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aoiルーム
aoiルーム(https://club.brokore.com/hollyhock)
aoi32の創作ストーリーを集めたお部屋です。 どなたでもご覧いただけます。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。
サークルオーナー: aoi32 | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 297 | 開設:2008.03.05 | ランキング:100(3927)| 訪問者:1349414/1886655
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シュシュ
兄妹のように一緒に過ごしてきた裕貴と真由。                                             おたがいに思い合っているのに素直になれなくて…
No 3 HIT数 5941
日付 2009/04/03 ハンドルネーム aoi32
タイトル シュシュ -3- 笑顔の理由
本文



 -3-  笑顔の理由  



「わあ、美味しそう~!」


真由は目を輝かせて出来上がった桜のロールケーキを見た。


「一日かけて桜の塩漬けを生クリームにしみ込ませるんですね。

知らなかったわ。ただ刻んで入れるだけかと思った。

だから、こんなに桜の風味がするのね。」



月曜日。

“パティスリー・マリアージュ”の定休日だったその日
真由は仕事が終わった後 風間の店を訪れてケーキの作り方を教わっていた。

遠慮がちに店の厨房に入って来た真由は、物珍しそうに辺りを見回した。


「風間さんは毎日ここでケーキを作ってるんですね。」


明るく笑う真由を見て、風間は満足そうに頷いた。

そして 淡いピンクのエプロンをつけて、
長い髪をバンダナで覆った真由を見て思わず笑ってしまった。

真由は恥ずかしそうに頭に手を当てながら言った。


「すみません、わたし 形から入るんです。」


「よく似合いますよ。

真由先生はきっと普段も料理をするんでしょうね。」


「ええ、少しだけですけど・・・

母は忙しくてあまり時間がないものですから。」


「何かお仕事をしてるんですか?」


「ええ。推理小説を書いてるんですよ。」


「え、そうなんですか?」


「はい。ミステリー作家の阿川かおり・・ご存知ですか?」


「え? あの、阿川かおりさんですか?

もちろん知ってますとも。そうなんですか?」


「ええ。」


「そうなんだ。・・・ああ、そうか。

真由先生の名前は竹内真由さんでしたよね?

だから、わからなかったんだ。」


「・・・あの、風間さん 

スポンジの巻き方をもう一度教えてください。」


真由はさりげなくその話題をそらすように言った。

風間はここに浅い切れ目を入れると巻きやすいんです、
と言って真由の隣で笑った。



  *  *  *  *  *  *  *



定休日にもかかわらず、店の中は明るいライトで照らされていた。

誰もいない店内はひっそりとしていて、何度か同僚と
一緒に訪れたことのある真由は賑やかな話し声や笑い声が
まったく無いことに不思議な感じがした。


「あの、今日はありがとうございました。

とても楽しかったです。風間さんに教えていただいたから、

美味しそうなケーキができました。

でも、せっかくのお休みだったのに・・すみません。」


「そんなことないですよ。僕も楽しかった。

あなたと一緒にケーキを作れるなんて思ってもいなかったので。」


「ごめんなさい。図々しい事をお願いして・・。」


「いえ、僕にできることなら何でも頼んでください。」


風間があまりにも嬉しそうに笑うので、真由もつられて笑ってしまう。

 

「ありがとうございます。・・じゃあ、そろそろ帰ります。」


「あ、今日は送って行きます。車で来たので。」


「そんな・・まだバスもありますし大丈夫です。」


「遠慮なんかしないでください。

それよりお腹は空いてませんか?」


「え?」


「良かったらどこかで食事でもしませんか?」


「え、でも・・。」


「じゃあ、帰り道で真由先生のお宅に着くまでの間に

そうだな・・“マ”から始まる店があったら そこで食事をする、

ということにしたらどうでしょう。」


「“マ”ですか?」


「そう、このマリアージュと・・真由先生の“マ”です。」


「まあ。」


「ゲームみたいで楽しいでしょう?

