ある日、アナベルが突然ジニョンを訪ねてアパートへやって来た
「アナベル・・・いらっしゃい・・・」
「少しお邪魔してもよろしいでしょうか・・・」
アナベルは玄関先で、少し俯きがちに小声で言った
「ええ、もちろんよ・・・どうぞ・・さあ、上がって?」
ジニョンはアナベルをリビングに通すと、ソファーに座るよう促し、
キッチンへと向かった
「アナ・・・コーヒーでいいかしら」
「どうぞ、お構いなく・・ジニョンssi、どうぞ・・座っていただけませんか?
大事なお話があります・・・」
「大事な話?どうしたの神妙な顔をして・・でもちょっと待ってて・・・
コーヒーくらい淹れさせて?」
ジニョンは、アナベルのただならない様子に正直困惑していた
それでもコーヒーを淹れながら、不安な気持ちを鎮めようと努めた
「どうぞ・・・・アナ・・何だか、久しぶりね・・」
ジニョンはコーヒーカップをアナベルの前に静かに置いた
「ええ、お目にかかるのは一週間ぶりです」
「一週間?もうそんなに会ってなかったかしら」
「ドンヒョクssiと社長が努力なさったようですから・・・」
アナベルのその言い方には少し刺があった
「えっ?」
「あなたに私を会わせないように。」
「私とあなたを会わせないように?どうして?」
「さあ・・・きっと私があなたに余計なことを言わないように・・・かしら。」
そう言うとアナベルはジニョンを真直ぐに見た
「ジニョンssi・・・あなたって本当に、お幸せですね・・・
ご主人だけでなく、昔の恋人にまで守られてらっしゃる・・・」
ジニョンを見据えて話すアナベルの言葉は更に攻撃的だった
「それは・・どういうこと?」 それでもジニョンは努めて穏やかに質問した
「それは・・お二人に聞いてください・・・
私は明日、アメリカに帰ります・・・もう、二度と・・・
あなたにお会いすることも無いでしょう・・・」
「帰る?随分急なお話なのね・・休暇ではなくて?」
「はい、アメリカへ帰って、結婚することになりましたので」
「結婚・・・そう・・・・」
「ジニョンssi・・・私の愛する人がいったい誰なのか・・・
お知りになりたくないですか?」
「・・・・・」
「いいえ・・もうとっくに、お気付きですよね・・・
私・・・あなたに気付かれるように振舞ってたつもりですから」
「・・・・・」
「私・・・結婚は、本当に愛する人としたいと思っています」
「・・・・・」
「だから、フランクも。・・・明日、私達と一緒にアメリカに発ちます・・・
それが、どういう意味かお分かりですね」
「・・・わからないわ。」 ジニョンは自分の声が震えないよう、意識した
「フランクは、父に言ったそうです・・・
あなたと別れるには、もう少し時間が欲しいと・・・
あなたが納得はしないからと・・・それでも
自分がアメリカから戻らなかったら、諦めもするでしょう、と・・
その後、弁護士を立てて・・・」
「嘘だわ」 ジニョンはやっと、アナベルの話を中断させることができた
「嘘じゃ有りません。直接フランクに、確認なさるといいわ」
「・・・・・・」
「ジニョンssi・・・ごめんなさい
私、ずっとあの方のことを想って生きてきました
あなたがフランクに出逢う、もっとずっと前からです
私は。あなたより前に。あなたより深く。あの方を愛しました
そして私はやっと・・あの方と生きることが出来る。」
ジニョンはアナベルがドンヒョクへの想いを伝える間、
彼女の瞳を黙って見つめていた
≪綺麗な瞳・・・澄んだ瞳≫素直にそう思った
アナベルのドンヒョクへの想いに澱んだものが見つけられず、
ジニョンはそのことに何故か、ホッとしている自分に気がついて驚いた
「・・・・・・」
「フランクは、あなたの知らないところで、私との結婚を
父に承諾しました・・・
そうしなければ、彼は全てを失うからです・・・
卑怯だと私を蔑んでください・・・ジニョンssi
それでも私は構いません。
それほど私も父も・・・あの方が欲しい。
・・・例え、今回のことがあの方の意志ではなかったとしても。
父の力を借りなければならなかったとしても・・私は後悔しません
結局最後に・・決断するのは彼ですから。
彼はあなたと私・・天秤に掛けてどちらが得か判断したんです
おわかりですね。フランクは、そういう人です。
どうか、あなたの方から、彼を見限ってください・・・
そして、一日も早くフランクを私に・・・・」
ジニョンはアナベルの言葉を彼女を見つめて、しっかりと聞いていた
さっきまで動揺を抑えることができていた自分の心が次第に震え始めていた。
それでも敢えてゆっくりと口を開いた
「アナベル・・・あなたが私に何を言いたくてここに来たのか・・
よく、わかったわ・・・・・・・でも、悪いけど・・・
私は、あの人の口から聞かないことは、何一つ信じない」
「・・・・・・」
「あの人の言葉だけを信じるわ」
「じゃあ、聞いてください。・・今夜にでも聞いてみるといいわ
何故、明日、私達と一緒にアメリカに行くのか
私との結婚を承諾したのか、しなかったのか・・・
フランクの口から聞くといいわ!」 アナベルは興奮を押さえられなかった
「・・・・・・」
「約束してください・・・彼が、本当にそう言ったのなら、
あなたも承知なさると」
「彼が・・・私でなく・・・あなたを愛したのなら。
でも、それは有得ないわ」
「凄い自信ですね」
「自信?・・いいえ、そうじゃないわ・・でも信じてる。
彼は私を裏切らない。」 ジニョンは力強くそう言った
「・・・今日は・・・失礼します・・・話しはそれだけですから。」
アナベルはジニョンの力強さに圧倒されていた
≪だからと言って・・・負けないわ≫
アナベルはジニョンから目を背けるように部屋を出ていった
ジニョンは彼女を送らなかった、そして、自分に向かって小さく呟いた
「ドンヒョクssiは・・・私を裏切らない・・・絶対に・・・」
ジニョンssi・・・私は・・・
あなたを姉だなんて・・・絶対に認めない
フランクも・・・父も・・・私だけのもの・・・
あなたには渡さないわ・・・・
ドンヒョクが帰宅すると、家に明かりが無かった
「ジニョン?いないの?」
リビングの明かりをつけると、ジニョンがソファーに腰掛けたまま
微動だにしていなかった
「ビックリした・・・いたんじゃない・・・どうしたの?
