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Milky Way Library
Milky Way Library(https://club.brokore.com/sunjyon)
「Hotelier」にインスパイアされた創作(written by orionn222)の世界です
サークルオーナー: Library Staff | サークルタイプ: 公開 | メンバー数: 732 | 開設:2008.11.22 | ランキング:51(8198)| 訪問者:139168/416579
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Imagination
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恋の雫
No 11 HIT数 2580
日付 2009/03/13 ハンドルネーム Library Staff
タイトル 恋の雫 1 drip of love  時間外のお客様
本文
       『恋の雫 1  drip of love  時間外のお客様』




カララン・・・・コロロン・・・・
少し重い木の扉を開けると、ドアチャイムが楽しげな音を立てて歓迎する。

「いらっしゃいませ、ようこそ」

使い込まれたカウンターの奥から微笑を浮かべて、片手を差し伸べ席へといざなう。

「お客様、あちらのお席へどうぞ」

祖父の字で書かれた手書きのメニューを手に、オーダーを承る。
新鮮なレモンを絞り込んだお水を差し出しながら・・・・

「『本日のコーヒー』は、当店のオリジナルブレンドになります。軽食もご用意しておりますのでよろしければどうぞ」

その間にも、ドアチャイムが音を奏でて新しいお客様の来訪を告げる。
私はカウンターへと戻りながら、笑顔でお客様をお迎えする。

「いらっしゃいませ、珈琲専門店ヒロへ、ようこそ」


そう、ここは珈琲専門店ヒロ
オーナーは私の祖父

少し古めかしいレンガ造りの壁をアイビーが這うこの店の店内には、使い込まれたどっしりとした木のテーブルが9つ
それぞれ、色も大きさも違うけど、しっくりとこの店に馴染んでいる。
高い天井と大きな窓
陽の光の溢れる木の床のあちこちに置かれた観葉植物と、祖父のお土産の民芸品の品々・・・
どこの国のものだかわからない・・・の間を香ばしい珈琲の匂いが縫うように流れている。


そんなこの店は祖父が定年後、道楽で始めた店だけど、本格的な珈琲を出す店としてファンも多い。
でも、今、私の大好きな祖母が入院して、祖父は付きっ切りで看病している。

父は技術職のサラリーマン、母は専業主婦だけど、あいにく、今年の始めに父が地方に出向になって、母無しでは1日も暮らせない父を心配して、母は父の出向についていく事になった。
結局、この店は、高校生の時から手伝っていた私に任される事になった。

丁度、司書として務めていた図書館がオンライン化のため、数ヶ月閉鎖される時期だったこともあり、私はしばらくの間、この店のオーナー代理となった。
それに、この店は私にとって特別な場所だったから・・・
この店の店名「ヒロ」は、初孫である私の名前「美尋」からとって祖父がつけたものだったのだから。

「美尋」なんて、韓国人の名前としては珍しい名前だけど、父が仕事で日本に滞在中に生まれた私に、父がつけたものだった。
きっと日本のドラマのヒロインか何かの名前でしょうね・・って母は呆れたように笑うけど、私は気に入っている。

ミヒロという響きも、美尋という漢字表記も・・・

そんなある朝のこと・・・

10時オープンに向けて、私は開店準備に追われていた。

いつも手伝ってくれているアルバイトのヒジンが、今日から大学の試験とかで、当分お休みのため、私一人でバタバタと準備をしていた朝だった。
店内を掃除して、窓を磨いて、軽食・・・サンドイッチやパンケーキやプリンやアイスクリーム等のデザート類・・・の仕込みをしていた時、カララン・・とドアチャイムが鳴った。

まだ開店前なのに・・とカウンターから身を乗り出して「すみません、まだちょっと・・・」と言いかけた私の目に長身のシルエットが写った。
午前中の光を纏って、ドアを開けたまま、中を覗き込んでいる背の高いその姿に私は一瞬呼吸を忘れた。
何故だか分らないけれど、言葉が出てこなかった。

「あの・・・いいですか?」
遠慮がちにかけられたベルベットボイス

透明な空気から零れ出た光が、体格のいい体の後ろからまるでオーラのように放たれて彼の顔を翳らせた。

「もう、開いてるかと思って・・・珈琲飲めますか?」
その声を聞いて、私はさっき窓を磨いた時に、closeの札を取り外した事を思い出した。

まだ10時には、ちょっと時間があるけど、珈琲くらいなら・・・

「どうぞ」
私はカウンターを出ながら彼に声をかけた。

そして・・・・
光の溢れる場所で、私は彼を見た。
はっ・・っと、また私の息が止まった。
端整な容姿をしたその人は・・・

深く澄んだ目が眼鏡の奥で光り、優しげな笑みを浮かべた口元に風になびく少し長めの髪・・・
まるで・・・まるで、どこかの雑誌から抜け出てきたように見えたが、よくいる自分の容姿を鼻にかける軽薄な色合いは微塵もなく、彼はどこか思慮深い雰囲気を身に纏っていた。