もちろん、見つからなかったら・・残念ですが、きっぱりと諦めます。」


目を輝かせながら言う風間を見て、真由は困ったように言った。


「・・わたし、毎日あの道を通ってるんです。

残念ですけどマから始まるお店は・・。」


「わからないですよ。もしかしたら見逃してるかもしれないし。」


風間は悪戯っぽく笑うと真由を優しく見つめた。




  *  *  *  *  *  *  *




テーブルに置かれた“小海老天おろしそば”と“山菜とろろそば”を
まじまじと見た真由と風間は顔を見合わせて思わず吹き出した。


「ありましたね、マから始まる名前のお店・・」

真由はくすくす笑いながら言った。


「ね、あったでしょう?」


風間は得意そうに真由を見つめる。


「まさか漢字だとは思いませんでした。」


「でも、ちゃんと合ってますよね。」


車のスピードをやや抑え目に走りながら慎重に探して、
やっと見つけた店。

それはお洒落なイタリアンレストンではなく、
落ち着いた木造作りの蕎麦処だった。


「満留賀・・“まるか”って読むんですよね。

毎日バスで通ってるのに気づきませんでした。」


「ちょっと奥に隠れてますからね。でも、店の看板は見えましたね。」


「でも、風間さんみたいな方でもお蕎麦を召し上がるんですね。」


「もちろんです。いくら僕だって食事までケーキというわけには・・。

どちらかと言うと和食が好きですね。」


「そうなんですか?」


「パリで修行してた頃は、毎日クロワッサンとかクレープとか

食べてましたから 無性に和食が食べたかったですね。」


「わたしも和食が好きなんです。

あ、もちろんパスタとかも好きですけど・・。」



  ヒロちゃんもお肉より魚の方が好きなのよね。
  
    ・・何か似合わないけど・・。
  
    焼き魚とか茶碗蒸しとかが好きで、
  
    家にいた頃はよく作ってあげたっけ。

  あと なぜか焼き茄子も好きなのよね・・
  
    そうそう、生姜醤油で・・・


真由は裕貴の顔を思い出して微笑んだ。 


今度、久しぶりにごはんを食べに来てって誘ってみよう。

そして、ヒロちゃんの好きな物をたくさん作ってあげよう。




「・・真由先生。」

風間は不思議そうに真由を呼んだ。


真由ははっとして顔を上げた。

頬が熱くなるのがわかって、思わず両手で押さえた。

風間はそんな真由を眩しそうに見つめた。


「・・何かとても楽しいことを思い出したようですね。」


「え?」


「僕もいつか、あなたをそんな笑顔にすることが

できるようになるのかな。」


真由は驚いたように風間を見つめた。




  *  *  *  *  *  *  *



真由の自宅の前に車を停めて、二人は向かい合っていた。


「あの、今日はありがとうございました。

ケーキの作り方を教えていただいて、お蕎麦もご馳走になって

その上、家まで送っていただいて・・。」


「いえ、こちらこそ遅くまで付き合わせてしまってすみません。」


「いいえ、とても楽しかったです。

お蕎麦も美味しかったし・・。」


「それはよかった。」


「・・・・・」


「・・・・・・」



真由は 風間を見送ろうとしてるが
なぜか彼は車に乗ろうとしない。


「・・・あの・・風間さん?」


「こんな時はお茶でもいかかですかと

誘ってくれるものではないですか?」


「え?でも、あの、それは・・。」


どうしよう、でもママもいるし、

風間さんのこと何て説明すれば・・


戸惑う真由を見て、風間はやわらかく微笑んだ。


「言ってみただけですよ。 さあ、中に入ってください。」


「は・・い。じゃあ、気をつけて帰ってくださいね。」


「ええ。・・・真由先生・・

いや、真由さんと呼んでもいいですか?」


「え・・。」


「あのこと・・あなたの返事を待っています。」


「あ・・。」


「ゆっくり考えてください。」


「・・はい。」


「じゃあ、帰ります。・・お休みなさい、真由さん。」


「お休みなさい。」


風間の乗った車が ゆっくりと走り出した。


真由は 車が見えなくなるまで・・・

微かな胸の高鳴りが消えるまでずっと見送っていた。




  *  *  *  *  *  *  *

 


「ただいま。」


かおりの部屋のドアが開き、真由が顔を覗かせた。


「お帰り~。」


眼鏡を掛けたかおりがパソコンの画面から顔を上げた。


「ママ、夕ごはん食べた?」


「ん、適当に済ませたから大丈夫よ。」


「じゃあ、今 紅茶を入れてくるね。

美味しそうなロールケーキを作ってきたの。」


「ケーキ?」


「あ、あまり甘くないから大丈夫よ。

これならママも・・食べれるでしょう?」


明るく言う真由に かおりは眉をひそめた。


「真由、“食べれる”じゃなくて“食べられる”でしょう?

ら抜きじゃなくてちゃんと言いなさい。」


「はいっ! ごめんなさい。気をつけま~す。」


叱られたはずの真由なのに、その顔は嬉しそうに笑っている。


「あなたも今時の若い女の子だから仕方ないけど

作家の娘なんだから 正しい日本語を使わないとね。

・・ん?・・・真由。・・・もしかして・・わざと言った?」


「ふふっ、じゃあ、紅茶入れてくるから待っててね。」


真由は かおりの問いには答えずに
手を振りながら部屋から出て行った。





かおりは呆れたように笑うと、机の上の写真立てを手に取った。

そこには 5年前に病気で亡くなった夫の写真が入っていた。



   ねえ、あなた。

   真由はまだ子供なのよね。

   あたしに構って欲しくてあんなことをする。

   本当に優しくて素直な娘に育ったわ。

   あたしの教育が良かったのね。

   それに比べて、うちの息子は・・誰に似たのかしらね。

   本当にしょうがない息子よ。

   お互いのことを大切に思い過ぎて遠慮し合ってる。

   裕貴が優柔不断でしっかりしないから、先に進まない。

   鈍感で女心が全然わかっていないのよね・・

   そんな所はあなたにそっくりじゃない?