明かりもつけないで・・・・食事の仕度まだだったら
外に出ようか?」
ドンヒョクはキッチンやダイニングを見渡しながら、ジニョンに声を掛けたが
ジニョンからの、返事は無かった
「ジニョン?」
ドンヒョクはジニョンに近づくと、彼女の前にひざまずいて、
その俯いた顔を下から覗きこんだ
すると彼女は顔を起こして、ドンヒョクの頬を両手で挟み、
しっかり目を合わせた
そして、ゆっくり口を開いた
「ドンヒョクssi・・・お願いがある」
「何?」
「明日のアメリカ行き・・・取り止めて?」
「どうしたの?急に・・・」
「お願い・・・・行かないで・・・・」
「ジニョン・・・・」
「あなた前に言ったわよね・・・“行かないで”
私がそう言ったら、本当に行きたくなくなるって・・
ねぇ、私・・・今、本気で言ってるの・・・・
お願い・・・今度のアメリカ行きは中止して。」
「・・何言ってるの?
急にそんなこと出来ないよ
それに今回は今までに無い重要な仕事なんだ
僕が行かないと始まらない」
「じゃあ、始めないで。」
「ジニョン・・・・頼むよ・・無理言わないで
今回は例え君の頼みでも無理だ
いったいどうしたの?今までそんなこと言ったことないじゃない
・・・それに、直ぐに帰るよ
きっと予定の一週間より早く帰・・・」
「嘘!」
「嘘?」
「帰らないつもりじゃないの?」
そう言ったジニョンの目に涙が滲んでいるのを見てドンヒョクは驚いた
「・・・・・・君・・・・・誰かに何か言われた?」
「何も?」 ジニョンはドンヒョクから顔を逸らした
「ジニョン。」
ドンヒョクは問い質すように、逸らされた彼女の顔を右手で正面に戻した
ジニョンは大きく深呼吸をした後、覚悟したように言った
「・・・・・・アナベルと・・・結婚するんですってね」
ドンヒョクはジニョンに知られないようにしていたはずのことが
彼女の口から聞こえて来たことに落胆した
「それ・・・は・・・・アナベルが言ったの?ヤン氏?」
「関係無いわ・・・誰だって・・・」
ジニョンは立ち上がってドンヒョクから離れた
ドンヒョクは慌てて彼女の後を追った
「ジニョン!待って!君は僕の言うことと、他人の言うこと
どっちを信じるの?」
「じゃあ聞くけど!あなたはアナベルと結婚するなんて、ひとことも
言ったことは無いのね!」
ジニョンが振りかえってドンヒョクに詰め寄った
「それは・・・・・行きがかり上・・・ヤンを欺くために・・・」
「・・・言ったのね。」
「でも、僕は君のところに必ず戻る
アナベルのことを黙っていたのは・・・
君に余計な心配を掛けたくなかったから・・・
そのことは悪かったよ、ごめん・・
でもヤンに勝てる目処もついた・・・明日、アメリカに行ったら
全て片付けて帰ってくるつもりだったんだ・・・だから・・」
「信じられない!そんなこと」
ジニョンはドンヒョクから目を逸らし離れようとした
「どうして!どうして信じられない!」
ドンヒョクは突然ジニョンの肩を掴んで激しく壁に押しつけた
「あなたの言うことなんて、信じられない!」
「ジニョン!」
ジニョンの強い言葉にドンヒョクは思わず壁に自分のこぶしをぶつけた
「乱暴は止めて!
そうやって、あなたは自分の感情を押さえられなくなるのよ!
