『 きっと、もっと、そっと・・・ 』
ふわり・・・ひらり・・・はらり・・・
あ・・・桜だわ・・・
かれんは、公園の中の一本の桜の樹の下で立ち止まった。
今日は休日だったが、やり残した仕事が気になって、オフィスに出社した。
その帰りに通った公園の小径で、満開の花をつけた桜が、青空の下、伸びやかに枝を広げていた。
そうか・・・もうそんな季節なのね・・・
かれんは書類で膨らんだビジネスバッグを近くのベンチに置くと、咲き誇る桜の樹を見上げた。
慌しく毎日を送っていると、つい季節を忘れてしまう。
ゆっくりと花や自然を見る余裕すらなくて・・・
いえ・・・そうじゃなく・・・
かれんは、淡いため息をついた。
こんなふうに、休日出勤したり、仕事を家に持ち帰ったり・・・
そんなふうに過ごしながら・・・目をそらし、気づかないようにしているのかもしれない。
・・・逢いたいときに、貴方はいない・・・
急に、そんなフレーズがかれんの頭に浮かんだ。
・・・これって・・・どこかのドラマのタイトルだったかしら・・
かれんは、暖かな陽射しに紺のピンストライプのスーツのジャケットを脱いだ。
こうやって、ビジネスモードから解放されると、急に頼りない気持ちになる・・・
かれんは、はらはらと花びらを散らす桜を眺めた。
花びらの隙間から、瑞々しい緑の若葉が姿を覗かせている。
君の瞳によく似た、透き通るような綺麗なgreen・・・・
そう、私にだって、こんな日はある
毎日、ここイギリスで忙しくビジネスの修行に励んでいるけれど・・・
アメリカで頑張っている君に負けないようにって、私も頑張っているけれど・・・
だけど・・
ふと、途切れた時間に、やりきれない寂しさに飲み込まれてしまいそうになる時だってある。
逢いたさに、胸がちぎれそうに悲鳴をあげて、涙が零れ落ちるのを止めることができない夜だって・・・
君は平気?
そんなはずはないのに、ちょっと意地悪な気持ちになる。
君は、「寂しい」って、言わないね・・・
分かってる・・・
そんな言葉を口にすれば、とめどなくネガティブな気持ちになってしまうから、いつだって、前だけを見つめて未来だけを語りあってきた。
だけど・・・
こんな、お天気のいい春の休日・・・ぽっかり空いた時間の中で、ここに君がいれば・・・こんな綺麗な桜を一緒に見られたら・・・という気持ちを抑えることができない。
ぽとり・・・
涙が一滴、かれんの瞳から零れ落ちた。
いやだ・・・私ったら、なにを泣いているの・・・
その時、さぁ・・・と、一陣の風が吹き、舞い散った桜の花びらが、そっとかれんを包み込むように辺りに広がった。
あ・・・・
かれんは、髪に舞い降りた、ひとひらの桜の花びらを指でつまんだ。
あのサプライズのヴァレンタインの夜
私をその広い胸に抱いて、君が一晩中囁いてくれた言葉・・
「俺はずっと、かれんと一緒にいるよ。かれんをこんなふうにいつだって抱きしめているから・・・俺たちはいつも一緒だ。もし、かれんが寂しかったり、泣いたりしていたら・・俺は必ず側にいて、こんなふうにかれんを抱きしめているよ。」
舞い散る桜吹雪に包まれて、かれんは遠くの空を見上げた。
君に伝わったの?こんな私の気持ちが・・・
かれんは、そっと頬の涙をぬぐうと、白いブラウスのボタンを二つ開けた。
すると、一枚の桜の花びらが、するり・・・と、かれんの胸元に滑り込んできた。
くすっ・・と、笑うと、かれんはそっと瞳を閉じた。
はらはらと舞い踊る花びらに包まれて・・
そう、ちゃんと感じている
こんな風に、君の愛にいつだって包まれているってこと・・
いつも・・・どんな時も、どこにいても・・・心をそっと抱きしめられて、守られている。
かれは、絶え間なく降り注ぐ桜の花びらに包まれて、全てをゆだねた。
自然にこわばっていた肩の力が抜け、ふわり・・・と心が軽くなった。
時には・・・寂しさに負けそうになることもあるけれど・・・
私たちはいつも一緒にいるよね。
そして、いつだって、限りない君の愛に包まれている・・・
そう・・・
こんなふうに・・・
そっと・・・・
今は、離れ離れの恋人たちも・・・
きっと、また巡り合える日がくる・・・
もっと、もっと深く心が結ばれて・・・
だから、今は、そっと、その日を胸に願って・・・
やがて、恋人たちに明日は訪れ・・・・そう、やっと・・・
そして・・・永遠に結ばれる日が来ることだろう。
きっと、もっと、そっと・・・
そして、ずっと・・・
(2009/4/16 MilkyWay@Yahoo UP)