【 I'm loving you. 追憶
】 17話
先輩はすぐに上がってきた。
大きな声で
私にもシャワーだけではなくたまにはゆっくりお湯につかれと
バスタオルを腰に巻き もう一枚バスタオルを首からぶら下げ
ミネラルウォターを片手にリビングに入ってきた。
瞼が腫れている。
この顔で店に出れないだろうとふてくされて話した。
結局明け方まで千代紙の裏に書き込まれた文を読み
ノートも読んでいいと許可をもらっていたから読んだと話した。
ただそれだけ話しながらも涙をこぼし私を抱きしめた。
玄関に靴がなかったことを聞くと
8階のベランダから前の公園を眺めていたら
少し外の風に当たりたくなり
ふらっと着替えないまま公園の中を散歩していたら糞便を踏み、
そのまま捨てようとしたがイタリアで買ったお気に入りの靴で
洗ってベランダに干しているということで解明した。
お吸い物を作るダシだけはとってあるが
買い出しに行く元気がなかったから
お寿司をとって食べようということになった。
待っている間に今日の報告をした。
勿論先輩が一番反応を示したのは
忘れな草が置かれていたと話した時だった。
ひつこく何度もいつ置きに来たのだろうと訪ねた。
私だけがビールを飲み先輩は今日は帰るから飲酒しなかった。
夜が更け先輩は帰って行った。
帰った後 茶封筒にノートと彼女へ一通の手紙?
そんな大げさなものでは
…
メモ程度のペーパーを入れ封を閉じた。
~・~・~ ? ~・~・~
やあ~
ひさしぶり。
怒っている。
一言の挨拶もなく行くかな。
どう~
住み心地は …
とにかく …
とにかくだな~
こういうことだ。
ノートなかったらこの続きかけないだろ~
そうだ。
忘れな草でお世話になった花屋さん。
いとこだって
…
まあ何かあったら連絡してくれ
…
すぐに飛んでいくからとはいかないかあ~
じゃ~
明日
~・~・~・~・~・~・~・~・~
ノートの入った茶封筒を忘れないうちにカバンに収めた。
なかなか寝つかれなかったが目覚めは悪くない。
シャワーを済ませ先輩が簡単な朝食にと用意してくれていた
食事を取り寝室に隣接している部屋で今日着ていく服に迷った。
喪服というのも
…
そうだ! 先輩だ!
携帯を手に取りダイヤルボタンを
…
私が今日 何を着ていけばいいかとそこまで話すと
さほど考えないで
「
濃紺のスーツもっていただろ~
それにしろ。
ネクタイも黒というのはなあ~
そうだ! 濃紺にグレーの織りがある
ほれ
…
お前の母さんから京都のお土産で
僕のは少し派手目で一緒にもらったのがあるだろ。
それにしろ
…
じゃあ なぁ 」
先輩は話すだけ話し さっさと切った。
どうしたのだろ~
店で何かあったのかな~?
そんなことを思いながら携帯を眺めていた。
あとでわかったが その日はフラワーショップの彼女が
花をいけ換えに来る日だった。
電話をかけた時間は彼女が訪れる時間まで
3時間ほどあるはずだったが
その時間から先輩は外を出たり入ったりしていたと話していた。
言われた服とネクタイを出し なるほどとうなずきながら着替えた。
墓地の駐車場には8時前についた。
いつもの荷物は車に残して ショルダーバッグだけを肩にかけ
彼女のもとに向かう。
「あっ! 」 と声をあげた。
素敵にラッピングされた真紅の薔薇が一輪置かれてあった。
手に取り少し眺めていた。
この薔薇は今日 行事がすべてが終わり 彼女と二人になった時に
…
敷地内の片隅に置いた。
いつもしていることはお休みだ。
あ目玉もコーヒーもミネラルウォーターも車の中においてきたから
…
何もしないで無の状態で彼女の前に立っていた。
携帯の着信音で我に返った。
住職からだった。
あなた様がもう来られていると窓口に座っていた者から聞き
祖父に連絡を入れたらすぐにこちらに向かうということです。
供養と言ってもお経を誦えその後墓石を
…
お経を誦るのはわたくしがさせていただきますので
どうでしょ~
祖父がつき次第ということでもいいかという電話だった。
電話を切り 動揺し始めた自分がいた。
カバンに1本ぐらいは飲み物を入れておけばよかった。
今から取りに行くか自動販売機でと些細なことに戸惑い
何がそうさせているか分からない。
そうこうしていると人の気配に気がついた。
慌てて携帯電話の電源を落とした。
祖父が優しい眼差しで
「
ありがと~ そうされますか? 」
私にひと言声をかけ数回軽くうなずかれた。
住職様のお経が誦えられ穏やかな気持ちだったが
次の段階に事が運ばれようとしたあたりからどうしたのか?
また動揺している。
旅立つ前夜
手術に時間がかかり
彼女のもとに行ったのは 消灯時間の数十分後だった。
そのころ 衰弱がひどく起き上がれない状態で
会話もなく彼女の手を握り見つめあい
彼女の上瞼と下まぶたが瞳をおおい
少し見ているとうっすら瞼が離れ また閉じ
そのうち開かなくなり 小さな寝息を耳にし
部屋を出ていくという日課になっていた。
その日は 何度も瞼が閉じられるが
何度も何度も 一生懸命あけようと
…
私の方からもうおやすみ
…
と 掛け布団のふとんの上から赤子をあやすかのよう
軽くぽんぽんたたき寝つかした。
彼女は寝つく前に
「
ありがと~ おやすみなさい ......
」
とかすかにそう聞こえたように思った。
そのあと瞼が開かなかったので10時過ぎに部屋をあとにした。
まさか10数時間後に…
その後葬儀にも
…
この夏休みになるまで一度もここに足を運ばなかった。
3年
…
彼女との再会が …
彼女がこんな形で
…
涙は不思議と出なかったが
ひざの力が抜けその場に膝まずいてしまった。
慌てて祖父と住職が駆け寄り大丈夫かと声をかけられ
大丈夫ですと言ったものの立つことができなかった。
周りにいた僧侶の方々の手を借りお経を誦る間用意されていた
椅子に腰をかけさせていただきそんな自分に驚きを隠せなかった。
彼女が死をむかえたということはこういうことなんだ。
と
…
正気に戻ったのは事が全て終わり
あらためて住職と祖父から声がかけられた時だった。
住職から本堂に茶の席を設けてあるからと誘いがあったが
首を横に振り お二人は私の心中をお察しいただき
それではと何度か振り返りながら本堂に戻られた。
供養に使われた運ばれてきた物は 速やかに僧侶達の手で片づけられた。
椅子 1脚だけ残されていた。