ホゲの携帯電話を握りしめて
夜の商店街を走るスジニ。
たしかタムドクさんの空手道場は、こっちの方ね。
路地を曲がると、少し前を歩く
タムドクの後姿を見つけた。
スジニは、タムドクに駆け寄り声をかけた。
「タムドクさん、待って。」
タムドクは、スジニの声に足を止めて
振り返った。
「スジニちゃん、どうしたの?」
スジニは、息を切らしながら
「これ、忘れ物。お連れさんのでしょ?」
と、タムドクにホゲの携帯電話を差し出した。
「ホゲの携帯電話だね。」
「お連れさん、ホゲさんって言うんだ。 ホゲさんは、もう帰っちゃったんですね。」
「あいつなら、タクシー拾って帰ったよ。」
「そうなんですか。。。」
「あれ?スジニちゃん、何だかがっかりしてる?」
「えっ、そんなことないですよ。」
「そうだ。確かこの辺にあったばず。。。」
タムドクは、ジャンバーのポケットから財布を取り出して、
カード入れになってる部分の中を探した。
「あった!スジニちゃん、これホゲの連絡先。 僕がホゲに連絡して、携帯電話を渡してもいいんだけど、 女の子から連絡をもらった方が あいつも、うれしいだろうしね。」
タムドクは、そう言うとスジニに
ホゲの名刺を渡した。
「ええ。。。ホゲさんの名刺もらっちゃって いいんですか?」
「僕は、ホゲの連絡先を携帯電話にも入れてあるから 大丈夫だよ。どうぞ。」
「ありがとうございます。 じゃあ、私からホゲさんに連絡してみますね。 あっ!そろそろ店に戻らないと雷が落ちるなぁ。。。 タムドクさん、また飲みに来て下さいね。 じゃあ、これで。。。」
「ああ、またね。気をつけてね。」
スジニは、タムドクに挨拶をすると
また商店街の中を駆けて行った。
スジニが居酒屋『玄武』に戻ると
ヒョンゴが待ち構えていた。
「スジニ、今まで、どこをほっつき歩いてたんだ? まだ、店は営業中なんだぞ!!」
「ごめんなさい。 お客さんの忘れ物を届けに ひとっぱしり。。。」
「テーブル席を片付けてる途中で、飛び出して、 まったくしょうがないやつだな。。。」
その夜、スジニは自分の部屋のベッドに腰掛けて、
缶ビールをぐいっと飲み干すと
ベッドの横の小さなサイドテーブルに缶ビールを置き、
ごろんと、ベッドに寝転んだ。
ホゲの携帯電話と名刺を布団の上に並べて、
うつぶせになって、その2つを見つめるスジニ。
ホゲの顔を思い浮かべて、にやついてしまう。。。
ふと、壁掛け時計を見ると、もう3時をまわっていた。
一眠りして、昼間連絡してみよう。。。
スジニは、そう心の中でつぶやくと、
幸せな気分で、眠りに落ちていった。
ピュル・ル・ル・・・。ピュル・ル・ル・・・。
頭の横の方から、聞き慣れない音がして
スジニは、目を覚ました。
何の音・・・?
あたりを見渡すと、サイドテーブルに置いてある
ホゲの携帯電話から着信音が聞こえてる。
スジニは、慌ててホゲの携帯電話を開き
電話に出た。
「もしもし?」
「もしもし。僕の携帯電話を持ってるのは君だね?」
「えっ。は・はいっ!私、居酒屋『玄武』のスジニです。 ホゲさんですよね?」
「ああ。。。やっぱり居酒屋に忘れたんだね。 落としたんじゃなくて、良かったよ。 これから、そっちに取りに行ってもいいかな?」
「ええ、いいですけど・・・。」
「じゃあ、あとで。。。」
「はい、わかりました。 お待ちしてます。」
スジニは、携帯電話を閉じると、
急いで着替えて、顔を洗い、ささっと薄化粧して、
髪を整えて、ホゲが来るのを待った。
そのころ、タムドクは、父親が入院している病院にいた。
仕事が休みの週末は、午前中に顔を出すことにしていた。
病に冒されて、日ごとにやつれていく父の顔を見るのは
辛かったが、今できる親孝行は、病室で父の話し相手に
なってやることだけだった。
「タムドク、空手道場はどうだ? 順調か?」
「ええ、父さん。土日だけですが、 何とか頑張ってやってます。 友達も手伝ってくれて 少し生徒が増えました。」
「そうか、それならいいが・・・。 そうだ、キハちゃんも手伝ってくれてるのか?」
「はい、彼女のおかげで生徒が増えました。」
「おまえ、キハちゃんとは、どうなんだ?」
「えっ・・・。まあ、友達ですから。。。」
「あの子は、いい子だ。 こんな老いぼれに、時々会いに来てくれて なかなか気が利くしなぁ。 おまえのそばにいてくれたら、 わしは、安心なんだがな。。。」
「父さん・・・。」
タムドクは、キハに対しての気持ちを
素直に父に打ち明けれなかった。
キハのことが好きだと思いながらも
告白できずにいた。
昔のような恋人同士に戻るには
何か、きっかけがほしかった。
~つづく~
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