ブロコリ サイトマップ | ご利用ガイド | 会員登録 | メルマガ登録 | 有料会員のご案内 | ログイン
トップ ニュース コンテンツ ショッピング サークル ブログ マイページ
aoiルーム
aoiルーム(https://club.brokore.com/hollyhock)
aoi32の創作ストーリーを集めたお部屋です。 どなたでもご覧いただけます。 どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ。
サークルオーナー: aoi32 | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 297 | 開設:2008.03.05 | ランキング:100(3927)| 訪問者:1355268/1892509
開設サークル数: 1238
[お知らせ] 更新のお知らせ
容量 : 30M/100M
メンバー Total :297
Today : 0
書き込み Total : 957
Today : 0
抱きしめたい
元気で天然な美月、可愛い年下の大学生 航平                                            そして クールな大人の男 永瀬が織成す 明るい(?)三角関係…
No 2 HIT数 6048
日付 2009/04/04 ハンドルネーム aoi32
タイトル 抱きしめたい -2- 雨に濡れる月
本文


    -2-  雨に濡れる月 







  彼女は泣いているように見えた

  泣く女は嫌いだ 女は泣けば何でも許してもらえると思ってる

  “そうね 私もすぐ泣く女は嫌い 軽蔑するわ
   だからそんな女になって あなたに嫌われたかったのよ”

  そう言う彼女の瞳は 悲哀の色を湛えて濡れていた

  皮肉にも 僕はその彼女が今まで見た中でいちばん美しいと思っていた 



                   永瀬聡 著  「硝子の雫」より

 

 


「あっ、あの 永瀬先生でいらっしゃいますよね?
 わたくし、先程お電話しました S社 編集部の大野と申します」


ぼんやりと自分を見ていた美月を訝しげに見返している永瀬に気づいて
彼女は慌てて自分の身分を名乗った。


永瀬は ああ、と納得すると おもむろに濡れたウインドブレーカーを脱いで
その場で水滴を振り落とした。

Tシャツ姿になった永瀬は すらりと長身で、端正な顔立ちにもかかわらず
その身体は筋肉質で美しく均整の取れたものだった。

 

「どうぞ」

低くて心地よい声が響き渡る。

永瀬はエントランスのオートロックをカードキーで解除して
美月をマンションの内廊へ招き入れた。

その優雅で静かな物腰に美月は 仕事でここに来たことを忘れそうになった。


噂どおり、永瀬は無口で物静かな男だった。

20階に向かうエレベーターの中でも 彼はひと言も喋らずにいた。

だが、不思議なことに美月にはそれが苦痛ではなかった。

 

少しの間待つように言われた美月は 驚くほど広い部屋に通された。

その吹き抜けのリビングルームに入った途端、美月は 床面近くから天井まで 
ガラスウォールが立ち上がるパノラマウインドウに目を奪われた。
壁一面が窓になっていて 雨が降っている今は、大小様々な透明の雨粒が
窓ガラスに飛んできて なだらかな雫となってゆっくりと下に落ちていく。 

晴れた日には 眩い朝日の到来も、昼間の広々とした空の青さも、
心にしみるようなオレンジ色の夕日も、都会ならではの美しい夜景も
思いのままに楽しむことができるだろう。


“こんな所に住んでる人がいるのね”

美月は深いため息をつきながら 雨で霞んでいる外の景色を眺めていた。

 

シャワーを浴びて淡いブルーのシャツに着替えた永瀬が、
タオルで髪を拭きながら部屋に現れた。

そして ガラスのテーブルに置いてあった眼鏡を手に取って掛けた。

細身のメタルフレームと額にかかるサラサラの髪が
尚更、永瀬を神経質で知的な印象にさせている。


「飲みますか?」

永瀬は 2本のミネラルウォーターのペットボトルを持ってきて
1本を美月の前に差し出した。


「いえ・・・  あ、はい 頂きます」

美月は戸惑いながらペットボトルを受け取った。


永瀬は蓋を開けるとミネラルウォーターを静かに飲んだ。

そして、彼がひと息ついた時 美月は慌てて言った。


「あの、改めまして 大野です
 今回、永瀬先生の担当をさせて頂くことになりました
 どうぞよろしくお願いします」

永瀬は美月が差し出した名刺を受け取るとそれをじっくりと見た。


「大野・・みつき・・さん?」


「はい、“みつき”と申します」


「そうですか」


「・・・永瀬先生の『硝子の雫』に出てくるヒロインと同じ名前でしょう?」


「読んでくれたんですか?」


「はい」


実は、わたし 永瀬先生の作品のファンなんです!
直木賞作品の「晩鐘」も、次の「償い」も、「九月の再会」も読みました
他の作品も全部読みました!

・・・ああ、こんな事 わざとらしくて言えない!


