お見舞い用のフラワーアレンジメントのカゴを持って

病院の廊下を歩いているキハ。

タムドクから教えてもらった病室の番号を見つけると

病室のドアを軽くノックした。

「はい、どうぞ。」

と病室の中から低い声がした。

キハは、そっとドアを開けて

「失礼します。」

と言いながら病室に入っていった。

「おじさん、お久しぶりです。キハです。覚えてますか？」

「おぉ。キハちゃんか。本当に久しぶりだね。
　すっかり大人になって、綺麗になったなぁ。
　わざわざ、こんなところに来てくれて、ありがとう。」

「タムドクさんから、この間、おじさんのことを聞いて
　びっくりして・・・。」

「そうだったのかい。タムドクは、わしの病気は治ると言うが、
　わしは、わかっておるのだよ。
　そんなに長くは生きられないと・・・。」

「おじさん、そんなことないですよ。
　希望を持って治療しましょう。
　私、時々ここに来ますから。」

「ありがとう、キハちゃん。」

キハは、近いうちに見舞いに来ることを約束し、

タムドクの父親の病室をあとにした。



タムドクがキハと再会してから、

はじめての土曜日がやってきた。

タムドクは真っ白い道着に身を包み

黒帯をぎゅっとしめて、気持ちを引き締めた。

空手道場の窓を開けて、空気を入れ替え

生徒達が来るのを、静かに待っていた。

そこへ、キハがやってきた。

「こんにちは～。」

「やぁ、キハ。来てくれてありがとう。
　今日からよろしくな。」

「ええ、こちらこそ、よろしくね。」

「そうだ。この間は親父の見舞いに来てくれて、ありがとう。
　親父、キハが来てくれてから、少し明るくなったんだ。」

「そう。それは、よかったわ。時々おじさんのお顔を見に
　行かせてもらうわね。」

「ありがとう、キハ。俺が行くより、親父喜ぶよ。」

キハは更衣室で素早く道着に着替えた。

久しぶりに道着を着て、身が引き締まる気がした。

道場に子供達が集まると、タムドクがキハを紹介した。

「今日から、土日のクラスを教えてくれることになった
　キハ先生だ。みんな、キハ先生と仲良くしてくれよ。
　よろしくな。」

「みなさん、初めまして。キハです。
　私もみんなと同じくらいの小学生の時から
　空手を習い始めました。
　黒帯に憧れて、いっぱい練習しました。
　みなさんも、頑張りましょうね。」

「キハ先生、質問～！瓦割りできる？板割りできる？」

「ええ、できるわよ。今日は瓦も板も用意してないから
　無理だけどね。」

「すご～い。今度見せて。」

「はい、はい。また、いつか機会があったらね。
　それじゃあ、そろそろお稽古始めましょうか？」

「そうだな、キハ。始めよう。
　じゃあ、いつものように整列して正座。」

タムドクとキハの方を向いて、子供たちが床に正座すると

「はい、お願いします。」

「お願いします。」

キハは、低学年中心の低い級の子供達に形を教えた。

約１時間で、お稽古終了。

正座をして先生と生徒達が向かい合って正座し、

「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」

と挨拶。

子供達は、お迎えに来た親と一緒にそれぞれ帰っていった。

「キハ、お疲れ～。子供達に大人気だったな。
　流石、教えるのうまいなぁ。。。」

「タムドクも、お疲れ様。そんなことないわ。
　みんな女の先生がもの珍しいからよ。」

「そうかな。今日は助かったよ。
　キハが来てくれて、道場が明るくなって
　活気が出たよ。ありがとう。
　明日も、よろしくな。」

「ええ、明日も頑張るわね。
　ヨガのレッスンがあるから、
　そろそろ着替えて帰るわ。」

「タムドク、それじゃあ、また明日ね。」

「キハ、気をつけてな。」

タムドクは、車で走り去るキハを見送った後、

夕焼け空を見上げて、ふと昔付き合っていた頃の

キハの笑顔を思い出した。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　～つづく～