ブロコリ サイトマップ | ご利用ガイド | 会員登録 | メルマガ登録 | 有料会員のご案内 | ログイン
トップ ニュース コンテンツ ショッピング サークル ブログ マイページ
Milky Way Library
Milky Way Library(https://club.brokore.com/sunjyon)
「Hotelier」にインスパイアされた創作(written by orionn222)の世界です
サークルオーナー: Library Staff | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 732 | 開設:2008.11.22 | ランキング:51(8198)| 訪問者:139163/416574
開設サークル数: 1238
[お知らせ] 更新のお知らせ
Imagination
Cottage
Private
Congratulations
Gratitude
容量 : 39M/100M
メンバー Total :732
Today : 0
書き込み Total : 898
Today : 0
恋の雫
No 10 HIT数 1358
日付 2009/03/13 ハンドルネーム Library Staff
タイトル 恋の雫 2 サイフォンsteam
本文
             『恋の雫 2 サイフォンsteam』




「すみません!」

声のする方へ、振り向いた私の目に飛び込んできたのは、夜の闇の中、シルバーグレーのグランドチェロキーをバックにこちらに駆けて来る今朝のあの彼の姿だった。

「すみません」
彼が息を切らしながら、私の目の前で止まった。

私の心臓も同時に一瞬鼓動を止めた。

「あの・・・今朝こちらで珈琲を飲んだ者ですが・・・・」
覚えてますか?そう問いかけるように彼の瞳が力を帯びた。

その言葉に、私達の視線が交わった。
私はぎこちなく頷くだけで精一杯だ。
一瞬、彼の言葉が途切れた。

「あ・・その・・・忘れ物とかなかったですか?あの・・・これくらいのスケジュール帖なんですが・・・」

これくらい・・・と彼が示したその手に、私の目が思わず吸い寄せられた。
そして、その美しさに魅了される。
一呼吸してやっと返事が私の口から出てきた。

「あ・・ええ・・・ありました。黒い手帳ですね。ちゃんとお預かりしています。」

私は、彼と視線が重なっている事に息苦しさを感じて、急いで視線を引き剥がすと、もう暗い店内を目で示した。

「今、とってきますね」

そういい、手にしていた鍵を 鍵穴にさし込み開けようとして・・・・・
まだ施錠していないことに気付き、慌ててドアを押し開けた。

ど・・・動揺しているように思われたかしら・・・

頬がかっと熱くなる。
ドキドキという心臓の鼓動が、店中に響いているように思えて・・・・

美尋!
落ち着きなさい!!

そう自分に言い聞かし、店に入ると手探りで明かりをつけた。

ぱっと店内が明るくなる。

ふわりと珈琲の残り香が漂った。

私は、なんだかもつれた足どりで、カウンターに向かった。
後ろから彼の足音が聞こえる。

カウンターの奥の小引き出しにしまっておいた黒いスケジュール帖を取り出すと、下を向いたまま、カウンター越しに彼に差し出した。

「これでしょうか?」
そっとカウンターの上に置く。

「ああ!よかったーー」
彼が大きく安堵のため息をついた。
そのまま、カウンターの椅子にどさりと座り込む。

「今日一日、気が気じゃなくって・・・たぶん、ここに忘れたのだろうとは思っていたんですけれど・・連絡しようにもここの電話番号もわからなくって・・・ネットで調べたりもしたんだけど・・・載ってたのは『ヒロの珈琲は美味しい』とかそんなのばかりで」

「あ・・ええ・あまり宣伝とかしてなくって・・・すみません・・・」

「とんでもない。こちらこそ、お手数をおかけしてしまって・・・でも、随分この店の事には詳しくなりましたよ。オリジナルが何種類もあって、毎日通っても飽きないとか・・」