「『硝子の雫』で 主人公は恋人のことをずっと“彼女”と言ってて
 最後のところで初めて“美月”と呼びましたよね?
 わたし・・あっと声を上げそうなほど驚いて・・素直に嬉しかったんです
 ・・・なんて わたしが喜ぶのも変なんですけど」

 
目を輝かせながら喋り続ける美月を 永瀬は黙って見ている。


「先生の作品に出てくる女性って好きなんです。
 強くて潔くて・・純粋で・・・憧れちゃうんですよね。
 わたしもいつかそんな女性になりたいと思って!」


美月は力強く拳を握り締めながら叫んだ。

永瀬は目を丸くして、ただ驚くばかりだった。


「あ・・・・」

そこまで言って、やっと美月は自分の暴走に気づいて 慌てて口を押さえた。

「しっ、失礼しました」


動揺する美月を見て、永瀬は少しだけ唇の
両端を上げて微笑んだように見えた。


「笑った?」

思わず声を上げる美月。

不意を突かれてまた驚く永瀬。


「すっ、すみません!
 あの、永瀬先生はとても怖い方で、笑ったりするのを見たことがないと
 出版業界では有名だったので・・・」


ますます慌てる美月。

ああ、わたし何言ってるのーーー!


美月が自己嫌悪に陥っていると、永瀬は顎に手を当ててまた笑った。


「そうですね。 怖いと言うのはあながち嘘ではないと思います」


「え?」


「仕事になると豹変するんです」


「はい?」


「今まで担当の編集者を何人泣かせたか・・」


「・・・・・」


「大丈夫ですか?顔が引きつってますよ」


「大丈夫です!」


「そうですか。 では、始めましょうか」


「はい?」


「連載の打ち合わせに来たのでは?」


「はっ、はい! そうです」


「じゃあ、そちらに座ってください」


永瀬はそう言うとソファに座るように促した。

決まり悪そうに座った美月の向かい側に 永瀬も腰を下ろした。

美月の全身に緊張感が走って 彼女は思わず背筋を伸ばした。

永瀬はそんな美月を眺めながら また静かに笑った。

 

外はまだ雨が降り続き グレーの空を背景に
透明なガラスの雫が窓を濡らしている。


美月は まるでこの空間に閉じ込められてしまったような微かな不安とともに
穏やかな安堵の入り混じった不思議な感覚に 戸惑いを感じていた。

 

 

 

 


「つ、疲れたーーーーー!」

編集部に戻った美月は デスクの上に身を突っ伏して大声を上げた。


「どうした、美月。
 永瀬聡は噂どおりに手ごわい相手だったのか?」

近くに座っていた秋山が声をかけた。


「ううん、そうじゃなくて・・何と言うか・・
 あの先生といると すごく緊張しちゃって・・
 やわらかな物腰なのに迫力があるっていうか
 存在感があるっていうか・・
 別の意味で うちの編集長よりも怖いかも~~~!」

美月はそう言うと また、ぐったりとデスクの上に屈みこんだ。


「なのに、どうしてあんな切ない恋愛小説が書けるのか・・
 容姿は小説のイメージそのものなんだけど
 ああ! ・・わたし、ちゃんとやっていけるのかな」


「めずらしいな、美月が弱気になるなんて。
 今までそんな事なかったじゃないか」


「何だかね、調子が狂っちゃって・・話のタイミングが合わないのよ
 落ち着かない・・・っていう感じ」
 
 
ぶつぶつ言っている美月を見て、秋山は声をあげた。


「美月、飲みに行こう!」

「う?」

「おごってやるよ! 今日は誕生日だろ?」

「う・・・」

 

「え、美月 今日が誕生日なのか!いくつになったんだ?」

「わあ、じゃあ美月先輩のお祝いを兼ねて」

 

“誕生日”という言葉を耳にした編集部の同僚達が寄ってくる。


「何だ、大野。誕生日なのに祝ってくれる相手もいないのか?
 よし、今夜は全員で飲みに行くぞー!」

編集長の森田まで乗ってきた。


美月は引きつった笑いを浮かべながら、どうして花の誕生日に
付き合ってくれるのが 仕事仲間しかいないのーー?と嘆いていた。


そういえば 最近、恋愛もしてないな

最後にキスしたのっていつだっけ?

ああ、それさえも思い出せない

付き合ってた彼と別れたのが・・3ヶ月前?

ということは・・・

 

・・・・・・・・・

    ・・・・・・・・・・


はっ・・航平ーーー!!!

