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aoiルーム
aoiルーム(https://club.brokore.com/hollyhock)
aoi32の創作ストーリーを集めたお部屋です。 どなたでもご覧いただけます。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。
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シュシュ
兄妹のように一緒に過ごしてきた裕貴と真由。                                             おたがいに思い合っているのに素直になれなくて…
No 12 HIT数 4620
日付 2009/04/04 ハンドルネーム aoi32
タイトル シュシュ -12- 夏の扉 
本文




  -12-  夏の扉

 

7月になった。

真由が足を捻挫してから2週間が過ぎようとしていた。

ゆっくりだが、真由は歩けるようになっていた。

ただ、中途半端なままで子供達の相手をすることは
できなかったので幼稚園の仕事はずっと休んでいた。  


その日の午後 真由は部屋の窓を開けて外の景色を眺めていた。

綺麗なスカイブルーの空が広がっている。

そして、目の前に広がる庭には
鮮やかなイエローのひまわりが真夏の太陽を浴びて誇らしげに咲いている。


真由の顔にふっと笑みが浮かんだ時だった。

ピンクの携帯電話から“美女と野獣”のオルゴール音が流れた。

 

「ヒロちゃん?」

真由はぱっと顔を輝かせて叫んだ。


『ああ。かおりは帰って来たか?』


「ううん。まだ小樽にいるみたいよ。」


『何考えてるんだ! 韓国から帰って来たと思ったら今度は北海道か?』


「都会派ミステリーから旅情サスペンスに転向するのかしらね。」


『・・・・・』


「ヒロちゃん?」


『・・呆れて何も言えない。もう、かおりなんて放っておこう。
 俺はもう少ししたら帰るから。 何か欲しい物とかあるか?』


「ううん。」


『何か食べたい物とかは?』


「あ、スイカ!」


『スイカ?』


「うん、スイカが食べたい!すごく食べたい!」


『わかったよ。買って帰るから待ってろ。』


「うん!待ってる!」


真由は携帯電話を閉じるとくすくす笑い出した。


あれから・・真由が怪我をした日からずっと 裕貴はこの家に泊まっていた。

一週間前、韓国からかおりが帰って来た時も 
3日も経たないうちに「今度は夏の北海道ね」と言って旅立った時も
裕貴は激怒していたが、それでも自宅のマンションに戻ろうとはしなかった。

かおりもそれを見越して外出したのだが・・

裕貴は 家を出てからもそのままにしてあった彼の部屋で寝て
そこからスタジオやオフィスに向かった。

以前と同じように、裕貴と一緒に暮らせて真由は嬉しかった。

たとえ兄妹としてでも、毎日が穏やかに過ごせることに
安心していた。


「夕食は何にしようかな。」

真由がキッチンに向かい冷蔵庫を開けようとした時だった。


玄関のチャイムが鳴った。

真由はインターフォンのモニターを見て相手を確かめる。


「あ・・。」

真由は小さく声を上げた。


来客は風間浩介だった。

 


  * * * * * *

 


「レモンのヨーグルトムース、メロンのゼリー、マンゴープリンです。」


白い箱の中には涼しげな色のスウィーツが並んでいる。

風間の説明を聞きながら真由は目を輝かせる。


「すごーい、みんな美味しそう!
 これ・・全部 風間さんが作ったんですか。」


「ええ、まあ 一応、商売なので。」

風間は笑いをこらえながら答える。


「やだ、わたしったら! またボケたことを言いましたね。
 風間さんはパティシエさんなんだから 
 全部作ったのに決まってるのに。」

真由は恥ずかしそうに両手で口を押さえながら言った。

風間はそんな真由を穏やかに見つめる。


「だいぶ元気になりましたね。足はもう痛みませんか?」


「はい、もう大丈夫です。ゆっくりなら歩けますし、
 階段はまだちょっと大変なので下の部屋で寝てますけど。」


「良かった。安心しました。」


「風間さんにはご心配をおかけしました。ごめんなさい。」


「いえ、僕の方こそ お見舞いに来るのが遅くなってしまって
 すみません。
 あれから・・色々あって バタバタしてしまって・・
  今日になってしまいました。」


「お忙しいのに何度もお電話をいただきました。」


「忙しいというか・・いろいろ考えることがあって
 ずっと迷っていました。」

 