自分にやましいところがあるから、私に隠したんじゃないの?
何も無いなら、どうして、最初から事情を話さなかったの?」
「だから、それは・・・君に心配掛けたくなくて」
「心配?こうして後から聞かされる方が・・・余計な詮索するわ!
あなたはいつもそう、何でも自分ひとりで考えて、行動して
ひとりで解決しようとする・・・・私は・・いつもかやの外・・・
私は・・・いったい、あなたの何なの?
半身だなんて言って、あなたは少しも私を信じてないじゃない
私が・・あなたを信じないと思った?
それとも、本当のことを聞いて、泣いてあなたを困らせるとでも?
アナベルがあなたに対してどういう気持ちでいるのか位とっくにわかってた
あなたがそれに気付かない振りしていたのもわかってた
あなたが、何も言わないのなら、それをあえて聞かなかったわ
いつか、私に話す時が来たら、そうしてくれる・・・そう思ったから
あなたが・・・私を裏・・切らない・・ことくらい・・・
そんなことくらい・・わかってる!
でも・・話して・・くれなかった・・そのことが、信じられない。
そう言ってるのよ!」
ジニョンは涙を流しながら、それでも一生懸命ドンヒョクに訴えた
ドンヒョクはジニョンの激しい怒りに言葉を失ってしまっていた
ドンヒョクはジニョンの涙を拭おうとしたが、彼女が顔を背けた
「こっちを見て・・・ジニョン・・・」
「イヤ。」
「お願い・・・僕を見て・・・」
「イヤ!」
ドンヒョクはジニョンの頑なな拒絶に動揺した
そして、うなだれてジニョンの肩に頭を落とした
「ジニョン・・・お願い・・・僕を・・拒まないで・・・
君に何も言わなかったこと・・・ごめん
君を信じないわけじゃない
ただ、君が・・・傷つく・・・君が辛い思いをする・・・
それが怖かったんだ・・・それだけだよ・・・
お願い・・・・僕から・・・顔を背けないで・・・」
ドンヒョクの震えがジニョンの肩から伝わってきた
ジニョンはうなだれたドンヒョクの頭をそっと抱いた・・・
「ドンヒョクssi・・・
私が傷つくなんて・・・
私が辛い思いをするなんて・・・
どうして、そんなことばかり考えるの?
あなた・・・私を少し甘く見てる・・・・・」
「ジニョン・・・」
「だって・・・そうでしょ?・・・
私は・・・・あなたの・・・・
氷より冷たい心を持った・・・フランク・シンの妻なのよ・・・
少々のことでびくついていたら、生きていけないわ・・・」
ふっ・・・・
「そうだったね・・・・
そして、僕は、いつも君の前で・・・こなごなに砕け散るんだった」
ドンヒョクは頭を上げてジニョンを見た
そして、ジニョンの涙を指で拭った・・・ジニョンはもうそれを拒まなかった
「ドンヒョクssi・・・
何かあったら・・・必ず私にも話して
私はあなたの言葉なら素直に信じる・・・
あなたが言ったことなら・・・・
何があっても私はあなたのそばを離れない・・・
あなたが逃げたら、追いかける・・・そう言ったでしょ?
例え、ヤン氏があなたをアナベルの元に繋ぎとめようとしても
私は必ずあなたを連れ戻してみせる
あなたが私を愛してさえいてくれれば・・・
私はあなたを愛してる・・・アナベルには負けないほどに」
「ジニョン・・・・
僕は・・・いったい、何をやってたんだろうね・・・
君の為・・・そう思った・・・君が知らない間に解決できるなら・・・
そう思った・・・
君を愛してからというもの、いつもそうなんだ
いつも・・君が傷つくこと・・それだけが怖い・・・
僕より遥かに逞しい君を守ってるつもりになってる・・・
本当に・・笑ってしまう・・・」
「ドンヒョクssi・・・ごめんなさい
あなたが私に黙ってること・・・苦しまないはず無いのに・・
責めたりして・・・・」
「君に顔を背けられただけで・・・心が潰れそうだった・・・
ねぇ頼むよ・・僕は君より弱虫なんだから・・少し手加減して・・・」
ジニョンはドンヒョクのその言葉に声を立てて笑った
「あなたが・・・弱虫?」
「ああ・・・君より遥かにね・・・」
互いに笑って、ドンヒョクは決心したようにジニョンを見て言った
「ジニョン・・・行こう・・・」
「えっ?行くって・・何処へ?」
「いいから・・・一緒においで」
ドンヒョクはジニョンの手をしっかりと握って、玄関に向かった
君を置いて・・・僕は何処へも行けない
何処へも行かない
ドンヒョクは歩きながら携帯を手にした
「レオ・・・僕だ・・・今すぐ、DAコーポレーションに行け」
「ボス・・約束は明日だろ?」
「いや、今行ってくれ・・・DAのビルの前で、僕の連絡を待て・・・いいな」
ヤン・ユソク・・・・
勝負は・・・このソウルでつけよう・・・
・・・ジニョンの前で・・・