『 Sentimental journey (9) 』
「ええ、ドンヒョクssi、近くのparkを三人で散歩してるわ。ええ、ここで待ってるわね」
青々とした芝生が広々と広がる公園の小道を歩きながら、ジニョンがドンヒョクとの電話を笑顔で切った。
陽の光がきらきらと舞い踊る小道を歩く三人のそばを子供たちが歓声をあげて追い越し、その後を大きな犬が
追いかけていく。
小鳥のさえずりのなか、露天の呼び声があがり、大きな花壇には季節の花々が咲き乱れ、大道芸人たちが
そこここで自慢の芸を披露していた。
かれんは、目の前で繰り広げられる見事なジャグリングに足を止め、盛大な拍手を送るジニョンの横をそっと
すり抜けると、震えだした携帯を手に人の輪から離れて話し出した。
なんとなく、ジェイもその後を追う。
かれんは陽光を弾いて、きらきらと水しぶきをあげる大きな噴水のそばに腰を下ろすと話し出した。
「ええ、万事計画通りよ。心配ないわ。レウォン」
ジェイは、かれんの話し声を聞くともなく聞きながら、あたりを所在無げに歩き回った。
「ええ・・そうね。そのほうがいいわね・・・大丈夫よ・・・きっとうまくいくわ。ええ・・じゃぁ、あとでね・・」
そんなジェイを、なんとなく煩そうに目で追いながら、かれんは電話を終えた。
「なぁ・・・」
ジェイが噴水の前で立ち止まるとかれんに問いかけた。
「なに?」
かれんが、胡散臭そうにジェイを見た。
「いったい、親父とリックssiをどこで会わせるつもりなんだよ。」
ジェイの言葉に、にっこりと微笑むと、かれんは空を指差した。
「あそこよ。」
ジェイはしばらく黙っていたが、その頭の中を多くの疑問符が駆け回っているのをかれんは溜め息交じりに感じていた。
「えっ・・・そ、空??」
やっと思考回路がつながったのか、ジェイが素っ頓狂な声をあげた。
「ばかね。あれよ。」
かれんは、ジェイの混乱を鼻で笑うと、雲を切り裂いて進む一機の飛行機を指差した。
「ひ、飛行機?!」
「そうよ。」
かれんは、しれっと答えた。
「いや・・でも・・・どうやって?」
まだ納得していないのか、ジェイが重ねて聞く。
「だ、か、ら」
かれんは、頭の悪い生徒に教えるように、説明を始めた。
「まず、明日の帰国の際、母さんにはちょっと体調不良になってもらうわ。そうね、軽い貧血かなんかね。
でも、テジュンおじさんからメールが届くの。
なんと、第一新聞社のイ・ジョンウォンssiが、同じ飛行機で韓国に帰国するらしい。
今、第一新聞社では、テジュンおじさんが、ソウルホテルの歴史を語るっていうエッセイを連載しているでしょ。
そこで、次回は母さんに、VIP担当の支配人代表としてジョンウォンssiと対談をしてほしいということで、せっかくだから、少し打ち合わせをしておいてほしいっていう依頼がくるの。母さんは、ちょっと体調がすぐれないけれど、そこはほら仕事だから、空港のラウンジで、ジョンウォンssiと打ち合わせをすることを承知するのよ。」
そんな小芝居に父さんがだまされるか??
「・・・いや・・でも・・搭乗前に逃げられないか?」
ジェイは、かれんの話が、どうつながっていくのか、さっぱり理解できずに尋ねた。
「ばかね。父さんがそんな状態で母さんを置いて、逃亡すると思う?」
「・・・確かに・・・」
「でしょ」
ジェイは、かれんの、だからあんたは馬鹿なのよ、という声を聞いた気がした。
確かに・・・あの父さんが・・人一倍・・いや百倍?・・独占欲の強い、ジェラシーの塊のような父さんが、
たとえ仕事とはいえ、母さんが男性と二人きりになるのは、許容しがたいだろう・・プライベートな時間に母さんの仕事が割り込み、せっかくの家族旅行を邪魔された上、母さんの体調も心配だし・・・って、そんな状況では、
普段は超クリアーな父さんの頭もヒートアップして、姉貴たちの計画を見抜けず、策略にはまるかも・・・・
「いや・・・でも・・・飛行機のトイレに立てこもったら?」
「十何時間も?」
ジェイの必死の反論もかれんは一笑に付した。
「まぁ、でもありえないことはないわね。」
「だろ?」
「ご心配なく。そちらもちゃんと手を打ってあるわ。」
かれんは、腰掛けていた噴水の縁から立ち上がった。
「レオおじさんにあれこれ手配してもらって、トイレの側の席には、ジニオッパが座ってるわ。違うトイレの側にはレオおじさんもね。」
「そ・・そうかよ。」
「ジニオッパ familyやたまたまアメリカの学会に出席していたジェニーおばさんのだんな様や、たまたまアメリカでの個展を終えたリヨンおば様のだんな様、ユノssiも同じ便で、ファーストクラスは、貸切り状態よ。
ついでに、レウォンは離陸間際に乗り込んでくるわ。」
たまたま・・って・・どんだけ総動員すんだよ・・姉貴・・・
シートベルトを締めた状態で、母さんと姉貴に囲まれて・・周りは姉貴のシンパシー集団・・
これで、逃げ場はないな・・・父さん・・
・・・ご愁傷様・・・
ジェイは、高い空の上で、激しく動揺するであろうドンヒョクをちょっと気の毒に思った。
「ジェイ、今回も逃亡の手助けでもしようものなら・・・」
ジェイの胸のうちを読んだように、かれんがジェイをにらむとそばを通り過ぎながら耳元で囁く。
「あんたたちのこと・・・テジュンおじさんにばらすわよ。」
