サランに会いたくて、ヨンスが毎日病院にやって来ていた
「私も、ここに寝泊りしてはいけないだろうか・・・」
真顔でいうヨンスにセヨンがあっさりと答えた
「何言ってるの?情けないおじいちゃんね・・・今から思いやられるわ
甘やかしちゃ、駄目ですからね・・子供は厳しく育てなきゃ」
「そうよね・・・オンマ、ドンヒョクssiにも言ってやって!
まだ、遊べないのに、見て?あのおもちゃ・・
毎日ひとつずつ増えてるのよ・・・こちらも、先が思いやられる。」
ドンヒョクは、不利な矛先が自分に向いたことに気がつかない振りをした
「ちょっと仕事がありますので、僕は失礼します」
そう言いながら、ドンヒョクは席を立った
「ごまかしたわね・・・・・ドンヒョクssi!そっちは仕事場じゃ・・・
また、サランのとこ行くんでしょ」
「違うよ・・・ちょっとタバコ・・・」
「さっきもそう言った」
「まあ、いいじゃないか・・・ドンヒョク、私もタバコを買いに行くよ
いっしょに行こう・・・」
そう言って、ヨンスはドンヒョクの背中を押した
「あなたはタバコ止めたでしょ」
セヨンが飽きれたように呟いたが、聞く耳を持たないかのように
二人で連れ立って病室を出て行った
「もう!子供にやきもち妬かなきゃならないの・・・私の方だわ」
「ま、いいじゃないの・・・ジニョン・・さっき、ドンヒョクにも言ったけど
あなたはもう直ぐ退院よ・・・」
「ええ、聞いたわ・・・サランはいつ頃?」
「体重が2500グラム越えるまでは無理よ
あと、400は欲しいかな・・・でも、そう遠くないと思うわ・・・
未熟児といっても、思ったほど小さくなかったし、
健康状態も良好だわ・・・」
「毎日、逢いに来てもいいんでしょ?」
「もちろんよ、あなたは毎日おっぱいを搾乳して、
冷凍して持って来なさい・・・
赤ちゃんには母乳に勝るものないんだから・・・」
「ええ・・・」
「ジニョン・・・改めて・・・おめでとう・・・
退院の目処がついた時、言いたかったの・・・」
セヨンがジニョンに向かってそう言って微笑んだ
「ありがとう・・・オンマ・・・」
「これからが大変よ・・・でも思う存分育児を楽しみなさい、
そして、サランに親にしてもらいなさい・・・」
「え?」
「親は最初から親じゃないわ・・・子供を得ることで・・・
子供に育てられながら・・・みんな親になるの・・・
私も、あなたに育ててもらった・・・
私があまり、成長しなかったのは・・・あなたに問題があったのよ」
「どういう意味?」
「フフ・・でも、サランは大丈夫・・・
あの子はきっとあなた達を素敵な親に育てるわ・・・
あのドンヒョクじゃね・・・育て甲斐があるというものよ」
「わかるわ・・・フフ・・・
ありがとう・・本当にありがとう・・オンマ
私・・・いっぱいサランに育ててもらう・・・」
「ええ、そうなさい・・・
私達は無責任にあの子を沢山甘やかせてもらうわ」
「えーーーオンマ位は厳しくしてよ~我が家の男どもはあんな調子よ・・・」
「嫌よ・・・私、嫌われたくないもの」
セヨンは、わざとらしく顔を背けてそう言った
「・・・・・・・」
しばらくして、ドンヒョクが病室にひとりで戻ってきた
「父は?」
「セヨンssiと食事に・・・」
「そう・・・サラン元気にしてた?」
「うん」 ドンヒョクが嬉しそうに頷いた
「やっぱり、サランのとこだったのね・・・」
「・・・・・・・」
「いいわよいいわよ・・・どうせもう私よりサランの方が・・・」
「うん・・・君より可愛くなった」
「・・・・・・・」
ドンヒョクにまた、ジニョンに対する意地悪心が復活していた