   あのバカ息子には 可愛い真由をまだ任せられないわ。

   あなたもそう思うでしょう?


   え? あたしに何とかしろって? ・・・嫌よ。


「・・・あたしはしばらく静観することにしたの。」



かおりはそう呟くとふっと笑った。

そして、写真立てを元の場所に置いた。







 
  *  *  *  *  *  *  *








腕を組んだまま目を閉じていた裕貴は 
演奏が終わるとゆっくりと目を開けた。

そして、ミキシングルームからスタジオにいる
ヴォーカリストのKeiを見た。

無表情の彼からはその意思が読み取れない。

Keiは戸惑ったように問いかけた。


「・・何か言ってよ、阿川さん。」


裕貴はふっとため息をつくとマイクに向かって言った。


「おまえはどうなんだ。今の歌で納得したのか?

リスナーに 最高に仕上がったから聴いてくれって言えるのか?」


「・・・・」


「どうなんだ?」


「・・言えないわよ。まだ納得してない。」


容赦ない言葉が飛び交い
お互いに妥協はしないことを確認し合う。


「よし、じゃあ もう一度やるか。」


「ええ。」


「・・その前に少し休憩するか。 

Kei、外に行って頭冷やして来い。15分後に再開する。」


緊張感で溢れていたスタジオ内の空気が一瞬で緩くなる。


ずっとこのレコーディングに付き合って来た
スタッフにはわかっていた。

そして、ここにいる音楽プロデューサーとしての
阿川裕貴の才能を認めていた。

アーティストに色々なタイプがいるように
レコーディングの仕方も、そのミュージシャンに
合ったものがそれぞれある。


1テイクでピッタリと決めてしまうのも、もっと良い演奏をと
何度も繰り返すのもそれぞれの個性なのだ。

歌姫と呼ばれるKeiはまさに後者のタイプだった。


彼女が衝撃的なデビューした時からずっと
裕貴はプロデュースを手掛けて来た。

Keiが詞を書き、裕貴が曲を作り、編曲し、それをKeiが歌う。


二人で一つの作品を作り上げる。


Keiは裕貴が思いつかなかったフレーズを奏でる。

そして、彼女自身でさえ気づいていない感性を 
彼女から引き出すのは裕貴の役目だった。

 

「阿川さん、さっき AXの北川さんから連絡くれって電話がありました。

携帯が繋がらないってぼやいてましたよ。」


「ああ、サンキュ。・・電源切ったままだったな。」


スタッフに言われて、裕貴は自分の携帯電話の電源を入れた。

数件の着信とメールがあった。

それをチェックしていく裕貴の指がふと止まる。


真由からのメールだった。



   ヒロちゃん、お仕事お疲れ様~(^_^)/~
   美味しいロールケーキの作り方を教わったの。
   今度、持って行くから食べてね。
   大丈夫よ。ヒロちゃんより甘いものが
   苦手なママも美味しいって言ってたから♪
   それから、たまには家にごはんを食べに来て。
   ヒロちゃんの好きなもの作ってあげる。
   来週のY2のライヴ楽しみにしてるね。  真由

 



それまで無表情だった裕貴の顔にやわらかな笑みが浮かぶ。

張り詰めた空気が漂っていた裕貴の周りの雰囲気がふわりと軽くなる。

裕貴を遠巻きに見ていたスタッフは そんな彼の様子に驚いている。

当の本人はまるで気づいていないというのに。



その時、機材だらけのスタジオに似合わない華やかな
風が吹いたような気がした。


目にも鮮やかなイェローのドレスを着た女が現れたかと思うと
ゆっくりとスタジオの中を歩いてきた。

女のモデルのようなスタイルと艶やかな美しさにざわめきが起こる。


自分に近づいて来た女の気配に気づいた裕貴は 携帯から顔を上げた。


女は満開の薔薇のように微笑んだ。


「・・・久しぶりね 裕貴。」


「・・・杏奈?」


僅かに驚く裕貴の前に立つと
女はすっと背を伸ばして彼を見上げた。


しなやかに・・裕貴の首に白い両腕が回される。


女の顔が裕貴に近づいたかと思うと、ゆっくりと唇を重ね合わせた。


細い指が裕貴の髪を弄りながら絡ませていく。


濡れたように紅い女の唇が大胆に妖しく裕貴を求めている。


それに応えるように 裕貴の手は女の細い腰をぐっと引き寄せた・・・。




つづく…












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