真由の表情が曇る。

あの夜の悲しげだった風間の顔を思い出した。

優しくて穏やかな風間を追いつめてしまったあの夜。

今でも真由の胸が痛む。

風間はそんな彼女の様子に気づいて心を決めた。


「真由さん。」


「はい。」


「来月の初めにパリに発つことになりました。」


「え?」


「以前、向こうに留学していた頃の仲間が店を出すことになって
 僕も手伝うことになりました。」


「・・・・・」


「前から来てくれないかと頼まれていたのですが、
 ずっと迷っていました。
 でも、もう一度パリに行って 自分の力を試したくなったんです。
 もっともっと皆が喜んでくれるようなケーキを作りたい。
 だから決心しました。」


「・・・・」


突然の風間の話に 真由は驚いて声も出ない。

もしかして、風間にそう決めさせたのは真由のせいかもしれなかったからだ。

自分の曖昧な態度が風間を傷つけてしまった。

真由は動揺したまま風間を見つめる。


「真由さん。」


「は・・い。」


「真由さんも一緒に・・パリに行ってくれませんか?」


「え・・・?」


「僕は・・あなたと離れたくない。ずっと一緒にいたいんです。」

 

真由はますます目を丸くして風間を見つめた。

風間は真剣な眼差しでまっすぐに真由を見つめ返した・・・。

 

 

 

  * * * * * *

 

 

家の前に見知らぬ車が停まっていた。

裕貴はその車に少し距離をあけて停めると車から降りた。

その時、自宅の門から出てきた風間と会った。


二人の男は無言のまま頭を下げて短い挨拶を交わす。


「真由の見舞いですか?」

裕貴の低い声が響く。


「はい。」

風間も無表情のまま短く答える。


すらりと長身の二人の男が黙ったまま向かい合っている。

そしてお互いの目の中に静かな炎が燃え上がっていることを確認する。

しばらくして、その静寂を破ったのは風間だった。


「阿川さん。」


「はい。」


「僕は今、真由さんにプロポーズしてきました。」


「え?」


「来月僕はパリに発ちます。
 その時 真由さんに一緒に行ってほしいと告げました。」


「・・・そうですか。」


「彼女が何と答えたか気にならないんですか?」


「それは真由の問題です。
 あいつが自分で決めたことですから 
 俺は何も言うことはありません。」


「そうですか。」

風間はそう言うとふっと笑った。

「僕はあなたの考えてることがわからない。
 なぜ、そんなに冷たく出来るのか・・彼女のことを思っているのに
 なぜ、そんなに突き放せるのか・・。」


「突き放すなんて出来ない。」


「え?」


「俺が強がってるだけです。
 本当は真由のことが心配で心配で仕方がない。
 でも、束縛することはできない。」


「でも、言葉にしないと気持ちは伝わりませんよ。
 真由さんはあなたの思いに気づいていない。」


「・・・・・」


「僕はいつも真由さんに自分の気持ちを伝えてきたつもりです。
 だから、もう待つのはやめました。
 ・・・真由さんをパリに連れて行きます。」


はっきりと告げる風間の瞳は強い決意に溢れていた。

裕貴は黙ったまま風間を見ている。

 

「今日はこれで失礼します。」


風間はそう言うと 裕貴に背を向けて車に乗り込んだ。

車のエンジンをかけ、シートベルトを締め、何気なくバックミラーを見た。

え? ・・一瞬 風間は何か信じられないような光景を見たような気がした。


如何にもその業界風のスタイリッシュな容姿の裕貴が
彼の車の助手席から大きなスイカを取り出して紐ごと吊り下げた。
よほど重いのか少しよろめいたように見える。

裕貴はそのまま門を開けて家の中に入っていった。

あのスイカは きっと真由が食べたいと言って裕貴に頼んだのだろう。

決して風間には甘えたり我儘を言わない真由。

これが一緒に過ごした時間が 
数ヶ月と二十年という年月の差なのかもしれない。

お互いの事をわかりすぎてるからこそ、それ以上 先に進めない。


風間はなぜか笑いがこみ上げてきた。


しばらくして、気を取り直した彼は車のハンドルをぎゅっと握った。

 


