娘?・・そうか彼には娘がいるのか・・」義父は少し青ざめた顔をしていた
「お義父さん?・・・」
義父のただ事ではない様子に、ドンヒョクは一抹の不安を覚えた
「・・・・・・・ドンヒョク・・・お前に話しておきたいことがある・・・
だがこのことは・・ジニョンには・・内緒にして欲しい・・・」
「え・・ええ・・・・」
「・・・・・私に妹がいたことは知っているだろ?」
「はい、その方の名前をジニョンにつけたと・・・・」
「ああ・・ジニョンから、どこまで聞いてる?
私が25の時両親を事故で亡くしたこと、聞いてるな・・・」
ドンヒョクは黙って頷いた
「当時、妹はまだ15だった・・・・明るくて、聡明で・・・
それからの私の生甲斐になった
学校も最高学府をとらせたかった・・・だから私は一生懸命働いたよ
妹もそれに応えて、良い大学へ入ってくれた
しかし、そこで、妹はある男と恋をした
私はそのことをまったく知らなかった・・・
私の援助で勉強していた妹は私に申し訳無いと思ったらしく
ずっとふたりの関係を隠していたんだ
私がそのことを知ったときはその相手が、あの子を置いて
アメリカに帰ってしまった後だった
しかもあろうことか
その時既に、あの子のお腹に子供が宿っていた
私は妹を責めたよ・・感情のままなじっていた
男はNYの大きな会社の御曹司だということだったが・・・
親が決めた相手と結婚することになったこと・・・
しかし彼には子供が出来たことは知らせてないという
知らせるつもりもないと・・・泣きながら話した
私は・・・おろすように諭した・・・
あの子はまだ二十歳を過ぎたばかりだったんだ
あの子の将来・・子供の将来・・色んなことが頭を交差した
しかしあの子は・・・
“私にはできない・・兄さん、ごめんなさい、ごめんなさい”
そう何度も何度も私に謝った・・・そして
“子供を助けて欲しい”そう言って私に懇願した
それから、半年後、妹は女の赤ちゃんを産んだ
でも、もともと身体が弱かった妹は、
産後の肥立の悪さもあいまって、急激に衰弱していった
とうとう医者にも長くないと言われたんだ
その時の病院はセヨンの実家の診療所・・・・
セヨンの家とは親の代からの古い付き合いで、
セヨンと妹は本当の姉妹のように仲が良かった
妹は自分の寿命を悟って、私とセヨンに娘を託した
セヨンが或る日、妹の前で突然私に言った
“今すぐ・・私と結婚してください”・・・と
彼女の唐突な言葉に私は驚いた・・・
彼女はまだ20歳にもならない医大生・・・
親御さんも楽しみにしていた前途有望な子だった
そんなことが許されるはず無い・・そう思った
しかし彼女はにっこり笑ってこう言った
“私はあなたを愛しています
ジニョンオンニも愛しています
その愛する人達の血の繋がったこの子・・・
私は絶対に愛せます
だから・・・オンニの意識が有る内に・・・
私と結婚してください”・・
私達は、妹の病床の前で結婚式を挙げた
その日の夜、妹は安心したように笑みを浮かべて息を引き取った
そして私達は、妹の傍らで眠る赤ちゃんを、ジニョン、と呼んだ・・・
その後、セヨンの父が、妹の子供を私達の実子として
入籍することを計らってくれた・・これは私達家族の・・大きな秘密だ・・
ジニョンはもちろん知らない」
「・・・・・・」 ドンヒョクはユソクの深刻な告白を聞き終わった後、
しばらく言葉が出なかった
「まさか・・あの男・・知ってて、ジニョンに近づいてないだろうな・・」
ヤンがジニョンの?・・・・実父?
そんなこと・・・・
お義父さん・・・・僕はその男の息の根を・・・・
今、止めようとしているんです・・・
何てことだ・・・・
「ドンヒョク?」 ユソクの声に、ドンヒョクはハッとして我に帰った
「あ、いえ・・・ヤン氏は・・・知らないと思います」
「そうか・・・じゃあ、奴が現れたのは、本当に偶然なんだな・・
私は・・・あの男を許していない・・これからもきっと許せはしない
後から・・本当は奴が妹が妊娠していたことを知っていたと聞いた
妹は、自分が下ろしたと言ったと・・・
しかし・・親として子供を捨てたことに変わりは無い。あ・・」
義父は、そう言った後、僕の顔を見て、申し訳なさそうに言葉をつぐんだ
「いいんです・・・気になさらないで下さい・・・
ジニョンが前に言ってました・・
私の父も子供を捨てる親の話になると、ムキになる、と・・
そんなことがあったからなんですね・・」
「私は、この事実をジニョンには一生知られたくない
しかしいつかお前には話さなければならないと思っていた
なあ、ドンヒョク・・・私のしたことは許されていいだろうか
生涯、あの子の父は私で、母はセヨン・・・
それで無ければ、自分の子を持たず
ジニョンひとりを育てて、愛してきたセヨンが不憫だと思ってる
これは・・・私のエゴなのかもしれないが・・・」
「お義父さん・・・・」 ドンヒョクには父への答えが見つからなかった
「ドンヒョク・・・・今日はジニョンと顔を合わせるのは辛い