「うっ!!」
やっぱり・・・姉貴・・・俺とユミンのこと・・
一番痛いところをつかれ、ジェイは絶句した。
「ソウルでは、シスターヨンアも、計画成功を祈ってくれているわ。みんな心優しいのよ。あんたと違って」
「くっ・・・」
策略にかけては、到底かれんに及ばないジェイは、それでも反撃を試みた。
子供のころのように、噴水の水しぶきをかれん目掛けて思いっきり振りまくと、そのまま逃げ出したのだ。
「きゃっ!!」
大人気ないジェイの仕返しに、かれんも子供のころのように、ジェイを追いかけ走り出した。
陽の光があふれるparkの噴水の周りを、まるで子供に返ったかのようにかれんとジェイが走り回り水をかけあっている。
きらきらと陽光に水しぶきが弾け飛び、それを見ていたジニョンがお陽様のような笑顔で笑い転げている。
そんな夢のような光景を遠くから眺めながら、ドンヒョクは公園の小道へと歩き出した。
ドンヒョクの瞳に、噴水の水柱の中で、ゆらゆらと陽炎のように三人の姿が揺らめいて映った。
あちこちを駆け回り子供のように水を掛け合う二人の子供たち・・・
「もう、やめなさいーー」と、声では叱りながら、けらけらと笑い転げているジニョン・・・
これは・・・これこそが・・・
ドンヒョクは、一歩ずつ三人に近づきながら、ここに至るまでの長い長い道のりを思った。
・・・これは、僕の夢の結実・・・
・・・僕がずっと夢見ていた・・・幸せな結末・・・
ドンヒョクは、そんな光景が一瞬の夢のようにかき消えてしまいそうで、足を速めた。
神様の宿題・・・
ふいにドンヒョクの胸に、あの絵本の話が甦ってきた。
人はみな神様から宿題を渡されて生まれてくるのだと・・・
だとしたら・・
僕には、どんな宿題が与えられていたのだろう・・・
そして、僕はそれをきちんとやり遂げたのだろうか・・
いつか・・いつの日か・・・
僕が長い旅を終えて、神に召されるとき・・・
神様は僕にこう問いかけるのだろうか・・・
シン・ドンヒョク
あなたは、人生の宿題に取り組みましたか?
ドンヒョクの脳裏に、ソウルホテルが浮かび上がった。
きっと、あの場所から始まった僕の宿題・・・
次々と突きつけられる課題に、僕はちゃんと答えを見出せたのだろうか・・
それでも・・
はい・・
誇りを持てる仕事に打ち込み、大切な仲間を得ました。
心を許しあえる真の友達も得ました。友情を知り、同士を得ました。
シン・ドンヒョク
あなたは愛を知りましたか?
小道の向こうでは、ジェイが降参したように芝生に寝転び、その側に立ったかれんから、絶え間ない説教を聞かされているみたいだ。
その傍らにジニョンも座り、二人の間をとりなすように、にこにこと笑いながらどこで手に入れたのかポップコーンを勧めている。
まるで、「family」というタイトルの一枚の絵のような光景・・・
はい・・・
深い孤独と悲しみの果てに、たった一人の人と出会い、愛を知り、ずっとずっと夢見てきた「家族」を得ました。
そう・・・たった一人の女性を愛しました。
その人の名は?
近づいてくるドンヒョクに気づいたジニョンが、大きく手を振った。
「ドンヒョクssi――ここよーーー」
その眩しい笑顔に、ドンヒョクの胸が切なさに揺らぎ、痛いくらいに波立った。
砂漠での運命の出会いから今日までの年月が走馬灯のようにドンヒョクの頭の中を駆け巡った。
たぶん・・・きっと・・・
すべての出来事は、偶然なんかではなく、必然なのだろう。
僕たちの人生は、大きな一枚のタペストリーを織り上げるみたいだ。
一本一本の糸はその時々の悲しみに彩られていたり、喜びの色を纏っていたり・・・
それらが複雑に交じり合い、絡まって、やがて織り成す運命の模様
悲しみや苦しみは、時を経て、奥深い彩りとなり模様に深みを与える。
喜びや感動は、色鮮やかに美しさを創り上げる。
喜びも悲しみも、縦糸や横糸となって、あざなえる複雑な・・それでもきっと美しい運命模様・・・
愛という光を纏って・・・
「もぉーー見てよ。ドンヒョクssi、まったく、この二人ったら、大人になってもけんかばかりよーー」
呆れたような口ぶりで、ジニョンは隣に腰を下ろしたドンヒョクに言いつけた。
二人の前では、ジェイがかれんにポップコーンを投げつけ始め、またもや小競り合いが始まろうとしていた。
「もーー、まったくーーーしょうがないわねぇ・・」
困ったように笑いながらも、久しぶりの姉弟喧嘩を、どこか嬉しそうに眺めながらジニョンはドンヒョクに
テイクアウトのコーヒーを手渡した。
かれんとジェイのは果てしない攻防を前に、ふっと微笑みながら、ドンヒョクはコーヒーを受け取ると、
そのままジニョンの手を握った。
ジニョンも、微笑みながらドンヒョクの手を握り返す。
温かなジニョンの手から、確かな愛がしっかりと伝わってきた。
たった一人の僕の永遠の恋人・・・
神様、僕はたった一人の女性を愛しました。
その人の名は・・・
ジニョン・・
ソ・ジニョン・・・
いつか・・・いつの日か・・・
神様の宿題にそう答えるそのときまで・・・
僕たちの旅は、続いていく
Fin
(2013/12/2 MilkyWay@Yahoo UP Sentimental journey 36・37・38・39 )