居酒屋『玄武』のカウンター席に腰掛けて、

ホゲが来るのを、ドキドキしながら待つスジニ。

しばらくすると、車が居酒屋の前に止まる音がして、

ガラガラと引き戸が開き

「ごめんください。」

と、低い男の声が店内に響いた。

スジニが入り口に目をやると、

引き戸のところにホゲが立っていた。

「ホゲさん、中へどうぞ～！
　今、お茶を入れますから。。。」

スジニは、席を立つと、カウンターの中に入り、

丁寧にお茶を入れた。

「座ってくださいね。」

とスジニがホゲに声をかけると

ホゲはカウンター席に座った。

そして

「かまわないでください。
　すぐに帰りますから。」

と言った。

スジニは、「どうぞ。」と

お茶を入れた湯飲みを

ホゲの前に静かに置いた。

「あのこれ、お返ししますね。」

と、スジニは上着のポケットから

ホゲの携帯電話を取り出して、

ホゲの前に差し出した。

「ありがとう。
　迷惑をかけちゃったね。
　お礼をしたいんだけど、
　何がいいかな？」

「えっ、お礼なんて。。。
　私、何もしてませんから。」

「僕は借りを作るのは、嫌いなんだ。
　そうだ、ちょっと早いけどお昼ご飯を
　おごるっていうのは、どうかな？」

「お昼ご飯ですか？どうしようかな。。。
　私まだ、おなかすいてませんから・・・。」

と、スジニが言い終わったと同時に

スジニのおなかの虫が、

きゅる・るぅ～～と鳴いた。

「あれ？おなかすいてるんじゃないの？」

スジニは、顔を赤らめながら、

「本当はさっき起きたばかりで、
　今朝は、朝ごはんを食べてないんです。」

と白状した。

「そういうことなら、これからブランチしよう。
　僕の借りも返せるし。
　それでいいかな？」

「はい、じゃあ、お言葉に甘えて、
　ブランチすることにします。」

「外に車を止めてあるから
　僕の車で出かけようか。」

「ええ、お願いします。」

スジニとホゲは居酒屋の外に出た。

すると、店の前に商店街に不釣合いな

シルバーグレーの高級そうなスポーツカーが

止めてあった。

「どうぞ、乗って。」

と、ホゲが助手席のドアを開けてくれた。

スジニは、ホゲのスポーツカーの助手席に座った。

幌を畳んで、オープンカーになっていて、

スジニは、落ち着かなくて、

キョロキョロと車内を見回した。

そんなスジニとは正反対で、冷静なホゲは、

「じゃあ、出発するよ。」

とスジニに声をかけて、

エンジンをかけると、

スマートに車を走らせた。

スジニを乗せて、商店街の中を

走り抜けるスポーツカーを

酒屋の前で軽トラックの荷台に

ビールケースを載せていた

パソンが見て、目を丸くしていた。

「今のは、スジニかい？
　見間違いじゃないよね。」

と独り言をつぶやいた。

肉屋の主人のチュムチと、

魚屋の若旦那のチョロも、

走り去るスポーツカーを目撃していた。

そのころ、タムドクはベッドに横たわる父に

「父さん、今日はこれで帰るよ。
　午後から、空手の稽古だし。。。
　また、明日の夕方にでも来るから。」

「ああ、気をつけてな。
　キハちゃんにも、よろしくな。」

「ええ、わかりました。それじゃ。」

タムドクは、父の病室を出ると

病院の廊下をゆっくりと歩きながら

近いうちに、キハを食事にでも

誘ってみようかと考えていた。

空手の講師代のかわりに

食事でもと言っておきながら、

なかなかお互いのスケジュールが合わず

キハとの食事の約束を果たせずにいたのだ。

その日の午後、いつものように

タムドクとキハは、

子供達に空手を教えた。

「あれ～。今日は、ホゲ先生はいないの？」

と、残念がる女の子がいた。

「ホゲ先生は、今日は忙しいから来れないんだ。
　また今度、来てくれるから
　それまでに、少しでも上達するように頑張れよ。」

「うん、わかった。タムドク先生、
　私頑張るから。。。」

夕方、道場の子供達が帰ったあと

タムドクは、着替え終わり、

帰り支度をしているキハに話しかけた。

「キハ、来週にでも、一緒に食事しないか？
　空手の講師代がまだだろ？」

「そうだったわね。
　ちょっと、待って。
　スケジュールを見てみるわね。」

キハは、バッグから手帳を出して

手帳を開き、来週の予定をチェックした。

「来週なら、水曜日が空いているわ。
　タムドクの都合はどう？」

「僕も、水曜日の夜なら空いてるよ。」

「そう、じゃあ、水曜日にしましょう。
　お店は、タムドクに任せるわ。」

「それじゃ、お店を考えておくよ。
　時間と待ち合わせ場所は、どうしようか。
　○×駅前の時計塔の前に7時とかどうかな？」

「ええ、いいわよ。」

「じゃあ、そういうことで、
　よろしくな。」

「こちらこそ、楽しみにしてるわ。
　じゃあ、水曜日にね。」

キハは、タムドクに笑顔でこたえると

道場をあとにした。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　～つづく～