「あ・・それは祖父がやっていた時のことです。私は、まだあんまり上手じゃなくって・・」

「お祖父さん?」


いつのまにか、私は彼に、この店の近況やら、今の自分の立場を話してしまっていた。

彼には、殆ど初対面の私のようなものにも、警戒心を抱かせない、自然に人が心を開いてしまうようなそんな誠実な雰囲気があった。

「そうなんですか・・・・」

私の話しに彼の視線が店内を巡り、私に戻ってきた。

「でも、今朝の珈琲・・・えっと・・M-hiroスペシャル・・・とっても美味しかったですよ。」

どき・・・・
心臓の鼓動が一つ

あの珈琲の名前を覚えていてくれたのね・・・

そしてまた彼の視線が動き、カウンターに置かれた年代物のサイフォンの上で止まった。

「い・・いえ・・まだまだです。祖父なら・・・そのサイフォンでもっと美味しい珈琲を淹れられるんでしょうけど・・・私には、まだちょっと・・・」

サイフォンの上で止まっていた彼の視線が、ゆっくりと珈琲豆を入れたキャニスターへと動いていった。

カウンターの上には、彼の忘れ物の黒いスケジュール帖が置かれたままになっていて、彼は手に取ろうとしない。

受け取ったら、すぐに帰ってしまうのかと思っていたのに、なんとなく、このまま話を終える雰囲気ではなくなっていた。

彼の視線の先を辿った私は、躊躇いがちに声をかけた。

「あの・・・よろしかったら、珈琲を飲んでいかれますか?」

「いいんですか?」
間髪をいれず、彼が返事をした。

くすっ・・・
思わず笑ってしまった。

子供のように、目が輝いている。

「いや・・なんだか、催促してしまったみたいで・・・」
彼はちょっと照れくさそうに頭をかいた。

私はただ微笑んでケトルを火にかけた。
彼は、ゆっくりと椅子に座りなおすと、片肘を突いた。

「今日一日、ここの珈琲が忘れられなくって・・・仕事先で出されたのは、珈琲とは名ばかりの香りもこくもない茶色い液体ばかりで・・・」

私はキャニスターからジャマイカブレンドの豆を選んで取り出した。
一日の終わりには、この珈琲がいいんじゃないかしら・・・

やがて、使い込んだ手回しのミルで挽いた豆の芳しい香りが、私達を包み込んだ。

「ああ・・・いい香りだな・・・・今日一日の疲れが消えていくみたいだ・・・」
彼が独り言のように呟いた。

「お忙しかったんですか?」
つい、聞いてしまった。

彼はちょっと苦笑すると、やっとスケジュール帖を手にした。

上質な表紙を開くと、ぱらぱらと捲る。

どのカレンダーにもびっしりと書き込まれた数々の予定
   AM 5:00 ロケ開始
   AM 7:00 撤収
       : 
   PM 11:00 スタジオ撮影


ちらりと覗いただけで、どの日も早朝から深夜まで、書きこみで一杯だった。
私は今朝の彼の荷物を思い出した。

「お仕事は・・写真関係の・・?」

私は挽きあがった豆をサーバーにセットしながら聞いた。
何故だろう
いつになく、私は饒舌だ。

「ええ。カメラマンをしています。」
あっさりと彼が言った。

「そういえば、自己紹介もまだでしたね。僕は、チャン・ジノ 一応写真家です。」

そういって、微笑んだ彼の姿に、また私の心臓が乱れた音を立てて波打った。

どき・・どき・・どき・・・

君は?そう目で問いかけられて、私は少し俯き加減に答えた。

「あ・・・あの・・美尋です。カン・美尋」

「ミヒロ・・・珍しい名前ですね。」

艶やかなベルベッドボイスで自分の名前を呼ばれて、私の心拍数は一気に跳ね上がった。

「あ・・・あの、父がつけたんですけれど・・・」
つい自分の名前の由来まで語っていた。

「そうなんだ・・・ミヒロssi・・・素敵な名前ですね。」

「あ・・・ありがとうございます。」

「あっ、もしかしたら、今朝僕が飲んだM-hiroスペシャル・・あれは君の名前から?」

「ええ、祖父が遊び心で作ったものを、私がとても気にいったので、そんな名前を・・・」

「そうなんだ・・・うん、とっても素敵なブレンドだったな。香り高くて深みがあって、少しほろ苦くて後味が爽やかで・・・まさにネーミング通りの・・・」

彼のその言葉に、珈琲ポットにお湯を注ぎいれる私の手が止まった。

えっ・・・?

「あ・・いや・・・」

今のは・・・いえ・・なんでもないわ・・
ただ、今朝の珈琲の感想を言ってくれただけ・・

なんとなくお互い言葉につまり、そのまま少し視線を外して、沈黙の時間が流れた。

私は珈琲を淹れる事に専念した・・・・しようとした。
心臓は、相変わらず乱れた鼓動を打っていたけれど・・・

少し震える手で、でも丁寧に真っ白なカップに珈琲を注ぎいれる。

「あの・・どうぞ・・・」

私は、出来上がった珈琲を彼の前に差し出した。

「ありがとう」

彼は、ゆっくりとカップを持ち上げると、そっと口をつけた。

彼の形のいい唇が開いて、琥珀色の熱い珈琲が含まれていく。

どき・・どき・・どき・・どき・・・

お客様のいつも見慣れているそんな仕草に、どうして、こんなに動悸がするのだろう・・・

「美味しい」

彼が持ち上げたカップの縁越しに眩しいような笑みを投げた。

その微笑に、私の胸の中の空気の温度が、少し上がったように感じる。
ほんのりと温かく、ふわりと軽く・・・・

そのまま今朝みたいな、静謐で清らかな時間が訪れた・・・
息苦しいくらいに透明な・・・


その時、静けさを破るように、彼の携帯が鳴った。

彼はカップを置くと、急いでジャケットの胸ポケットから携帯を取り出した。

薄くて黒いスタイリッシュな携帯
それを持つ彼の手・・・

「はい、ああ・・・いや、まだ外だけど・・・明日?ちょっと待って」

そう言うと、彼はあのスケジュール帖を捲った。
細く長い指で・・・・

「ああ・・・時間は?・・・OK・・・それならなんとか・・ああ・・・」

彼の大人の落ち着いた仕事モードの声に、ぞくりと私の背中が震えたが、私の目はスケジュール帖のあちこちに書かれている奇妙なマークの上に止まっていた。

それは手書きで書かれた小さなイラストで、なんだか缶か筒のようにも見えた。

なんだろう・・・なにかの記号?それとも、特別な印?