「ジニョン?・・・怒ってるの?」
「別に・・・」
「その顔は怒ってる」 ドンヒョクは内心面白がっていた
「怒ってません!」
ジニョンがブランケットを被って向こうを向くと、ドンヒョクは
ニヤリと笑っていた
「そう?ならいいけど・・・」
そして彼はそんなジニョンの態度を気にも止めない振りをして、
椅子に腰掛けると、おもむろに本を取りだし、黙って読み始めた
ジニョンがブランケットを被ったまま、ぽつりと言った
「・・・・・・・・・・本当に?」
「ん?」
「本当に?私より?・・・・」
そして彼女がブランケットから目だけを出して、ドンヒョクに尋ねた
「妬いた?」
ドンヒョクはそんなジニョンに、顔を突き出して近づいて言った
「・・・・・・・・・」
「君だって、僕がサランにやきもち妬いたら笑ったでしょ
僕の気持ち分かった?」
するとジニョンがドンヒョクに向き直って声をあげた
「あなたって・・・本当に性格悪い!」
「ありがとう・・・褒めてくれて・・・」
「・・・・・・・・・」
ドンヒョクは一度視線を落として口元だけで笑い、ジニョンを見つめた
「ジニョン・・・サランがどんなに可愛くても、
僕にとっての一番はいつまで経っても、君だけ・・・信じる?」
ジニョンも真顔でそれに答えた
「信じる・・・」
「君は?君にとって一番は誰?」
「・・・・・・サラン・・・」
「ジニョン!」
ドンヒョクがブランケットに包まったジニョンを捕まえる
ドンヒョクはこうしてジニョンと安心して戯れることができる今、
この時がとても愛しく思えた
ジニョンもまた、同じ思いだった
「ジニョン!もう一度聞く!君にとっての一番は・・・誰?」
「もう一度言うわ・・・サ・ラ・ン」
仕返しよ・・・
「・・・・・・・・・・」
突然ドンヒョクがジニョンを離して、うな垂れた
ジニョンはいたずらっぽく笑みを浮かべてドンヒョクの顔を覗きこんだ
「しょうがないわね・・・すぐ、拗ねるんだから・・・」
仕事では、何者にも負けない強靭な精神力のドンヒョクも、
何故かジニョンのひとことには打たれ弱い
ジニョンはドンヒョクの頭を抱いて、囁いた
「決まってるでしょ・・・あなたが一番よ・・・」
ジニョンのそのひとことに、ドンヒョクはにっこり笑ってこう言った
「そう?・・・僕は、サランだけど・・・」
「・・・・・・・!!」
ジニョンの退院を三日後に控えた日、アナベルが久しぶりに病室を訪ねてきた
「ジニョンssi・・・お加減はいかがですか?」
「ええ、良好よ・・・もう直ぐ退院だわ」
「ええ、伺いました」
「アナ・・・いろいろとありがとう・・・」
「私は何も・・・お蔭で、仕事の楽しみを味あわせていただきました・・・」
「じゃあ、もう少し、ソウルホテルにいてくれるの?」
「いいえ・・・実は・・・明日帰国します・・・」
「え?・・そんなに急に?・・昨日テジュンssi、何も言ってなかった・・・」
「ごめんなさい・・・私が、自分で言いますからって・・
黙っていて下さるように、お願いしたんです」
「・・・・・・」
「あなたのことも、もう安心みたいですし、仕事の方はユンヒssiが
あなたの代わりを担ってらっしゃる・・・
それに・・・先に帰ったロイが、早く帰って来い、とうるさいんです・・・
父からも、言われてるみたい・・・」
「そう・・・」
アナベルの言葉に、ジニョンは落胆を隠せなかった
やっと、心が通い合えたような気がしていたのに・・・
「父が、あなたからのお手紙・・・喜んでました・・・
ありがとうございます・・・サランちゃんの写真も送りました
あなたがお生まれになったとき、こんな感じだったんだろうか・・・