このまま帰っても良いか・・・・
ジニョンから家に寄るように言われたが・・・
急用が出来たとでも言ってくれないか」
「・・・・わかりました」
父は重い足取りで部屋を出ていった
父が出て行った後、ドンヒョクはひとり静かに目を閉じた
どうする・・・・ドンヒョク・・・・
お前が今倒そうとしている男
このまま突き進んで・・・もしも僕が勝ったら
ヤンの実業家生命は無い・・・
アナベルも大変な思いをすることになるだろう
先に仕掛けられた罠・・・・それを振り解くためとはいえ
アナベルはジニョンの血を分けた姉妹
ジニョンが知ったら・・・・きっと
あいつのことだ・・・・悲しむに決まってる
ジニョン・・・・
君に繋がる人間とわかると
とたんに、弓に掛かった指が力を失う
今までは・・・こんなことなんて無かったのに
ジニョン・・・君のせいだ
僕に・・・戦いに必要な刃さえ失わせてしまう
心が迷うようでは戦えない・・・
しかし、戦わなければ・・・・君と僕は・・・
どうしたらいいんだ?・・・ジニョン・・
「え~どうして、お父さん帰っちゃったの?」
「急用が出来たんだそうだ」
「そう・・・久しぶりに呑み明かそうかと思ったのに・・・」
「呑み明かすって・・・・ジニョン
女なんだから、少し慎みなさい・・・」
「オモ・・・ドンヒョクssi・・・その女だからって台詞、
聞き捨てなら無いわね」
「女じゃないの?」
「女が酒を呑んじゃいけないって理由はないでしょ!」
「そんなことは言ってないよ
君は少し限度を知らないところが有るから
気をつけなさい・・と言ってるだけ」
「うー私って、そんなにひどい?」
「うん、ひどい」
「えー本当に?私覚えてない・・・」
「僕の前でだけだったらいいよ・・・そうなっても・・・」
「本当?」
「ホント・・・その代わり他の人、特に男の前では決して
呑み過ぎないこと誓って・・・」
「誓うわ」 そう言ってジニョンはふざけたように片手を上げた
「ならいい」 そしてドンヒョクはいつものように、ジニョンの頭を撫でた
そんな時、ジニョンはこの上ない笑みでドンヒョクを見上げる
ドンヒョクはそんな彼女が愛しくてならなかった
「着替えてくる」 そう言いながら、ドンヒョクはジニョンの頬を優しく摘んだ
「あ、手伝うわ・・・それから、ドンヒョクssi、聞いて?・・・
ヤン様の想い人、やっぱり私の叔母だったのよ」
「・・・・・・!」
「偶然よね・・あの方・・叔母のこと、本当に愛してらしたみたい
泣いてらした・・・ずっと叔母のこと想ってくれていたのね・・・」
「それで?」
「それでって・・・それだけ・・・」
「何故、君がそんな話をヤン氏から聞くの?」
「えっ?・・・ちょっとお話しただけよ」
「お客様と余計な話するなと言ったろ。」
ドンヒョクは着替えながらジニョンをきつく睨んでいた
「何怒ってるの?少し話し相手になっただけよ
ヤン様、とても紳士でらっしゃる
それに、叔母が愛した人だったら尚更・・・うれしいわ」
「・・・・・・・・」
「ドンヒョクssi・・・・怒ったの?ねぇ、拗ねたの?どっち?
お客様とお話したくらいで怒らないわよね・・・
私ホテリアーなんだから・・・そんなの無理って・・
わかってるわよね」
ドンヒョクは無言でジニョンの前を通り過ぎるとリビングに向かった
ジニョンはドンヒョクの後を追いながら、彼の機嫌を確認しようとした
その時彼が突然立ち止まって、彼女は彼の背中にぶつかって止まった
「きゃっ・・」
そしてドンヒョクが振り向きざまジニョンを強く抱きしめ、言った
「怒ってないよ・・・・拗ねてもいない・・・
君の口から他の男の話が出ることが嫌なだけだ
もう口にしないで・・・・僕といる時は僕だけを見ていて・・・」
「ドン・・ヒョク・・ssi・・・くる・・し・・い」
ドンヒョクは笑いながらジニョンを離すと優しく見つめた
そして、彼女の顎を指で軽くあげて小さくキスをした
唇が離れると、ジニョンははにかんだ笑みでドンヒョクを見上げた
「もう・・・口にしないわ・・・ドンヒョクssi・・・・
あなたといる時は・・・あなたのことだけ見てる」
そう言ってジニョンが可愛く笑った
「そうして。」 ドンヒョクは約束、と言うように、彼女の額にキスをした
ドンヒョクは今はジニョンとの間にヤンの話題を持ち出したくなかった
彼のことで、彼女と争いたくなかった
できれば・・・これから先も・・・
僕は君を包み込むように抱きしめる
君は僕の胸に耳を当てて・・・
僕の背中に腕を回し、掌を背中に当てる
胸に当る君の柔らかい頬と、背中の君の掌の感触・・・
僕はこうしているのが・・・一番好きだ・・・・
ジニョン・・・・
愛しいジニョン・・・・
君の言葉 ひとつひとつ
君の表情 ひとつひとつ
僕は何よりも愛しい・・・・
君のその笑顔を消す奴を
僕は許さないと言った・・・
しかし・・・・ジニョン・・・
その笑顔を消すことになるのは・・・
もしかして・・・
・・・この僕なのだろうか?・・・