  * * * * * *

 

「あ、ヒロちゃん お帰りー!」

キッチンにいた真由が嬉しそうに声を上げる。

「スイカ買って来てくれたの? すごく大きいね!重かったでしょう。」


「重い。」


「ありがとう、ヒロちゃん。」


「まったく・・楽譜より重い物は持ったことがないのに
 この指が使えなくなったらどうする。」

スイカをどしっとテーブルに置いた後
大袈裟にひらひらと手を振る裕貴を見て 真由はぷっと吹き出す。


「はいはい、阿川大先生にスイカが食べたいなんてお願いして
 申し訳ありませんでした。」

真由はそう言うと裕貴の右手を取った。

裕貴は何だ?という顔をする。


「マッサージしてあげるね。」

真由は自分の手に裕貴の手を乗せて
もう片方の手で彼の指を揉み始めた。

裕貴の長くて綺麗な指を一本ずつゆっくりと丁寧に伸ばしていく。


「ピアノを弾く大事な指だものね。」


「・・・・・」


「ヒロちゃん。」


「うん?」


「もしかして、家の前で風間さんに会った?」


「ああ。」


「今日ね、一緒にパリに行ってほしいって
 プロポーズされちゃった。」


「そうか。」


「わたし・・どうすればいいのかな。」


「俺に聞くな。」


「ヒロちゃん。」


「そんなことは自分で決めろ。」


「・・そう言うと思った。」

真由はくすっと笑うとうつむいた。
そして唇をきゅっと結んだ。

「わかってる。ちゃんと自分で決めるわ。」

真由の胸が微かに痛む・・やっぱり“行くな”とは
言ってくれないのね。

 

「真由。」

今度は裕貴が真由の手を握りしめる。

真由がゆっくりと顔を上げると裕貴と目が合った。


「来週からKeiのコンサートツアーが始まる。
 俺もディレクターとキーボードで参加するんだ。」


「え?」


「だからここには当分来られない。真由は一人で大丈夫か?」


「だ、大丈夫よ。もう歩けるし・・わたもそろそろ幼稚園に
 行かなくちゃ!
 それに・・ママももうすぐ帰ってくると思うし・・もう大丈夫。」


「そうか。」


「じゃあ、わたしは夕食の支度をするね。
 あ、スイカも冷やさなくちゃ!
 ・・大きいから半分に切らなきゃ入らないね。」


真由は涙が零れそうになるのをこらえて明るく言った。


「そうだわ、ケーキもあったんだわ。
 どうしよう。・・ヒロちゃんもケーキ食べる?」


「いらない。」


「え~!」


「俺は甘いものは苦手なんだ。それに、あの男が作ったんだろう?
 尚更嫌だ。食べたくない。」


「やだー、ヒロちゃんってば また嫉妬してる?」


「まさか。それより、スイカも全部食べろよ。
 せっかく買って来たんだからな。」


「一人で?」


「もちろん。」
 

「えー!そんなに食べきれない!」


「いつだったか、真由も同じようなことを言ったな。
 そうだ、ロールケーキ・・あれもけっこう大きかったな。」


「う・・。」


「俺は全部食べたぞ。あれも大変だったな。」


「わかったわよ。全部食べるわよ・・。」


真由はぶつぶつ言いながら裕貴を軽く睨んだ。

そして、少し考えた後 何かを思いついたのか、
ぱっと顔を輝かせた。
 

「そうだわ!今日の夕食はケーキとスイカにする!
 そうすれば何も作らなくて済むじゃない!
 うん、そうしよう。」


裕貴は え?と驚き 真由は満足そうに何度も頷きながら笑った。

 

 

 


こんな風に のんびりと穏やかに過ごしていたから
気づかなかった。

真由が自分から離れていくなんて思いもしなかった。


7月の終わり 裕貴はコンサートツアーの合間に一度、家に戻って来た。

出迎えたかおりは息子の顔を見るなり言った。

 

「真由は今日 成田に行ったわ。パリ行きが早まったそうよ。
 裕貴がぐずぐずしてる間に あの子はちゃんと自分で決めて
 扉を開けたみたいね。」

 

裕貴はその場に呆然と立ちすくんだ。


かおりの言ってる事が理解できなかった・・・。






つづく…











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