「ドンヒョクは?」 セヨンが周りを見回しながら言った
「今、向こうで仕事してる・・・」
ジニョンはその時も超音波の写真を見ていた
「また、見てたの?飽きないわね・・・」
「ええ、だって、何度見ても・・・可愛いの・・・」
「そうね・・・生きてるんですもの・・・あなたの中で・・・
一生懸命、生きてる・・・この子にとっては、
あなただけが頼りなのよ、今は・・・」
「ええ、オンマ・・・私、頑張る・・・そして、
早くこの子をドンヒョクssiに逢わせてあげたい・・・」
「ドンヒョクに?」
「ええ・・・ドンヒョクssiはね・・・
今まで、血の繋がった人と接すること少なかったでしょ・・・
幼い頃たったひとりぼっちで、どんなに辛くて・・
寂しかったか・・・私ね・・そんな彼を想像するだけで、
心がつぶれそうになるの・・・
私には、オンマ達がいたし・・暖かい家庭で育ててもらった・・・
だから、あの人の本当の寂しさは分からないと思う
私の想像なんて、遥かに超えていると思う・・・
それでも・・・伝わるの・・・
あの人の寂しさ・・・悲しさ・・・愛してるから・・・伝わるの
だから、あの人には早く暖かい家庭を作ってあげたい・・・
そう思ってた・・ずっとそう思ってたの
この子もきっと逢いたがってる・・あの人に逢いたがってる・・・
だから、私に危険を知らせたのよ・・・
オンマ・・・そう思わない?」 ジニョンは目を輝かせてそう言った
「ええ、そう思う。・・・思うわ」 セヨンは鼻をすすりながら答えた
「オンマはどうして・・・あ、何でも無いわ・・・」
「ジニョン?・・・あなた・・・知ってるのね・・・
どうして、自分の子を産まなかったのか・・そう聞きたいの?」
「オンマ・・・」
「あなた達とずっとこうして生活してるのよ・・・何となく分かるわ・・
アナベルを実の妹だとあなたが知ってること・・・
当然、私達が本当の親じゃないことも・・
でも、お父さんにはまだ、内緒にしましょ?・・・
あの人、ああ見えて弱い人だから・・・」
「ええ、オンマ・・・黙っててごめんなさい
でも、私にとって、オンマだけよ、本当の母親は・・・」
「分かってるわ・・・当たり前でしょ・・・ジニョンオンニには悪いけど
あなたは彼女には返さないわ・・・・・・
どうして、私が本当の子供を産まなかったか・・・
それを知りたいのね・・・
私ね、頭はいいんだけど・・・フフ・・・不器用なのよ・・・
オンニから、あなたを託されて、私はあなたを心から愛した
可愛くて可愛くて・・仕方なかった
目に入れても痛くないとは、良く言ったものね、昔の人・・・
でもこう思ったの・・・私は自分の実の子を持った時、
本当にこの子と同じように愛せるだろうかって・・・
それにその逆もある・・・自分の子が更に可愛くなること
あるかも知れない・・そうしたらこの子はどうなるの?
・・・そう思ってしまったの
それなら、この子だけを愛したい・・・それは
不器用な私の浅はかな考えだったかもしれないわ・・・
ヨンスにも悪いと思った・・
彼ももしかしたら子供を欲しかったかもしれないって・・
私の父や母は猛然と反対したわ・・・
私が一人っ子だったら、きっとこうはいかなかったかも知れないけど
私ってほら、頑固でしょ?
