【 I'm loving you. 3話
】
その後 患者の回復も順調で分院の方が居住地が近いという家族の希望もあり
本院から看護師1名がつき添い2週間程度で分院に搬送転院した。
分院で引き続き術後管理と内科治療が行われる。
集中治療室から一般病棟に戻りった患者の診察をした時
聴診器で腸の動き 心音等を聞きながら
何気なく床頭台のあたりに目線がいき聴診器を耳からはなすと患者が
「
かわいい花でしょ~
」 と 言った。
気にも留めていなかったので再度眺めた。
患者の話によると彼女からの差し入れの花らしい。
退院時までその同じ花が欠かされることはなかった。
回診時 気がつけば 何気なくいつも眺めていたように思う。
彼女には、 手術日以降1度も会うことがなかったが
患者のところには週に2回程度面会時間ぎりぎりに私服で駆け込んでくるらしい。
患者が彼女に花の名前を聞くと
花の名前は 「忘れな草」 という花で
花言葉は 「
私を忘れないで 」 「 真実の友情 」 「 誠の愛
」
と 床頭台の引き出しからとり出した
彼女に書いてもらったというメモを見ながら話していた。
回診時に患者から彼女の話を多く聞かされた。
患者と彼女の出会いは彼女が入院時の主治医。
初対面の印象は 私を含め手術室の関係者の多くが感じた思いと同じだったようだ。
分院では卒業したてでも指導者のもと、主治医として患者をもたせるのだと…
患者も入院時の診察で、 なんてなめられたものだ。
こんな卒業したてのような若いましてや女医。
隣の患者とよく似た病気で丁度入院時に主治医の回診中で
経験豊そうな男性医師 その直後だけにますますいらいらがつのり、
入院時 彼女の問診 診察が終わり患者は
「
わしはこの病院から死んで帰るわけにはいかん。
あんたには、わしの病気はなおせん。
いいか別の医者に …
」 と 言ったらしい。
彼女は顔色ひとつ変えることなく凛とした態度で
「
分かりました。 戻りましたら上司とこの病棟の看護長に申し伝えます。」
頭を下げその場を離れようとした時 その患者が急に申し訳なく思い
「
悪いな~ わしは早く治して仕事に戻らなければいけないんだ。
ここで会社をつぶすわけにはいかんから
あんたには気の毒だがモルモットには なれん。
」
彼女は患者に向かって
「
私のことは気にされなくていいのですよ。」
と かわいらしいあの笑顔で
「病気は私たち医師だけが治すのではありません。
私たち医師と看護師 そして患者さん ご家族皆が
いち丸となり信頼のもと完治し お元気で日常生活に
…
問題が起きればそのつど患者さんにとって一番いい方法を
…
勿論できることとできないことがありますが
今回の患者さんからの申し入れは なんら問題なく解決することです。
早く良くなればいいですね。 お大事に
…
」
彼女が病室を立ち去った後 隣の患者が
「あんなことよういいますなあ~ あの先生は卒業したてやあれしませんでえ~
あんたの前のそのベットの患者もあの先生で
わしなんか何度 主治医をあの女医さんに変えてもらいたいと思ったか知れません。
ええ先生ですで~ 」
そんな話をしていたら看護婦長がきて
「
お話聞かせていただきました。
主治医交代がご希望ということでお隣の方と同じ先生になりました。
入院時の診察は午後から先生のあいたお時間にのぞかれるそうです。」
看護婦長が立ち去ろうとした時、 さっきの先生でいいとつげたらしい。
隣の患者に話を聞いたからではない。
部屋を出て行く時と
入ってきた印象と違い
彼女の後ろ姿が大きく見えたと話した。
それからの出来事を聞いただけでもかなりこの患者は
ぐずったようだがそのつどの対応が
10年の月日を積み重ねた私も関心し教えられた。
病室へ面会の時も 新しい花をいけ直し、
いかがですかと聞き 患者の話を聞き
お大事にと10分程度で帰っていったらしい。
それから半年余り時は流れた。
今年の暑さは格別と毎年そういいながら
過ごしているような気がするが、 とにかく暑かった。
少し過ごしやすくなり自動販売機でコーヒーを買い、
例の場所に …
いつものベンチに近づき いつもの風景と違った。
一度経験したが誰かがいる。
今回は立ち止まることなく一歩一歩その場に近づくと
まさかと今 目にしている後景に目を疑った。
数年前
急に会わなくなり
もしやあの若さで急変し他界したのではと頭をよぎり打ち消した。
あの時の彼女が
…?