「了解、じゃ、また明日。」

彼が電話を終えたのに、私はまだじっと見ていたみたいだ。

ふと視線を感じて、慌てて私はそこから目を引き剥がした。

プライベートなものを覗き見したと思われたかしら・・・

私の視線の行方に気付いたのか、彼は「これ、なんだと思います?」とそのマークを指差し、悪戯っぽく笑った。

「あ・・えっと・・あの・・・」

ばつの悪い思いをしながらも、好奇心には勝てず「何かの印ですか?」と聞いてみた。

「うん。これは、フィルムケース」

フィルムケース?
ああ・・・なるほど・・・
確かに、これは可愛らしいフィルムケースのイラストだ。
でも、何故?

私の意図を汲み取ったのか、彼は器用にスケジュール帖の端っこに、フィルムケースを描いてみせた。

「今ではあまりフィルムを使って写真を撮る事も少なくなったけれど・・・デジタルカメラやパソコン・・・・最新の映像機器や技術の進歩には驚くものがあるけれど、僕は昔ながらのフィルム一眼レフが好きなんだ。
カメラごとに癖があって、使いこなすまでにちょっと時間と手間がかかるけれど、一旦自分のものになれば、そのカメラは、僕の目と心になる。
そして、僕が撮りたいと思ったたった一瞬を写し撮るために、僕たちは一つになる。
そんな風に撮った写真はしっかりとフィルムと僕の心に焼き付けられて、ずっと忘れる事はないんだ。
ボタン一つで簡単に消えてしまうデーターなんかじゃなく、いつまでも不自然なくらい鮮明にあるのでもなく、時と共に少しずつ色褪せたりしながら、セピアカラーとなってそっと残っている・・・フィルムカメラは、そんな所が魅力的なのかな」

もちろん仕事柄最新のものも使いこなすよ、と、ちょっと笑いながら付け足した後、さっきのイラストを指で示した。

「だから、そんな風に心に焼き付けたいような出来事や、風景、本や人・・そんなものに出会ったとき、こうやってカレンダーにフィルムケースを描いたりする癖があって・・・昔からの子供っぽい癖だけど・・・・」

照れくさそうに笑う彼を見たとき、私の胸の中の温まった空気が、うっすらと桜色に染まった。

「絵が・・・お上手なんですね」

やっと出てきた言葉は、情けないくらい普通の事だった。

「高校時代、美術部だったんですよ。下手だけど描くのは好きなんだ。」

美術部・・・・

私の脳裏にあの懐かしい美術室が浮かんできた。

絵の具の匂い・・・・さらさらと鉛筆の音・・・

そこで彼はまたちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべると、今日の日付のところに、くるくると可愛らしい珈琲カップを描いた。

「今日はとっても美味しい珈琲に出会えたから・・・」


その瞬間、私の胸の中で温められた空気が、ふいに大きくなって胸を締め付けてきた。

まるで、サイフォンの中で温められた空気のように・・・


その時、店の柱時計が時を告げた。

彼は、はっと気付くと「すみません、もうこんな時間だ」そう言い席を立った。

「おいくらですか?」

「いえ・・・これは結構です。わざわざ2回も足を運んでいただいたんですし・・・」

「でも、僕が忘れ物を・・・」

「いえ・・」

私は微笑みながら、首を振った。

「そうですか・・・じゃ、お言葉に甘えて・・・ありがとう。」
彼もにっこりと笑った。

胸の中の空気が、また一段と温度を上げた。


大きな彼の背中を見ながら店内を歩きドアまで彼を送る私の胸の中は、いつのまにか苦しいくらいに熱く大きく膨れ上がって・・・・マタ、アエマスカ?・・・・どこからか、そんな事を問いかける自分の声が聞こえてきた。

でも、実際には、そんな勇気はなかった。

その時、ドアの手前で彼はふと足を止めた。

横の壁に貼られている手書きのポスターをじっと見ている。

それは祖父が作ったもので、日替わり珈琲を説明した文章のあとに、『1週間、日替わり珈琲を全部お飲みくださったお客様に当店の珈琲クーポン券をプレゼント』と、記されている。

祖父が常連さん向けに考えたサービスだったのだが・・・・

彼は、その部分をぽんと指で弾くと、くるりとこちらを向いた。

「僕もクーポン券をゲットしようかな」

「えっ?・・あの・・・・」

彼は、しっかりと私の目を見た。


「また来てもいいですか?」

「も、もちろん・・・どうぞ、お待ちしています」

咄嗟に私は答えていた。

「それじゃ、ご馳走様でした。」


ドアを開けて夜の中に歩き出していった彼の背中を見送る私の胸の中は、まるでサイフォンの中で温められた空気が納まりきれずガラスを震わせるように、熱く大きくなって苦しいくらいに膨れ上がって・・・

ぽとり・・・・

何かがひと雫、私の胸の中に滴り落ちてきた。





                               to be continued




(2007/04/03 Milky WayUP)

 
 
 

IMX