一度決めたら決心は変わらないこと、父達も知ってたから・・・
仕方なく納得したわ
それに、父達もあなたのこと可愛くて仕方なかったし・・・」
「ええ、とても可愛がってくださった・・・」
「そして一番肝心な、ヨンスも・・・賛成してくれたの・・・
君がそう望むんだったらって・・・
でも、誤解しないで?・・・
お父さんも私も、そのこと決して後悔してない・・・
あなたがいて、あなたが素敵な旦那様を連れてきてくれて、
そして今もう少しで、あなた達の孫を抱かせてくれる
ジニョンオンニが望んでも叶わなかったことを、
私達が代わりに体験させてもらってる
ヨンスも・・・私も・・・本当に幸せなの・・・
だからね、ジニョン、許さないわよ
あなたが、私達より先に逝くことは許さない・・分かった?」
「うん・・・うん・・・分かってる・・・」
「ドンヒョクにその子を抱いてもらう・・・
あなたの今の一番の望み・・・それを必ず叶えてあげる・・・
オンニも遠いところからきっと助けてくれる・・・
だから、信じなさい・・・ジニョン・・・」
「オンマ・・・」
セヨンは優しくジニョンを抱きしめた
「何だか、こうしてあなたを抱くの久しぶりね・・・
最近は、ドンヒョクにばかり、いい思いさせてるから、
たまには、こうしてるのもいいわ・・・」
「うん、オンマ・・・温かいよ・・・子供に戻ったみたい・・・」
ふたりはしばらく抱き合って、零れる涙を互いの肩に流した
ドンヒョクは二人の会話をドアに持たれかかって聞いていた
幼い頃・・・寂しかった?・・・
確かに、そうだよ・・・ジニョン、でもね・・・
君と出逢ってからは、そんなことはとっくに忘れてしまった
君に出逢って、君を得て、君の周りの人々の温かさを知って・・・
僕は今、人間として、十分満たされている・・・
君がそんなに思ってくれるほど、
僕はもう昔の寂しさを引きずっていないよ
そしてそれは君がいる限り・・・変わることない・・・
君がいる限り・・・
ジニョンの入院から、一月が経った・・・
病状も特に急激な進行を心配されることも無かったが、
時折痛みが襲ってくることは仕方のないことだった
その夜も、急に襲った腹痛を、そばにいるドンヒョクに、
心配掛けまいとジニョンは堪えていた
ドンヒョクは横になっているジニョンの傍らで読書をしていた
ジニョンが向こうを向いたことに気がついたドンヒョクが声を掛けた
「ジニョン?どうかした?」
「ううん、何でも無い・・・」
「本当に?」
「ええ・・・」
ドンヒョクがジニョンの顔を覗きこむと、彼女の額には脂汗が滲んでいた
「ジニョン?・・・セヨンssi、起こそうか・・・」
「大丈夫よ・・・オンマ、やっと眠ったとこよ・・・」
「ナースコールしよう」 ドンヒョクはそのスイッチを手に取ろうとした
「本当に・・・もう大丈夫・・・本当よ・・・
ドンヒョクssi・・・手を握ってて・・・お話をして・・・」
しかしジニョンはドンヒョクのその手を取った
「何の話?」
「そうね・・・あなたの子供の頃の話・・・」
「子供の頃?」
「どんな子供だったか・・・とか・・・」
「あんまり、思い出したことないな・・・覚えてない、と言った方が・・・」
ドンヒョクは正直困ってしまった
「そんなことないはずよ・・・覚えてること、絶対ある・・・」
それでもジニョンはしつこくそう言った
「・・・・・・」
「お母さんのこと話して?・・・どんなお母さんだった?」
「・・・・・・」
「あの写真の綺麗な方・・・どんな方だったんだろう・・・」
ジニョンは前に見せてもらったドンヒョクの家族写真を思い出してそう言った
ドンヒョクは“わかったよ”というように椅子に腰掛け直すと、
ジニョンに顔を近づけた
「・・・・・・・綺麗な人だった・・・優しい人だった・・・大好きだった・・・
でも、いつも寂しい顔をしていた・・・僕にはそう感じてた・・・
だから、母が喜ぶことをいっぱいしてあげようと思ってた・・・
子供なりに色々考えて、家の手伝いや、ドンヒの面倒もちゃんと見た
勉強も、一生懸命やった・・・
ある日、母が言ったんだ・・・そんなに頑張らなくてもいいのよって・・・
母さんの為にそんなに頑張らなくても・・・
お友達ともっと楽しく遊んで来なさい・・・そう言った
母は僕が無理していることをわかっていたんだ