自分でも気がついたが早足になっている。
以前はベンチの後ろを重い足を運んだが、今回はベンチの前を通り足を止めた。
そしてベンチに腰をかけている者を見た。
前と同じく 毛糸の帽子をかぶり 淡いピンク系のガウンを着 編み物をしていた。
私の気配に気がつき顔をあげた。
私は驚きで血の気が引くのを感じた。
その時の彼女が
…
軽く一礼しいつもの席に
…
手に持った珈琲を口もとにあてがったとき
袋に編みかけていたものをしまい
「
こんにちわ。 お久しぶりです。」
と、 声がかけられた。
声に覚えがあり再度彼女の顔を見た。
あの患者の主治医の彼女が目の前にいる。
その彼女があの時の
…
「
お久しぶりです。」
と 本院の詰所でのあの時の言葉が思い出された。
席を立ち紙袋をはさみ彼女の座っている椅子に移動した。
言葉が見つからず 私は黙ったままだった。
着ているものは違ったが微笑みはかわらなかった。
透き通るような白い肌は、患者の付き添いのときとは違い
病的なものでかなりあの時より痩せていた。
ひとくちコーヒーを飲み目線は遠くの景色に向けた。
しばらく沈黙が続いた。
コーヒーも飲み干したころ彼女が
「
前の時の毛糸は夏用のものだったのですよ。
あの時いっぱい編んだものが役に立つなんて
…
ああ~ まだ髪の毛 抜けていないのですよ。
前回退院後ず~っと伸ばした髪の毛切ってきました。
気にいらないヘヤースタイルなので 帽子でカモフラージュです。
今回は冬用の毛糸で編んでいます。」
静かに語った。
私は胸がつまりこみあげてくるものを抑えるので必死だった。
席を立ちいつも座るベンチに移動した。
そして、煙草に火をつけ 目から流れ落ちた物をさりげなく拭った。
ポケットの携帯が振動した。
術後患者のデーターがそろったという連絡だった。
すぐ戻ると一言言って携帯を切った。
立ち上がり 「
じゃ~ 」 と 一言を残し立ち去った。
数歩歩き出したが、 彼女の座るベンチに戻り
「
いつからここにすわっているの?
」
この時、 言葉は数えきれないほどあるのに
はじめてかける言葉がこれかと自分でも情けなかった。
他にことばがあるだろ~ と思いながら彼女の言葉をまった。
彼女はきょとんとして
「
1時間ぐらいです。 」
と 答えた。
「
そ~ こんなところで長いは 身体に良くない。 そろそろ部屋に戻った方が …
」
そこまで言いかけ自分で何を言っているんだと情けなく思っていると
彼女が 「
そうですね。」 と
再度袋から取り出した編みかけの帽子を紙袋に詰め込み席を立った。
その場所に彼女一人を残して立ち去るのが気がかりだった。
ふたりはベンチを離れゆっくりした歩調で歩きだした。
しばらく沈黙が続いたが、
彼女が乗るエレベーターの前まで彼女がゆっくりしたテンポで静かに語った。
前回は運がよくドナーがみつかり仕事に復帰できたらしい。
今回の入院は、 身体の倦怠感が続いていたが
今年の夏は暑かったから疲れがでたのかな~
風邪でもひいたかな~と 数か月ほっておいたらしい。
職場でめまいがして倒れた時、
以前の事があるので大事をとって検査をしたら 検査の値が
おかしいということで精密検査入院というたてまえで入院に至ったが
この入院は検査入院ではないことを彼女は分かっていると淡々と語った。
担当患者には、 急に長期海外出張という事にしてあるらしい。
私は彼女の淡々と語る 黙って話を聞くだけで何も話さなかった。
話さないのではなく 言葉が声にならなかった
…