なんだか眩しいようなその姿は、一足早く春を連れてやってきたように思えた。

私の返事を聞いて、ドアを大きな体で押し開けた彼の逞しい肩には重そうな大きな黒いバッグが掛けられ、中から・・カメラだろうか・・が何台か顔を覗かせ、手にはたくさんの書類ケースや分厚いファイルを抱え込み、その上に今にも崩れ落ちそうに書類か何かの冊子が積み重ねられていた。

「それじゃ・・・すみません・・・」そう言って、彼が一歩店内に入ったその瞬間、なんとかバランスを取って積み重なっていた冊子類がバラバラと崩れ落ち、床の上に散らばった。

「しまった・・・」

拾おうと彼は一瞬体を屈めたが、なんとか持ちこたえていたその他の荷物が危うく散乱しそうになって動きを止めた。

「あ、私が・・・・」

思わずカウンターを出て駆け寄り拾う間、彼はそのままの姿勢でぺこりと頭だけを下げた。

「すみません・・・」

私は拾った資料を近くのテーブルの上に置きながら、席を指し示した。

「どうぞ、おかけください」

カウンターの奥に戻りながら、そう声をかけた。
はにかんだような照れ笑い浮かべた彼は、たぶん私より年上で見たところ20代の後半か30代のはじめだろうけれど、その笑顔は少年のようだった。

彼は一旦手にしていた荷物をテーブルの上に降ろすと、ぐるりと店内を見回し、「ここ、いいですか?」とカウンターの席を指差した。

「ええ、どうぞ・・・」

私の返事に、彼は静かに椅子を引くと、腰を下ろした。

一連の動作が優雅で上品だ。
カウンターを挟んで、私達は向かい合った。

どうぞ・・とは言ったものの、開店前の店内で、二人っきりで向かい合うのは、なんだか気恥ずかしかった。

・・別に、今までだって、こういうシュチュエーションはあったわ・・・

今みたいに、開店前じゃなかったけど・・・ 営業中に、カウンターのお客様と二人っきりなんて、珍しい事じゃないのに・・・
そう自分に言い聞かせたけれど、なんだか胸の鼓動が早いのは、近くで見た彼が余りに魅力的だったからかもしれない・・・・

なるべく、彼を見ないようにして、メニューを手渡した。
「オーダーがお決まりになりましたら、お声をかけてください。」

そう言って奥の厨房に一旦入った。
そこで、深呼吸をする。
落ち着いて、美尋

ただのお客様じゃない・・・・

特に意味もなく、冷蔵庫を開け閉めしたり、食器洗浄器の中を覗いてみたり・・・そうこうしているうちに、またあの印象深い声がした。

「すみません・・・」
「はい。」

「あの・・このM-hiroスペシャル珈琲っていうのは?」
「あっ・・それは・・・・」

M―hiroスペシャル珈琲

それは、祖父がほんの悪戯心で、メニューの端っこに小さく書き加えたものだった。
私が好きなモカに少しオリジナルブレンドを加えた祖父特製の珈琲を、ことのほか私が気に入ったので、美尋という私の名前をもじってつけたのだった。

今まで、オーダーした人は、その意味を知る常連さんだけだった。
数多いメニューの中から、何故それが目に留まったのだろう・・・

「あの・・モカをベースにした当店のオリジナルブレンドになりますが・・」
「じゃ、それを」
そう言って彼はにっこりと笑った。

「あ・・はい・・」
それっきり、静寂が訪れた。

光の溢れる店内の、しん・・・とした静かな空間に私が挽く珈琲の音、しゅーというお湯の音、コポコポと優しげなサイフォンの音が響き、やがて薫り高い珈琲の香りがあたりに漂い始めた。

不思議な事に、私は急に高校の美術室を思い出した。

春の午後の優しい光の中で、居睡りをしたあの教室・・・・
絵の具の匂い・・・さらさらと誰かの鉛筆の音・・・時折びりっと紙を破る音を子守唄のように過ごしたあの美術室・・・・

いけない・・・何をのんびり想い出に浸っていたのかしら・・・
私は淹れたての珈琲をゆっくり丁寧にカップに注ぎいれた。

「どうぞ・・・」
彼の前にカップを置いて目を上げると、彼の澄んだ瞳とぶつかった。

一瞬見つめあう・・・・
「あ・・・ど、どうぞ・・・」

慌てて目を逸らす私の胸はもう間違いなくドキドキと音を立てていた。
ずっと・・・私が珈琲を淹れている間、ずっと見ていたのかしら・・・
ちらっと彼を見ると、彼は目を閉じて、ゆっくりとカップを口に運んでいた。