本当は友達と遊びたかった・・・自由に飛び回りたかった
だから、母にそう言われて、僕は顔を輝かせて遊びに行った・・・
久しぶりに、沢山遊んだんだ・・・そして、泥んこになって帰った・・・
でも家に帰ると・・・誰もいなかった
母も・・父も・・妹のドンヒも・・誰もいなかった
僕は不安に襲われながら、どうすることもできなくてただ待っていた
しばらくして、親戚の人が僕を連れにくるまで、暗い部屋で
ひとりで待ってた
連れていかれたのは病院だった・・・
連れていかれた病室に母がいた・・・
そしてそばにいた父が“お別れしなさい・”・・そう言った
何のことだか、理解できなかった・・・
ただ目の前のベッドに横たわった・・・母が動かない・・・
その情景だけが、僕の目に焼きついた
声を出さない母の白くて綺麗な顔・・・
それが僕が覚えてる最後の母の顔・・・
僕は泣かなかった・・・でも、僕の頭の中は後悔でいっぱいだった
遊びに行かなければ良かった・・・
もっと、母のそばにいれば良かった・・・
今思うと、母は、自分が辛くて苦しい様を、
僕に見せたくなかったのかもしれない、そう思う・・・
でも、その苦しさを見せられなかった僕には、
自分を責める後悔だけが残った・・・
ジニョン・・・君は・・・そんなことをしては駄目だよ・・・
苦しかったら、苦しい・・・悲しかったら、悲しい・・・
そう言いなさい・・・僕は一緒に苦しんであげる・・悲しんであげる・・・
人の痛みや苦しみは、他の人間にはわからない・・・
そうかもしれない・・・
それでも、君の痛みを自分の痛みと感じたい・・・
君の苦しみを自分の苦しみと感じたい・・・ジニョン?・・・」
「ん?」
「今、すごく痛いんでしょ?僕はどうすればいい?」
「うん・・背中を・・・さすって?ドンヒョクssi・・・」
そう言って、ジニョンは素直にドンヒョクに背中を向けた
「こう?」
「うん、気持ちいい・・・」
ジニョンの頬を涙が伝っていた
でも決して悲しいわけじゃなかった
ドンヒョクの暖かい大きな掌を背中に感じて、幸せだった
お母さん・・・あなたはその時、
小さなドンヒョクssiに甘えるわけにはいかなかったんですよね
お母さん・・・あなたが病気でお辛い時、
今のドンヒョクssiがそばにいたら、
どんなにか心強かったでしょうね・・・
ドンヒョクはジニョンの背中を擦りながら話を続けた
「ジニョン・・・僕の母さん・・・本当は、良く笑う人だった・・・
それを思い出したのは、君に出逢ってからなんだ・・・
忘れてたというより、父への恨みを自分自身に刻み込むために
忘れようとしたのかもしれない・・・
でも、君に逢って・・・ある時、懐かしさを感じてた自分に気がついた・・・
母の笑顔・・・君にそっくりだった・・・」
「あなた、きっと、かなりのマザコンね・・・
あ~あ、私は、お母さんの代わりなんだ・・・」
「マザコン?君だって、今日、
セヨンssiに抱きしめられて甘えてたくせに」
「オモ、知ってたの?・・でもそれとこれとは違うわ」
「どう違うんだよ・・・」
「オンマは・・・ま、いいわ・・・甘えたことにしとく・・・
あなたはお母さんに甘えられなかったんだから・・・
いいわ、私に甘えて」
「ホント?今、甘えていい?」
「今?」
「そう・・・抱きしめて。」 ドンヒョクはにっこりとそう言った
「どうやって?」
ドンヒョクはジニョンのベッドに入って、ジニョンの横に並んだ
「狭いわ・・・」
「いいの!」
そして、ドンヒョクはジニョンの胸に顔を埋めるように彼女を抱きしめた
「まるで、大きな子供ね・・・お腹の子が笑うわよ」
「笑う?笑わないよ・・・僕の子は・・・」
ジニョンはドンヒョクを抱きしめて
ドンヒョクはジニョンとお腹の子供を抱きしめた・・・
ふたりは互いの温もりを感じて幸せだった
ドンヒョクは二人を抱きしめたまま、ジニョンの背中をゆっくりと、
優しく、さすり続けていた・・・
そんなドンヒョクの優しさに、ジニョンの痛みも自然と和らいでいった・・・
このまま・・・時が過ぎ行きますように・・・
このまま・・・何事もなく・・・
それは、ドンヒョクの・・・ジニョンの・・・
そして、傍らで見守るセヨンの偽らざる祈りだった・・・
ジニョン・・・温かいよ・・・
このままずっと・・・
・・・僕を抱きしめていて・・・