【 koko の Valentine's Day
】 2話
私は、大学入学時から東医研というサークルに入っていた。
たまたま高校の1年先輩が、そのサークルの世話役をしていて
強引に籍を置かれてしまった。
特別やめる理由もなかったので、卒業まで在籍していた。
どのサークルも同様だが、入学と同時にいや?
合格発表のあたりから
サークルへの新入生の獲得にエネルギーをそそぐ。
私が3回生の時に、そのサークルに長身で洗練された物腰
端整な顔立ちの青年が、珍しく自分の意志で加入してきた。
私より年上だと言う事はすぐにわかった。
この青年が加入したものだから、今まで大奮闘していた新入生獲得合戦は、
苦労しないで、2倍もの部員にふくれあがった。
倍に膨れ上がったと言ってももともと小数サークルで30名前後。
私は、口数が多い方ではない。
こちらから歩み寄り、個人的な話題で会話をすることもなく、
顔を合わすと挨拶程度だった。
私の事を 「
先輩 」 と呼び、私はみなが 「 ちょくさん 」 と
呼んでいたのでいつからか 「 ちょくさん
」 と呼んでいた。
先輩たちも後輩だが、ちょくさんが年上と言うことでそう呼んでいた。
本来なら、 「
ちょく 」 と呼び捨てで …
ちょくさんが入学して、はじめてのバレンタインデーには、
部室の入り口に人ざかりがあった。
長身のちょくさんは頭がとびでて、
ちょくさんのまわりを女生徒が囲んでいた。
私はその横を横目で見ながら部室に入りかけると、ちょくさんの話す声が聞こえてきた。
「 ありがと~ しかしチョコはにがてなんだ。
手紙だけはいただいておきますから、チョコはもったいないから … 」
手馴れたさばき方に驚きながら、私は部室に入りイスに腰をおろした。
まだ誰もきていなかった。
読みかけの小説を開き読みかけると、
開けた本の上に大きな手のひらが
…
その手のひらの持ち主の顔を見上げた。
ちょくさんだった。
私は、手のひらと顔を何度かいききしていると、
「 チョコ … 」
用意などしていない私は、「
チョコは嫌いでたべないのでしょ~ 」
「 聞いていたんだ! あれはたてまえ
」
手のひらはまだそのままだった。
「 はあ~ 」 と溜息をひとつ吐き、本を閉じ、
隣のイスにおいてあった鞄の中から、小さな缶を取り出した。
缶から、てんとう虫のチョコをひとつ取り出し、
大きな手のひらにのせた。
ちょくさんの顔を見上げると、不思議そうに眺めていた。
「
めずらしいな~ これチョコ?
そおしていつも缶に入れて持っているの? 」
「 そうよ 。 めったにたべないけれど …
」
「 食べないのにいつも缶にいれて持っているの? 」
この時の私は、多分不機嫌な顔をしていたと思う。
ちょくさんはまだ不思議そうにチョコをながめながら、
私の横のイスに腰をおろした。
このチョコに興味を示したちょくさんは
多分知りたい事はわかったので 、邪魔くさかったが
そのチョコの事を話しだした。
「 私が鞄にこのチョコを缶に入れ、持っていることは誰も知らないと思うわ。
このチョコを人にあげたのも、はじめて !
そのチョコは、母の古い友人から、お正月があけた頃に
送られてくるの。
スイスチョコレートの老舗でマエストラーニ社が、
IMO(スイスのオーガニック認証機関)の認証を
受けた原材料のみを使用して製造したチョコレートよ。
原材料はIMOの認定を受けたドミニカ共和国やボリビアなどの
有機農家から輸入されスイスで製造・加工されているの。
乳化剤、香料、
保存料などの食品添加物は一切使用されていないそうよ。
小さなお子様にも安心して美味しいからと 送られてくるの。
私の遠い記憶にはこのチョコはすでに存在していたわ。
ヨーロッパでは、てんとう虫は 「 幸せのシンボル 」 として
広く親しまれているんだって … 以上 … 」
ちょくさんは、 「 そう~
」
ぶっきら棒に淡々と明確に説明する私の説明に感心して返す言葉も
みつからないのだろ~ とこの時は思った。
しかし、このチョコが
…
送られてくると母からいつも同じ事を聞かされていたから、
そのままを告げただけだった。
「 食べたら 」
「 いや、今は食べない 」
「 やっぱりきらいなんだあ~ 」
といいながら、私は缶からひとつ出し久しぶりに口にほおりこんだ。
にぎやかな声と共に 「 いたいた … 」 数名が入ってきた。
部員達もちょくさんに
「 はい 」 とリボンのついた箱を手渡そうとした。
ちょくさんは、さっき、部室の入り口で言っていたことと同じ
内容をさらっと言いながら、私の方をちらっと見た。
目と目があった。
「 そお~ じゃそうするわ。 そうよね~
このチョコレート 一度食べてみたかったの。」
「 ねえ~ ちょくさん私たち、ぎりチョコじゃないのよ。
まじめに告白チョコなんだから … 」
などとその日は、部会が、結局お茶会になった。
それぞれの、チョコ談議。
それぞれが、バレンタインデーの出来事を話した。
私はもっぱら聞き役で、勿論話す思い出もなかった。
新入生も入部して10か月近く過ぎ、和気藹々で、
この私もすべてにおいて違和感なく空気の存在で過ごせている。
ここの部室は他の部室とは比べ物にはならないぐらい大きく違いがある。
とにかく部室が奇麗に整理整頓されている。
そろそろ帰宅するというい時間帯になると 誰がと言うこともなく、
「
さあ~ 」 と声がかかるといっせいに片付けだす。
私もここで掃除の手順を覚えた。
その日に出たゴミは、それぞれが小分けして持ち帰る。
中央に古いが大きなテーブルがふたつ。
数年前、どなたかのお屋敷にあったものらしい。
このテーブルをおくために部屋のいらないものを
一掃し、別世界になったと伝えられている。
私もそのひとりだが、実家からはなれひとり暮らしで
人気のない部屋に帰る前に、つい人の気配がある部室に足がむく。
家族と言うより、姉妹? 兄妹? 兄弟? みたいだとよく話に出る。
それぞれが忙しい日々と言うこともあるが、
程よい距離をおき、常に前向きの思考力に感心する。
この年のこの日あたりから、私とちょくさんの距離が少し縮まった。
… ような気がする
…
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