そう言って泣いていたそうです・・・ロイが教えてくれました・・・」
「そう・・・」
ジニョンはヤンの気持ちが痛いほど分かった
人は親になって初めて、親の気持ちが分かるという・・・
本当にそうね・・・
「アナ・・・また、会えるわよね、私達・・・」
「ええ・・・」
「会いに来てくれるわよね・・・」
「ええ・・・必ず・・・」
「・・・・・・・」
「あの・・・ドンヒョクssiは・・・」
「あ・・今、仕事片付けてる・・・すぐ来ると・・・あ、ドンヒョクssi・・・」
ドンヒョクが部屋から出てきてアナベルを見つけた
「やあ、アナ・・・いらっしゃい」
「アナが・・・お別れの挨拶に・・・」
「帰国するの?」
「はい、明日午前中の便で発ちます・・・」
「そう・・・いろいろ、ありがとう・・・」
「私は・・・何も・・・私の方こそ・・・
色々と・・・ご迷惑かけました・・・」
アナベルの声が次第に小さくなっていった
「サランに会った?アナ・・・」
ジニョンがさりげなく話題を変えた
「ええ、もちろん・・・さっき、ここへ来る前に・・・
この前伺った時より、また大きくなって・・・
お二人に似て、とても可愛い・・・」
「ありがとう・・・」
「あの・・・ジニョンssi・・・」
「何?」
「あの・・・最後に・・・・・・」
アナベルが言いにくそうに、言葉を淀ませていた
「どうしたの?」
「・・・お願いがひとつあります・・・」
「何かしら・・・」
「あなたが、どうしてもお嫌なら・・・断ってくれていいです・・・」
「・・・・・?」
「ドンヒョクssiと・・・いいえ・・・
フランクに・・・キスさせてください・・・・・・」
「え?」
「私の・・・ファーストキスです・・・
どうか・・・笑わないで下さい
フランクの為に・・・そうずっと思っていました・・・」
アナベルはそばにいるドンヒョクの顔を見ることなく、
ジニョンに向かって切々と訴えた
「あ、ごめんなさい・・・やはり・・・嫌ですよね?・・・
無理なさらなくていいです・・・あなたが嫌なら・・・」
「アナ・・・そういうことは・・・」後 ろに立っていたドンヒョクが口を開いた
「いいわ・・・」 殆ど同時にジニョンがそう答えた
「ジニョン・・・いいわ、って・・・そんな、簡単に・・・」
「アメリカではキスは挨拶だわ・・・
兄が妹にキスすることってあるでしょ?・・」
「だからって・・」
「アナ・・・私は見ていない方がいいの?こっちを向いているわ・・・」
「ジニョン・・・勝手に決めるな・・・」
「ドンヒョクssi!男らしくないわよ・・・早く、して・・・」
「して、って・・・」
アナベルはふたりの掛け合いに何も口を挟まず、ただ、ドンヒョクを見ていた
「あ・・・アナ・・・大切にしてきたことなら・・・
余計に・・・本当に愛する人と・・・」
「フランク・・・本当に愛する人と・・・今は・・・だからこそ・・・
初めてのキスを・・・あなたに・・・
私のあなたへの想いにピリオドを打たせて下さい・・・お願い・・・」
アナベルはそう言いながら、真剣な顔で彼に近づいた
ドンヒョクは、アナベルの真摯な瞳に引き寄せられるようだった
彼女の想いがドンヒョクの胸に響いてくる
彼女の瞳に映るドンヒョクの姿は彼女を既に受け止めていた
ドンヒョクは一度ふっとため息を吐いた後、黙って頷いた
そしてそっと、アナベルの頬に両手を添えた
二人の唇がゆっくりと静かに重なっていく
アナベルの閉じた目から落ちた、涙のひとしずくが・・・
ドンヒョクの指を美しく濡らした
綺麗なキス・・・
・・・ジニョンはそう思った・・・