そうだわ、今朝 突然、航平が・・・・・

やわらくて温かかった航平のキス

 

美月は キラキラと眩しい笑顔の航平を思い出し
またどんよりと落ち込んで、どこまでも沈んで行った・・・

 

 

 


最終電車に乗って駅の改札口を出た時には もう日付が変わっていた。


やれやれ・・いろんなことがあった一日だったわね

大野美月 26・・いえ27歳 入社5年目 バリバリの編集者(だと思ってる)

今週に入って3回目の午前帰宅 

お肌ボロボロで、多少落ち込み気味・・

 


「美月ちゃん!」

名前を呼ばれて振り向くと そこには航平が立っていた。


「航平?何してんの、こんな所で!」


「僕はサークル仲間と飲んできた帰りで
 ・・・美月ちゃんこそ こんな遅くまで何してたんだよ」


「ふん、学生のくせに遊んでばかりいるんじゃないわよ。 
 わたしは・・仕事仲間との付き合いで・・」


「何だ、誕生日だからデートして来たのかと思った」


「うっ・・・」


「夜は美月ちゃんも色々忙しいと思ったから朝にしたのに
 ・・こんな事なら夜に約束すれば良かった」


「誰が航平なんかと!」


「・・・・・」


「な、何よ」


突然、航平が黙ってしまったので美月は戸惑う。

キラキラとした熱い眼差しが美月を見つめている。


「・・そのピアス・・してくれたんだ」


航平は美月の耳元をじっと見つめながら 嬉しそうに笑った。

ピアスは今朝、航平が美月の誕生日プレゼントで贈ったものだった。


「あ」

美月は短く声を上げると 自分の耳朶に触りながらぷいと横をむいた。

「これは・・たまたま、今日着た服に合ってたからつけただけで
 他のを選ぶ時間がなかっただけよ」


慌てて弁解する美月を見て 航平はくすくす笑い出した。

 

「それでも僕は嬉しいよ」

 

航平がぼそっと言った言葉に 美月ははっとしてしまう。

思わず見上げてしまった航平の横顔は純粋に照れたようで
ふわふわとやわらかで 美月は怒ることも忘れてしまった。

 

航平ったら・・ほんとに幸せそうな顔をするのね
そんな顔を見せられたら何でも許してあげたくなるじゃない

これは・・一種の母性本能・・?

 

「美月ちゃん」

「え?」

「手を繋いでもいい?」

「え?」

「それ以上は何もしないから」

「そ、それ以上って」

「今朝したようなキスとか その続きとか・・」

「ばっ、何言ってるの!」

「僕のことは弟みたいに思ってるんだよね?
 だったら手を繋ぐぐらいいいじゃない」


航平はそう言うと 少し屈んで美月の顔を覗き込んだ。

長い睫毛の繊細な瞳がじっと美月を見つめている。

否定しない美月を見て、航平は彼女の手を取って握り締めた。


「こ、航平?」

そのまま航平は美月の手を掴んだまま歩き出した。


「ちょっと!」

「行こう」

「航平ってば!」

「もう帰らないと」

「手を離しなさいってば!」

「いいから」

 

美月の言うことなど聞かない航平の手は大きくて力強い。

前を歩いていく航平の背中はすらりと美しくて広い。

 

「・・・・・」


航平と手を繋いで歩いてるうちに 美月はもう抵抗するのを止めていた。

彼の手は温かくて大きくて、美月の手を優しく包んでいる。

何の不安も緊張感もなく ゆったりと安心できる存在。


ま、いいか 減るものじゃないし・・ね


美月の顔には自然と笑みが浮かぶ。

 

ふと、その時 航平の歩みが止まったかと思うと
ゆっくりと空を見上げた。

 

「航平?」


「・・・月が出てる」


美月も見上げる。

昼間の雨で水洗いされて 綺麗に磨かれて 澄みきった秋の夜空に
まんまるの月が心地よさそうに浮かんでいる。

幻想的で淡い月の光は 空を見上げる二人を照らしている。

 

「・・・美月ちゃんと同じ 綺麗な月だね」


そんな事を言う航平の横顔の方が穏やかで美しいと 美月は思う。

 

「いつかは 僕にも手が届くかな」

あの綺麗な月にも  今 隣にいる月にも


「いつか僕は 美月ちゃんにとって
 弟なんて呼べないような存在になるからね」


「・・何言ってんだか、この子は」


ふふんと笑う美月だが その手はまだ航平に包まれたままだった。

 


再び、月を見上げた美月の脳裏に ふと、ある思いが過る。

 


今 永瀬も あの広いガラスウォール越しに この同じ月を見てるのだろうか・・・


幻想的な月の光を浴びて 静かに佇んでいるのだろうか・・・


ひんやりとした横顔のあの人は 今 何を考えてるの・・・?

 

美月は はっとして我に返った。 

そして 慌ててその思いを打ち消した。

美月は動揺し後悔する。

 


わたし・・変  ・・どうしちゃったの・・・


再びこみ上げて来た不安な気持ちを隠すように 

美月は航平の手をぎゅっと握り締め ほんの少しだけ彼に寄り添った・・・。

 






 

 


 

 








前の書き込み 抱きしめたい -3- 一緒に本屋
次の書き込み 抱きしめたい -1- 17回目のプロポーズ
 
 
 

IMX