そのまま、静かな時が流れた。
静謐で清らかな時間

あの美術室で私が過ごした刻のように・・・・

やがて、大きな柱時計が野鳥の鳴き声を流して10時を告げた。

そこで、彼はやっと気付いたらしく「あ・・もしかして開店前でしたか?」と申し訳なさそうに聞いてきた。

「ええ・・・でも、構いませんから・・・」
そう答えた私の頬はきっとほんのり赤らんでいただろう。

そのうち、ドアチャイムが鳴って、お客様が見え始めた。
今日は一人だったので、ばたばたと対応に追われる私の目の端に彼が席を立つのが見えた。

たくさんの荷物を器用にまとめて持つと、レジに向かって歩き出した。

「ありがとうございました。」
レジでお金を受け取りながら、私はちょっと俯き加減でそう言った。

「ご馳走様でした。M―hiroスペシャル、とっても美味しかったです。」
「あ・・ええ・・・」

あいまいに返事した私に、にっこりと微笑みかけると彼は春風を連れて店を出て行った。
その後姿を見送る私の胸に、さっきの微笑が一瞬にして焼きついてしまったように思えた。

もっと・・・もっと、気の利いた返事をすればよかった・・・せっかく美味しいって言ってくれたのに・・・・
いつになく、心残りだった。

そんな淡い早春の朝の事だった。



そして・・・・

その日の夜の事・・・・

最後のお客様を送り出して、柱時計に目をやると午後8時50分

閉店まであとちょっとあるけど・・・

今日は、一人でいろいろ大変だったから、少し早仕舞いにしようかしら・・・

そう思って、店内を見回していたとき、ふとカウンターの奥の席の床に何かが落ちているのが目に入った。

何かしら・・・・

近づいて拾い上げて見てみると、黒い分厚い手帳のようなものだった。

お客様の落し物?

手に馴染む使い込まれた上質の革の表紙のそれを、ぱらぱらと捲ってみると、どうやらスケジュール帖みたいだった。

カレンダーには、びっしりと書き込みがされていて、メモのところにもあれこれ走り書きのような記載がある。

2/26日 打ち合わせ 最終の確認 ロケ日決定
今日の日付にはそんな書き込みも・・

私ははっと思い当たった。
もしかして、このスケジュール帖の持ち主は・・・

あの、開店前に見えた「彼」かもしれない・・・

私は、今日一日、カウンターの奥の席に座ったお客様をあれこれ思い出してみた。

常連さん・・・カップルが何組か・・・お昼休みのOL達・・・年配の女性客が何人か・・

それから・・・

そう考えてみると、彼の他にこのスケジュール帖を持ちそうな人は思い当たらなかった。

そういえば、店に入った途端、荷物が散らばった。
あの時、落ちたのかもしれない。
そう思ったけれど・・・

ぱらぱらと捲ってみたが、彼の名前や連絡先が書かれているかはわからなかった。

というのも、いろんな人の名前やらナンバーやらイニシャルやらがランダムにびっしりと書き込まれ、どれがなんだか見当もつかない。

名刺もたくさん挟み込まれていたけど・・・
スタジオQ代表○○
アートディレクター ○○
コーディネーター ○○

なんとなく分ったのは、なんか、普通のサラリーマンのスケジュールではないみたい・・という事だけだった。

たぶん大事な物だろうけど・・・

そうは思っても、こちらからはどうする事もできない。
なんどかうちの店にこられた方と一緒に来店されたわけでもなく、近所で見かけた覚えもない。
何かの用事があって、たまたまここら辺に来て、ふらりとうちの店に入られたのなら、ちゃんと店の場所も覚えていないかもしれない。

ここで落とした事に思いあたるかも、わからない。
はぁ・・・・とスケジュール帖を手にため息をついてみても・・・・
私は、肩を竦めると、その手帳をカウンターの上に置いた。

今朝、彼が座って珈琲を飲んでいた席に・・・
ぼんやりと眺めていると、なんだかそこだけふわりと温かく優しい光を帯びているように見えてくる。
機能的でスタイリッシュで、きっと高価なものなのだろうけど、これ見よがしな派手さはなく、それでいて使い込まれた優しさと温もり・・・

書き込まれていた文字も、整った流麗な文字だった。

手帳がそのまま彼のイメージと重なった。
心のどこかで、また逢いたいと期待している自分に気付き、びっくりする。

嫌だ・・・私ったら・・・今までどんなに素敵なお客様が見えても、こんな風に思った事はなかったのに・・・
しっかりしなさい。美尋

自分にそう言い聞かせて、思いを断ち切ると私は閉店の準備を始めた。
手早く掃除をして点検し、店内の明かりを落とす。

bye-bye ヒロ

また明日ね

鍵を掛けて帰ろうと、店を出て、ドアのプレートをopenからcloseにひっくり返そうとしたその時・・・

「すみません!」
後ろから急に声をかけられた。

驚いて振り向いた私の目に、今朝の彼が飛び込んできた
またしても時間外のお客様が、予定外に私の人生に入り込んできた瞬間だった。



                               to be continued




(2007/02/27 Milky WayUP)

 
 
 

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