「駄目よ・・・」
部屋の向こうでドンヒョクと父との会話を聞いていたアナベルが
厳しい眼差しで入って来た
「アナベル・・・」
「お父様、それは駄目。・・・私は必ず、フランクと結婚します
この6年間、私にそう言い続けてきたのは
あなただったではありませんか、お父様
フランク・シンがお前の結婚相手だ
お前はフランク・シンに愛される女になれと、・・・
いいえ、そんなことはどうでもいいわ
何より、私はフランクを愛しています
フランクでなければ・・・私は・・・
お父様・・・
あなたは何もわかってはいない
お母様にとっても・・あなたでなければならなかったことを。
何もわかっていないわ
お母様がどれほどあなたを愛していたのか。
でもお母様は言えなかった・・・
自分の他に愛する人を胸に抱えていたあなたに・・
ただ言えなかっただけよ
お母様を・・・
あんなにあなたを愛したお母様を幸せにすること無く
寂しいまま逝かせてしまった・・・」
「アナベル・・・」
「お父様・・・お母様の代わりに私に・・幸せをください
その義務が、あなたにはあるの。」
そう言って、アナベルはヤンを睨み付けた
「アナベル・・フランクには・・」 ヤンはアナベルの悲しい告白に胸を痛めて
彼女に手を差し伸べようとしたが彼女はその手をすり抜け、
ドンヒョクへと走り寄った
そして、彼の腕を強く掴み、見上げた
「フランク・・・・お願いです・・・・
ジニョンssiには、他に・・・
彼女を愛してくれる人が他にも沢山います・・・
でも・・・私には誰もいない・・・あなただけです・・・・
私をどうか・・・・ひとりにしないで・・・・
お願い。あなたがいなかったら・・・私は生きていけません」
「アナベル!よしなさい!」 ヤンがアナベルの腕を掴んだ瞬間
彼女はその手を強く払いのけた
「お父様なんて!・・・・
お父様はこの人が自分の娘だから、それでいいんでしょ!」
アナベルが突然、ジニョンを強く睨み付け声を荒げた
「だから!それでいいと思ってるのよ。
フランクの相手は私でなくてもいいと思ってる。」
「娘?・・・・何を・・言ってる・・・・」
「ジニョンssiは・・・お父様と・・・
あなたがこの世でたったひとり愛した人との子供・・・
ね、そうでしょ?フランク・・・・
ジニョンssiには彼女を愛してくれる人がいっぱいいるの・・・
テジュンssiだって・・・まだ彼女を愛してる・・・
お父様も・・・彼女の味方・・・
彼女はあなたがいなくても幸せになれる・・・
でも私には・・・あなただけです
私には・・・何も無い・・・私には何も無い・・・
いいえ、他には何もいりません
あなたさえいてくれれば・・・
私だって・・・あなたさえいてくれれば・・・
他に何もいりません・・何もいりません・・何も・・」
アナベルは涙に咽びながらドンヒョクにしがみついて、
彼の腕を離さなかった
「アナ・・・」
ジニョンはアナベルの狂気した様子と彼女が放った言葉に動揺していた
ヤンもまた、同じような眼差しでジニョンを見つめていた
「アナ!」 フランクにしがみついていたアナベルを引き剥がすように
抱き取ったのはロイだった
「こっちへ」
そう言ってロイは無理やりアナベルを寝室に連れて行った
ドンヒョクはその様子を目で追うと、アナベルをロイに任せ
この状況を打開することに思考を転じた
案の定、この場でヤンとジニョンが放心状態で立ち尽くしていた
「ヤン会長、あなたのご決断には・・・深く感謝します・・・
どうか、私たちはこれで失礼させてください・・・
ジニョン・・・失礼しよう・・・」
ドンヒョクは少しだけ早口にそう言って、ジニョンの腕を掴んだ
ヤンが瞬間、我に帰ったように慌てて口を開き、ふたりを追った
「フランク・・・・さっき、アナベルが言ったことは・・・・」
「アナベルの誤解です。・・・ジニョン、行くぞ」
ドンヒョクはすかさずヤンの言葉を遮ってそう言った
「待ってくれ・・・
ジニョンは・・・・29年前・・・・確かに身ごもっていた・・・
私はその時、アメリカに帰らなければならなかった・・
だから・・決断できなかった・・・
でも彼女は私のその気持ちを察していた
彼女は下ろした・・と言った・・・私は情けないことに
それを聞いて、少なからずホッとした・・それは事実だ・・・
もしかして・・・ジニョンさんがその時の・・・」
「違うと言ってる!いい加減にしろ!」 ドンヒョクは声を荒げた
「ドンヒョクssi・・・」
ジニョンが不安げにドンヒョクを見たが、ドンヒョクは気付かない振りをした
「行こう」
ドンヒョクはジニョンの手首を掴んで部屋を出た
「ドンヒョクssi・・・」
ドンヒョクは返事をすること無く、ジニョンの手を引いたまま歩いていた
「ドンヒョク!」 しばらく進んだ所で、ジニョンが勢い立ち止まった
「また、何か私に隠してるのね」
「何も隠してない。」
「嘘!さっき、アナベルが言ってたこと
ヤン氏が言ってたこと・・・何?
私がヤン氏の?叔母さんとヤン氏の?そういうことなの?」
「ジニョン・・・アナベルが何か知らないけど
誤解してるだけだ・・・」
「何の誤解?アナベルが何の誤解をしたの?
言ってみて!」
「ジニョン・・・」
「ドンヒョクssi・・・私はあなたの言葉を信じると言ったわ・・・
信じたい・・・・信じさせてくれないの?」
「・・・・・・・・・・」
「私・・・うすうす感じてたの・・・
でも籍はちゃんと父と母の実子・・・血液型も問題無かった・・・
父も母もこの上なく、私を愛してくれた・・・
そんなこと考える私の方が可笑しい・・そう思ってた・・・
でも、さっき、アナベルの言葉を聞いて
私が叔母に感じていたもの・・・それが納得いく
母はいつも私に・・・子守唄のように叔母の話をした
こんな人だった・・・こんな時はこう言う人だった・・・
こんなものが好きだった・・・あなたもそういう人になりなさい
私にまるで叔母のことを植え付けるように話してた
母が叔母を尊敬してたから・・・それが母の口癖だったけど
アナベルの言ったことが正しければ・・その意味が理解できる
私に、母である叔母の存在を忘れさせないため・・・・
そういうことよね・・・・
ドンヒョクssi・・・いつから、知っていたの?
私は叔母とヤン氏の子供なのね・・・・
ドンヒョクssi・・・頷かないつもり?・・・
頑固ね・・・父と約束したのね・・・
いいわ・・・あなたが頷かない・・・それが答えね。」
ドンヒョクはジニョンのその言葉に フッ と笑った
そして、軽く深呼吸して、ジニョンを見た
「僕が父とジェニーをホテルで会わせた時、
僕は居たたまれなくて、その場を外してここへ来た・・・
そして、ひとりで自分の心と戦っていた・・・
その時、君がそっと後ろから抱きしめてくれた
それだけで僕の萎えた心が救われたんだ・・・・
・・・今・・・僕は・・・君を抱きしめなくてもいい?・・・・」
「そんなこと・・・・聞いてするもの?」
そう言ったジニョンをドンヒョクは微笑んで見つめた
そして、優しく抱き寄せ、その手に力を込めた
ジニョンはドンヒョクに腕に包まれながら、静かに泣いた
「ドンヒョクssi・・・・」
「何?」
「キスして・・・」
「ここで?」
「うん」
「ここ・・・ホテルだよ・・・いいの?」
「誰もいないわ・・・」
「いつ人が通るかわからないんじゃないの?」
「うーーーあなたは、したいの?したくないの?どっち?」
「したいです」
「じゃ、して!」 ジニョンは目を閉じて顔を上に上げた
「はい」 ドンヒョクはそっと唇を重ねた
その拍子にジニョンが吹いて笑った
「何!」
「だって・・・可笑しいんだもの」
「何が!」
「ドンヒョクssi、真面目にキスするから・・・」
「そんなのふざけて出来ないでしょ!
笑うのは失礼だよ・・・ジニョン!」
「ごめんなさい」
「はい、じゃあ、もう一度・・・」
ドンヒョクはそう言って、ジニョンの腕を掴み、姿勢を正した
「もう一度?」
「君がホテルでキスしていいなんて滅多に言うことじゃない・・・
この機会を逃したくないからね」
ドンヒョクはジニョンを無理やり抱き寄せ、くちづけた
このくちづけで、彼女の悲しみがすべて拭えることを祈りながら・・・
「お父さんは、できれば君に知られたくない、と言ってらした
セヨンssiが、自分の子供を持たずに、君だけを愛して
育ててきたことへの、せめてもの償い・・そう思ってらっしゃる」
「わかってるわ・・・・父の考えそうなことだもの・・・
だから、昨日母も来たのね・・心配になって・・
バカね・・・知ったからと言って、何も変らないのに・・・・
私の両親はあのふたり以外いないじゃない・・・
そんなこともわからないのかしら・・・・」
「でも、僕にはおふたりの想いがよくわかる」
「私だって!」
「・・・・・・」
「私にだって・・わかってる・・・・」
「・・・・・・」
「ドンヒョクssi、お願いがあるわ・・・
私が知ってしまったこと・・・あなたと私の秘密にして?
父と母にはそのまま・・・私が知らないことに・・・」
ジニョンは真剣な面持ちでそう言った
「ジニョン・・・君って強い人だね・・・」
「ドンヒョクssi・・・言っておきますけど・・・
あなたが弱すぎるんだと思うわ」
「そうなの?」
「そっ、あなたは私がいないと、全く駄目。
強がっているけど・・寂しがりやで、弱虫で、泣き虫で・・・」
「随分な言い様だね」
「だって、本当のことだもの・・・だから、アナベルには悪いけど
あなたはアナには手におえないわ・・・私で無いとね・・・」
「そうだね」
「・・・・・アナベル・・・・あの子・・私の妹なのね・・・・
あの子にあなたと同じものを感じて、守ってあげたくなった気持ち・・・
そういうことね・・・妹だったから・・・・
絆って・・・自分の意識の届かないところで動かされているのね・・・
・・・・・・・あの子・・・本当にあなたが好きなのね・・・
私達の遺伝子って、あなたを求めるようにできてるのかしら・・・」
「真面目に言ってる?」
「ええ、真面目。・・あの子に・・・・私、何が出来るかしら・・・
あなたをあげる以外に・・・」
「あなたをあげるって・・」
「あら、あなただって・・・私をテジュンssiとカードにしたくせに・・・」
「昔のことでしょ、それ・・・」
「一生忘れないわ」
「君って、執念深かったんだ」
「今頃わかったの?」
「あ、執念深いで思い出した・・・レオに電話するの、忘れてた
ちょっと待ってて・・・」
ドンヒョクは、慌てて、携帯を取りだし、レオに吉報を入れた
ドンヒョクが電話を掛けている様子をジニョンは静かに見ていた
ドンヒョクssi・・・・
私のこと・・・強いと言うけど・・・
それは、あなたがそばにいてくれるからよ・・・
あなたがいなかったら・・・私・・・きっともろく崩れるわ
あなたはそのこと・・・わかってる?
だから・・・駄目よ・・・私から離れては・・・
でも・・アナベル・・・
あの子を救うには私はどうしたらいいの?・・・
あの子は・・・あなたによって救われるしかないの?
私には何も出来ない?
あなたはどう想ってるの?ドンヒョクssi
何でも話して・・・そう言ったけど
今はあなたも悩んでいるわね・・・きっと・・・
「ジニョン・・・お待たせ・・・
レオ、怒ってたよ・・・でも事情を話したら、喜んでくれた」
「そう・・・良かった」
「ジニョン・・・今日はこのまま、歩いて帰ろうか・・・
車は明日取りに来よう・・・」
「ええ・・・」
ドンヒョクはジニョンと手を繋いで、しばらくは言葉も交わさず家路についた
ジニョン・・・今君に色んなことが押し寄せてきて
どんなにか心が騒いでいるだろうね
ヤン氏のこと・・・
本当のお母さんのこと・・・
セヨンssiとお父さんのこと・・・
そして・・・アナベルのこと・・・
君はきっと気にしているんだろ?
さっきの僕へのアナベルの苦しい想いを・・
そして彼女への僕の想いを・・・
ねぇ、ジニョン・・・
君は何でも話して・・そう言うけど・・・
言えない胸の内もある
愛してるから・・・
愛してるからこそ・・・
説明できないことも・・・・
心の何もかもを話せないことも・・・あるよ
でも・・・それでも・・・きちんと話せる時が来る
少し時間が経った時・・・・
それでもいいでしょ?ジニョン・・・
こうして、握った手は決して離さない・・・
それだけは信じて・・・
ドンヒョクはジニョンの手を握った手に力を込めた
ジニョンもそれに応えて力を入れた
わかってる・・・
あなたの言いたいこと・・・・わかってるわ・・・
「ドンヒョクssi・・・」
「ん?・・・」
「愛してる・・・」
・・・「知ってるよ・・・・」・・・